最期の夏休み 浴衣

 大きな古い藁葺の平屋から、どこか彼女を思わせる目元をしたおばあちゃんが僕らを出迎えた。


「おばあちゃーん!」


「まあまあさやちゃんべっぴんさんになって! イヒヒ……それに素敵な彼氏さんだこと……!」


 そう言っておばあちゃんは僕にウインクしてみせた。


「シシシ……! そうでしょ⁉ さすがおばあちゃん!」


 僕は頭を下げて挨拶をしながら思ったんだ。やっぱり彼女のおばあちゃんなんだなって。


「良い時に来たね。ちょうど今夜、お山の上の神社に縁日が出るから、二人で行っておいで! 私も娘の時分、剛さんと二人でよく行ったもんだよ。あそこは縁結びの神社でもあるんだよ? イヒヒヒヒ……!」


「うん! 行ってくる! おばあちゃん! マー君に浴衣着せたいの! おじいちゃんの浴衣ってある!?」


「残してあるよ」


 おばあちゃんはそう言って奥にいくと、綺麗に畳まれた浴衣を持って戻って来た。


 それを僕の肩に合わせてニッコリ笑う。


「ぴったり! あなた……剛さんに負けない男前ね!」


 気恥ずかしくて、僕は黙って頷いた。


 そんな僕をニヤニヤ見つめながら、彼女が言ったんだ。


「ほら! 言った通りじゃーん! マー君はイケメンなんだから! 自慢のイケボも聞かせろー!」


「まっ! イケボ? 私も聞きたいわねー?」


「おばあちゃん、イケボ分かるの!?」


「イケてるボイスでしょ? いくらさやちゃんでも年寄り扱いは許さなわいわよ?」


「ごめんなさーい!」


 イケボが分かるおばあちゃんに驚きながら、僕らは笑った。


 日が暮れ始めて、ひぐらしが鳴き始めたころ、太鼓とお囃子の音が風に混じって聞こえ始めたんだ。


 僕がおばあちゃんに助けられてさ、浴衣を着て玄関に向かうと、玄関框に腰掛けた、浴衣姿の彼女が草履をパタパタさせていた。


 夕日を浴びる彼女は、髪をお団子にしてた。


 小さな耳と、白いうなじが露わで、俯き加減のその顔からは長いまつ毛が覗いててさ。


 それが引き戸のガラス越しに差し込む夕焼けに、光ってるように見えたんだ。


 ずっと見ていたかったけど、彼女は僕に気がついて顔を上げてしまった。


 一瞬の芸術が音もなく崩壊して、思い出に姿を変えてしまう。


「キャー! 浴衣イケメーン! ヤバい! 写真写真!」


 彼女は大げさにはしゃぎながら、巾着からスマホを出してシャッターを切りまくった。


 僕はそんな彼女を止めるために、苦労した挙げ句、ギュッって抱きしめたんだ。


「あらあらあら……イヒヒ!」


 それを見たおばあちゃんが後ろで笑った。


 恥ずかしくって耳が熱くなったけど、僕は構わず抱きしめたんだ。


「シシシ……マー君とおじいちゃんの匂いがする」


 やっと静かになった彼女と手を繋いで、僕らは縁日に向かったんだ。

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