ずぶ濡れの……

 寄せては返す波を破って、ざぶんと彼女が顔を出した。


 濡れて張り付いた黒い髪が目にかかってて、笑う口元以外の表情は見えない。

 

「やーつーたーなー!?」


 彼女は僕の顔めがけて凄い勢いで水を飛ばしてくる。塩辛い海水が口に入ったあたりで、僕も負けじと水をかけてやった。


「シシシ…!」

「ククク…!」


 気が付くとさ、二人で笑いながら抱き合ってたんだ。


 腰まで海に浸かってさ。彼女は僕の胸にピッタリ顔を寄せてさ。


 相変わらずのデッカイ満月は、笑ってるのか泣いてるのか分からないくらい、僕らの立てた波紋で歪んでて、だけど彼女の顔を見るにはぴったりの明るさで、僕の情けない顔を照らすには、十分過ぎるくらい眩しくて……


 濡れた髪が、濡れた頬に、ぴったり張り付いててさ。


 僕は思わず、それを指で横に流したんだ。


 海に濡れた彼女の顔は、どこか色っぽくて、透けた下着が堪らなく色っぽくて……


 僕らは、びしょ濡れのまま、海に抱かれて静かな静かなキスをしたんだ。


 「シシシ……塩っ辛い……!」


 彼女は顔をクシャクシャにして笑いながらそう言った。


 絶対また来ようね。


そう言いたかったけど、僕はそれがどうしても言えなくて、誤魔化すみたいに、もう一回だけ、塩っ辛いキスをしたんだ。

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