番外 大紀

「『紫の上計画』ですか?」

山元の言葉に一瞬キョトンとなるが、その意図を理解し、

「違いますよ!」

と、慌てて否定する。

「親とか兄の心境!」

下世話なことを言うマネージャーを睨み付けると、

「冗談です」

意地悪そうに微笑んだ山元は、スケジュール帳に視線を移す。

「…いいですよ。松島くんは、まだ、それほど顔も売れてませんし」

「…抉りますね、山元さん」

小学校の夏休み、幼馴染み、かれんの一人息子である玲哉を「水族館に連れていきたい」と、山元に相談した。

玲哉が「一人で留守番をしている」と聞いて、一緒に過ごす時間を持ちたいと思った。それは僕自身、小さい頃にかれんと、かれんの祖母に世話になったからだ。


テレビゲーム、キャッチボール、水族館、チョコパフェ、電車。UFOキャッチャー。

「だいちゃん、おれ、こんなのはじめてだ!」

玲哉がそう言って、僕に向ける笑顔に満たされていた。

玲哉とのやり取りを話すと、

「やっぱり…」

「『紫の上計画』じゃありません!」

いつも、山元にからかわれた。

玲哉が中学校一年の時、不慮の事故でかれんが亡くなった。

ー母さんが、死んじゃったー

初めての玲哉からの電話に、居ても立っても居られず、山元に事情を話して、その日の予定はすべてキャンセルした。

送った携帯電話のGPSが役に立った。位置情報でたどり着いたのは警察署。玲哉が男性に付き添われ、建物から出てくるところだった。

「玲哉!」

自分の腕の中で、華奢な体を震わせ、睫毛を濡らす玲哉の姿は悲痛だったが、同時にぞくっとした。

(美しく育った…)

そう思わずにはいられなかった。

(この子を、僕だけのものにしてしまいたい)

そんな欲にかられた。こんな感情は初めてだった。

数年前、山元から言われたことを思い出す。

「紫の上計画ですか?」

(そうなっちゃったよ、山元さん…)

まずは自分の元に囲う。今後のことは、これからじっくりと策を練っていこう。もう、玲哉を手離すことなんてできない。

「紫の上計画」

(そんなつもりなかったのにな…)

山元の「ほらね」という声と、苦笑いが思い浮かんだ。


◇◇◇◇


あどけない顔に口づける。

「ん…」

気を失った玲哉の体を温かいタオルで清めながら、身体中に散らばる鬱血を見返して、苦笑いする。

思春期の頃のように、かなり舞い上がっている自覚はある。

少年と青年の挾間にいる恋人は、笑ったり拗ねたりと、子どものように表情をころころ変える一方で、最近はこちらが息を呑むような大人っぽい表情をすることもある。

ベッドの上で大紀の愛撫に応え、可愛らしい声で啼き、白い肌を赤く染めて乱れる様は妖艶そのものだ。その声をもっと聞きたくて、その姿をもっと見たくて…もっともっとと際限無く求めてしまう。玲哉が十八を迎え、はじめて繋がってから数ヵ月、連日のように玲哉を求めている。

(無理をさせている……)

そうは思うが、止められない。

(たまらなく、愛しい)

再び玲哉に口づける。それが思いのほか深いものとなり、玲哉が目を開けた。

「だい、ちゃん…?」

蕩けるような瞳に自分を映し、玲哉はふんわりと微笑む。

「ごめん…起こした」

声をかけると、玲哉はふうっと息をはいて、

「…俺、また気絶しちゃった?」

と呟き、苦笑した。自分ががっつきすぎていることを責められたようで、顔が熱くなるが、玲哉が、ゆっくりと手を伸ばしてきた。

「…足りない?…する?」

白く華奢な腕が自分の首に巻き付き、唇が重ねられた。無理をさせた、と思ったばかりなのに、喜びが先に立ってしまう。

「…しよ、だいちゃん。俺も、したい…」

「玲哉…!」

「ん…」

足を絡ませ、性器を擦り付けてくる恋人を強く抱き締め、腰を揺らす。

玲哉にこんな顔をさせているのが自分だと思うとゾクゾクする。そして、自分しか、この顔を知らない。

「玲哉、愛してる…」

「嬉し…。俺も…んあ、ああっ…!」

恋人に求められて、答えないわけにはいかない。自分に言い訳しながら、玲哉を愛することに再び没入していった。

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