蝉と彼女と世界
シャンシャンシャンシャン熊蝉が鳴いてる植木の木陰に自転車を停めて待ってると、彼女は小さな身体に不釣り合いなほど大きいリュックを背負ってやってきた。
両足をペダルから離してさ、白いワンピースが華奢な足に張り付くのもお構いなしでさ、風で飛ばされないように麦わら帽子を片手で押さえる彼女の姿は、夏の日差しを透かす木漏れ日の何万倍も眩しくて、僕はただでさえ出てきてくれない言葉をこれでもかってくらい呑み込むしかなくて、ただ小さく手を上げたんだ。
「学校は遅刻するくせにー! そんなに紗香に会いたいなら学校も早くこーい! シシシ……!」
かしましい彼女と騒々しい蝉達の歌声を聞きながら、僕は思ったんだ。
蝉みたいに全力でさ、彼女に愛を伝えられたらいいのに。
彼女みたいに明るく笑ってさ、彼女の気持ちをもっと明るく出来たらいいのに。
卑屈の沼に沈んでいく僕の手を、汗で濡れた彼女の手がしっかり掴まえる。
握り返せないでいると、彼女はその手に力を込めて僕に力を分けてくれる。
ちょっと痛い。
「シシシ……! そんなことより、マー君レッツゴー! 夏休みは待ってはくれないのだ!
「すごっ! 流石マー君! シシシ……! 先生! 今日はよろしくお願いしまーす!」
答えを知らないなら凄いかどうかも分からないよ。
皮肉屋の僕がそう言うとさ、彼女は言ったんだ。
「えー! じゃあ間違ってる?」
彼女は僕の顔を覗きこむと、答案を読む時みたいに真剣な顔をしたんだ。
それからさ、いつもみたいに顔をクシャクシャにして笑って
「ほらー! やっぱり合ってるじゃーん!」
って言いながら、僕の頬を指でつついたんだ。
その時僕は思った。
きっとさ、この世界のあらゆる問題を解決するための答えはさ、彼女の瞳の中に、全部隠されてるんじゃないかって。
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