最期の夏休み 通り雨


 ゆうべの熱帯夜が雨を連れてきた。


 ここからでも大しけの海が見える。


 それでも彼女は海に行くと言い張って、僕らは古びたバス停で雨が止むのを待っていた。


 屋根からは滝みたいに水が流れてて、町はどこもかしこもずぶ濡れで、青い海も白い砂浜も、全部濁った灰色に染まってたんだ。


「わっ!? 今の見た!? 雷がビカーって!!」


 水辺線に走る稲妻が、分厚い雲を照らす。


 嵐の中でも彼女の明るさは稲妻みたいに光っていた。


 だけど、僕の心は、昨夜の熱もすっかり濡れてくたびれてしまって、ずぶ濡れの町や海や砂浜と同じ灰色に埋め尽くされてた。


「あーあー。せっかく最期の夏休みだったのになー。サービス水着でメロメロにする作戦が台無しだよー」


 最期の夏休み。


 その言葉が僕の胸にジクリ……と突き刺さった。


 駄目だ……最期の夏休みなんだから。

 最期まで楽しい思い出だけにしなきゃ。


 だけど僕の心は濁流に流されるみたいに、こんな時に限って口から溢れてしまったんだ。


「どうして最期なんて言うのさ……」


「だって高校最後の夏休みだよ!?」


 彼女はシシシって笑って受け流してくれる。


 そんな彼女の優しさが辛くて、悔しくて、許せなくて、僕はせっかくのチャンスまで濁流で呑み込んだ。


「違うだろ!? 紗香にとっては、本当に最期の夏休みかもしれない。それなのにさ、紗香はこの町に住むとしたらとか、責任とって〇〇しろとか、無責任に未来の希望をチラつかせてさ……! 僕が……僕がどれだけ本当にそれを願ってるか、紗香は分かってない! それなのに、やっぱり最期って……本当は思ってるんだろ!?」


 彼女の太陽みたいな笑顔に、稲妻みたいな亀裂が走るのが分かった。


 胸が痛い。凄く痛い。


 本当はただただ大好きで、大好きで大好きで……それだけなのに。

 

 どうして……こんな……


「どうして僕なんだよ!? 紗香がいない世界じゃ、僕はもう笑えない……! 君は僕や大事な人達に見守れながら眠りについて、僕はそれから、この想い出に縛られて、ずっとずっと悲しくて、苦しくて、笑えない……笑えないんだ……ただでさえ生きるのが辛いのに……僕は……」


 カッコ悪くて死にたい。

 

 情けなくて消えたい。


 辛いのは彼女も同じなのに、僕は我儘に喚き散らした。


 駄々っ子みたいに、好き勝手に。


 それなのにさ、彼女は僕の肩に腕を回して、頭を撫でながらこう言ったんだ。


「ごめんね……紗香はね、それでも信じてるんだよ。絶対に、ずーっと、マー君と一緒にいられるって信じてるんだよ。でも、やっぱり、一ミリくらいは不安です。その一ミリが最期って言葉になっちゃったの……もう泣かないで。マー君は優し過ぎるから」



 その時突然雨が上がった。


 通り雨が過ぎ去った後には、物悲しい風が吹いていた。


 風は夏の終わりの気配を運んできた。

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