十六
◇◇◇◇
「じゃ、そろそろ出るね」
鞄を背負い、マフラーとマスクを身に付ける。
「忘れ物ない?」
「大丈夫。何回も確認したから」
今日は、第一志望の大学の二次試験。
もう少し緊張するかと思っていたけど、自分でもビックリするくらい平常心だった。そんな俺とは反対に大紀は、笑顔ではあるけど、なんだか落ち着かない様子だった。
(どっちが受験生か分かんないな…)
玄関に降りて靴を履く俺に、
「ほんとに、送らなくていい?」
と、大紀は心配げな視線を送ってくる。
「いいってば。通学路とそんなに変わんないもん」
受験会場の大学は、いつもの駅の、その次が最寄り駅だ。そこから少し歩くけど、道はまっすぐだし、何度か下見をしたから、迷うことはまずないと思う。時間にだって、かなりゆとりを持っている。
(過保護だよなぁ…)
俺は苦笑いする。
思いが通じ合って、恋人同士になった俺たちだけど、今の大紀の顔は完全に「保護者」のものだ。
今日の休みも、本人は「たまたま」って言っていたけど、俺の受験に合わせたんじゃないかと思っている。
その過保護振りに、ちょっぴり呆れ、でも嬉しくも思う。思わず顔がにやけてしまうくらいには。
「あ~、僕、何もしてあげられないね…」
そう言って、大紀はもどかしそうにしている。俺は、軽くため息をついて、大紀の顔をまっすぐ見上げた。
「?」
「…あのさ、俺、『だいちゃんが家で待ってる』ってだけですごく頑張れるよ?」
「!」
大紀が目を見開き、それから照れたように鼻を掻いた。
「…ここまでこれたことが、全部だいちゃんのお陰だよ?」
ひとりぼっちにならなくてすんだのも、大学受験ができるのも。気持ちが満たされているのも。
「だから、『なんにもできない』とか言わないで。俺、だいちゃんに、いっぱい、いろんなことしてもらってるんだから」
大紀が両手で顔を覆った。
「…うちの子が、男前過ぎる…」
「なにそれ?」
目が合い、二人で笑う。大紀は、
「頑張ってね。これしか言えないけど」
にっこり笑って、俺に言った。
(あ…)
俺は、ひとつ思い付く。
「うん。頑張ってくる。ね、ちょっとお願いがあるんだけど」
「なに?」
「お願い」の言葉に、大紀の顔がパッと明るくなる。
(可愛いな、大人なのに)
俺はちょいちょい、と大紀に手招きをした。
「?」
大紀が体を屈める。俺は踵を上げて、マスクをずらすと、チュッと、大紀の唇に触れるだけのキスをした。
「いただきました」
マスクを戻す。この一ヶ月半、受験勉強の妨げになるからと、またもや大紀が忍耐強さを発揮し、スキンシップはおあずけになっていた。
「?!」
大紀は完全に不意を衝かれたみたいで、目を見開いたまま固まっていた。
「頑帰るから、帰ってきたら、ご褒美ちょうだいね…?」
固まったままの大紀に、上目使いで「お願い」する。自分からしたのに、久しぶりのキスに、俺も顔が少し熱くなった。
「れ、れ…」
「あ、そろそろ出なきゃ」
顔を真っ赤にして、声も上擦っている大紀は、やっぱりちょっと可愛かった。
(よし、がんばろ。なにはともあれ、大学合格!)
「じゃ、いってきま~す」
「…い、いってらっしゃい」
動揺している大紀に見送られ、俺は、上機嫌でマンションをあとにした。
終
このままではいられない @migimi
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