第2話「死に至る想い」
『春繁少年、不思議な目をしているね。』
「だって——『だって、時間が止まるなんてありえないじゃないか。そもそもお前は誰なんだ!』」
澄ましたような鼻息、いや、僕のことを鼻で笑っていて何かと頭にくる態度だ。
何なら、人差し指を不用意に左右に揺らして、まるで、「違うんだなあ、これが。」とでも、言いたげな表情である。
『まあ、そこで浮かんでるのも退屈だろう。こっち来なよ。』
男はそう言うと指を鳴らして僕を、
ホームの上へと移動させた。訳のわからぬ、
ふざけた力だ。
「お前は誰なんだ。」
『うふふーん?春繁少年。もしかして、考察動画と最終巻だけみて満足してしまうタイプだろ?』
全くの事実無根である。
「はあ…、そういうことでいいよ。そもそも、何で一方的にあなたが僕の名前なんて覚えてるんだ。」
『まあ、ふざけた力のおかげだね。しかし、この世の全てを理論的に説明できると思ったら大間違いさ。このふざけた力の弊害として、私の身元だとかを明かすことはできない。ついで、なぜそうなったかは私にもわからない。まあ、つまりだな…好きに呼んでくれ。』
なんて長い前置きなんだ。
時間が止まっているのに、時間を無駄にされた、そんな気分である。
「はあ。」
僕はいまいち理解できず、諦めのため息を漏らす。
『じゃあ、なぜキミがこんな奇妙な目に遭っているのか。そのいきさつを話してあげようじゃないか。せっかちなキミだから、今回だけ特別にわかりやすく、短く説明してあげよう。』
『そうだな。——キミ、住吉春繁は選ばれたのだよ。何者かによって。』
「何に選ばれたんだ。」
『——時間を巻き戻す、ふざけた力さ。』
「…時間を戻す?」
なぜ僕がそんなライトノベルの主人公みたいな、僕とは真反対で似つかわしくない力に選ばれたんだ。意味がわからない。
僕は後悔を、ただただ日常で節々と感じていて浸っているだけの自分勝手な人間で。何も解決しようとしない腐れた人間で。おまけには僕は死のうとしていて。
巻き戻す以前の問題じゃないか。
『いいじゃないか。春繁少年にはある意味、お似合いだ。』
『なんなら、苦しみ停滞する人間に、何らかの、変わるためのきっかけを与えるなんて、物語の常套手段じゃないか。それを鑑みると、どうだい?キミの置かれている立場が何となくわかるだろう。』
「うるさい、他人が僕に何か言い出そうとするんじゃないっ!僕だけで生きさせてくれよ、与えようとしないでくれよ、独りにしてくれよ…。」
『ふふ、なかなかめでたい自己矛盾を抱えているね。ま、それと向き合うことがヒトがヒトとして生きようとする源。…勘違いするな?私は敵じゃない。そして、キミがキミのすべてを握っているんだ。』
余計なお世話を言い捨ててから尻尾を巻くように、暗闇の中へと消え去った。
『あ、そういえば——力には代償がつくこと、それだけは頭の片隅にでも置いてくれ。この世は等価交換の原則があるからね。』
なんだよ、最後まで…。
ふと気づくと、僕の目の前の情景が、
いつものありふれた日常である、静かで、独りだけの電車の車内に変わっていた。
心なしか、車窓から覗かせる夜景が、
いつもよりもぼやけて見えていた。
5月15日、水曜日。
僕は相変わらず、孤高を貫いていた。
今日という今日は特に最低である。
他人の談笑を聞き盗んでは、それを心の内で、
馬鹿にして自己満足の糧にさせた。
僕はクズだ。どうしようもない人間だ。
生きる価値のない人間だ。
みんなが穏やかな日々を送っている中、
僕だけが、暗鬱とした時間を送っている。
何だか異質に見られている気がして、
取り残されている気がして、
耐えきれなくなった。
僕は教室から出ようとすると、一軍の威光に、
あやかっているだけの浅慮な人間が、
僕の肩に手をかけて、僕を静止させた。
「住吉、お前向ヶ丘さんと何があったんだ。」
「誰だよお前、正義ヅラしやがって。…自分に浸りたいだけだろ。僕を利用するな、鬱陶しい。」
僕はそいつの手を振りほどいて、
屋上へと駆け足で向かった。
そいつは何か喚いていたが、今の僕には関係ない。
道行く途中で、向ヶ丘さんと鉢合わせてしまった。向ヶ丘さんは僕のことを物悲しそうな表情で、目で僕を追ってはすぐに、友達との雑談に戻った。
僕は逃げなければならない。
逃げることしかできない。
全身が痛くなってきた。
僕は階段を、無我夢中に駆け上る。
屋上に行けば何か見えそうな気がしたから。
屋上の扉を開くと、
光が差し込んでくれるわけでもなく、曇天が、
僕を待っていた。なるほど、お似合いだ。
僕は転落防止柵に身を預けた。
身体の限界を無視したためか、相当疲弊している。僕の荒い息がそれを実感させる。
「待って、住吉くん!」
扉の向こうから声がした。
扉を開けるのにいくばくか苦戦していたが、
屋上に、その声の主が入ってくる。
「住吉くん、ごめん。」
なんでだよ、なんで謝るんだよ。
「私が話しかけなければ…。」
「私が、私が、私が…。」
向ヶ丘さんは言葉に詰まって、
泣き出してしまいそうだった。
「うるさい、うるさい、うるさいっ!」
「…もういいよ。初めから何もなかったんだ。」
そうだ、初めから何もなかったんだ。
僕は妙な解放感に囚われて、柵へとよじ登り、
地面を見つめた。
「やめてっ!そんなことしないで、住吉くんっ!」
僕は、落ちた。
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