ニケツ

「ねえ? 何で来てくれたの?」


「おーい? 蒔人くーん? 聞こえますかー?」


「おーい! 無視すんなー!」


「紗香ちゃんに会いたくなった……。って言えー!」


「お主がイケボを隠してるのは知ってるんだぞ?」


「イケボを聞かせろー!」



 海に続く静かな夜道、生ぬるい風、潮の匂い。


 僕らを見下ろすでっかい満月。


 彼女は頭もセンスだっていいくせに、情緒も何もないような野次を、背中越しに叫んでいる。


 かと思ったら、急に黙りこくったりしてさ。僕の背中にピッタリ耳を押し当ててさ。


「シシシ……! マー君の音がする」


 そんな事を囁くからズルい。ズルいズルいズルい。


 ヨレヨレのスウェットを着た、無愛想な僕なんかと、縞々のルームウェアを着た、最高の彼女じゃ、どう見たって釣り合いなんか取れっこない。


 どうして僕なんかと?


 そう尋ねたかったけど、


「イケボだーーーー!!!?」


 って笑われるのが目に見えてるから、僕は黙って彼女の声を聞いている。


 坂道が終わって、キコキコ……車輪が悲鳴を上げる。


 ちょっと意地悪したくなって、紗香が重いってチャリンコが泣いてる。って、言ってやった。


「うわー。今日の第一声はまさかの悪口でしたー。イケボの無駄遣い反たーい!」


 本当の彼女はちっとも重くなんかない。


 小さくて、可愛くて、僕が乱暴抱きしめたら、そのまま折れてしまいそうで……


 僕が、ごめん。って口を開こうとしたら、彼女は僕の背中をバシバシ叩いて叫んだ。


「海海! 海の音がするよ!?」


 細くなった道を慎重にくねくね曲がりながら、僕はごめんのタイミングを逃してしまう。


 多分彼女は、僕が謝るのを聞きたくなくて、叫んだんじゃないかって思う。


 ガサツな振りしても無駄なくらい、彼女は優しくて、目ざといことを、僕は知ってんだぞ! って叫びたかった。


 近くなった潮騒にはしゃぎながら、彼女が楽しそうに「シシシ」って笑う心地よい振動を、僕はずっと忘れないと思う。


 


 

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