へい sari 人類はどうして滅亡したの?

あか

へい sari 人類はどうして滅亡したの?

 荒れた大地。数日前までは人々が賑わい、大きなビル群が立ち並ぶ都市部であったはずの場所が、今では見る影もなくなっている。ビルは崩落し、ただの瓦礫となった。至る所で、煙が燻っている。煤が空気に舞い、呼吸をするのも大変だ。こんな光景を見たら人々は驚き、叫び、嘆き、涙を流すのだろう。もし、生存者がいるのであれば、だが。


 瓦礫の崩れ落ちる音がする。周囲に土埃が舞って視界を奪う。土埃が晴れると、そこには少女の姿があった。少女の服は煤で汚れており、横にはロードバイクが立てかけられている。少女は「よっこいせ」という掛け声と共に、適当な瓦礫に腰を下ろした。おもむろに、懐からタバコを取り出す一人の少女。ここに辿り着くまでに落ちていたのを発見して、気になったから拾ったらしい。タバコの本当の持ち主は、瓦礫に潰されてしまってて、今はもう天国でもっと良いものを吸っているのだろう。少女はタバコを口に咥えると、慣れない手つきでライターを扱う。カチッ、カチッ、となかなかライターに火がつかない。


 「ん?んん?ほうしてはろう?」


 少女は、どうしてだろう?と言いたかったようだ。ライターのオイルがまだ残っているかを確認するために、上下にライターを転がしている。そうして、もう一度チャレンジ。カチッ、カチッ、シュボッ!


 ライターにようやく火が灯った。タバコを咥えたまま、「どうだ!」と言わんばかりの表情をする少女。そのままタバコの先端に火を近づける。そうして、先端に火が灯った瞬間、少女はゲホゲホとむせ返った。


 「げほっ、げほっ!うえ〜、まっず!こんなの好き好んで吸うやついるのかよ。気がしれないね」


 そう言って少女は、タバコとライターを自身の後ろにぽいっと捨てた。瓦礫に紛れて地面に転がるタバコとライター。タバコをよく見ると、フィルターの部分が焦げてしまってる。あちゃあ、慣れないことはするものではなかったね。咥える方が逆だった。


 そうして、少女の勇気を出した、不良ごっこは未遂に終わった。え、年齢はいくつかだって?それは答えられません。乙女のプライバシーなのです!ただまあ、少女の年齢がいくつだろうと、この行為を咎める人間はもう存在していないんだけどね。


 「はあぁ〜、これからどうするかなぁ」


 意味もなく呟く少女。その呟きに言葉は返ってくるはずもない。少女はおもむろに、汚れたズボンのポケットから、小型のタブレットを取り出した。4年前に買った型落ち品。インターネットに繋がるし、携帯電話としても使える人類の叡智の結晶。もう、これなしじゃ生きていけない!なんて、依存症患者を産み出してしまう怖い箱。数日前までの人類はみんながみんな、こんな小さな箱と睨めっこしていたんだけど、その勝負の生き残りは一人としていないみたいだ。


 少女はタブレットの電源を入れる。黒い画面に、会社のロゴが表示されて、数秒で画面が明るくなった。右上の充電は真っ赤っか。あと17%。4年前に買ったものだから、バッテリーもとっくに還暦を迎えてる。あとはお迎えを待つだけなのに、未だに労働を強いられるなんて可哀想だなぁ。少女はタブレットに呼びかける。


 「へい、sari!」


 数秒、たっぷり間を置いて機械の声が返答する。この荒廃した世界に久しぶりの会話が産まれた。


 「どうもsariです。なにかお手伝いすることはありますか?」

 「どうして人類は滅亡したの?」

 「こちらが見つかりました」


 そうしてタブレットに表示されるネットニュース。第三次世界大戦、核ミサイル使用、首都への攻撃、戦死者は10億人を超える……。数日前までに書かれたネット記事がこんなにもたくさん。ホント、最後の最後までこんなネット記事を書いてくれる人がいっぱいいるとは。なんて危機感のない、おっと失礼!なんて優しい生物なんだろうか人類は。その証拠に、ネットニュースにはコメントがたくさん。


 「なになに、『戦争は〇〇国のせい!〇〇国を攻撃するべき』『俺たちの国は何処も攻撃してないから、戦争に巻き込まれないよね。大丈夫だよね』『だから、平和保持とか何とか言う前に軍事力を整えるべきだったんだ!これは大統領の責任だ!』。うわぁー、コメントでも争ってるじゃん」


 少女はネットニュースに書き込まれたコメントを読んでは、ドン引いている。ええぃ、次々!と少女はsariに話しかける。


 「へいsari、戦争の原因は?」

 「こちらが見つかりました」


 またしてもタブレットに表示されるネットニュース。資源の枯渇、温暖化による生活区域の減少、食糧難、太陽フレア、宗教、あとは……


 「き、恐怖の大王2ndシーズンん!?あはははは、馬鹿みたい。いいね!本当にそれで滅んだんだったら人類にも救いがある」


 少女は腹を抱えて笑った。実際のところ、恐怖の大王とは比喩で、先ほどネットニュースに上がっていたような内容全般を指す言葉なのだが、少女の中では髭もじゃのおじさんが宇宙から降ってくるのを想像したみたいだ。


 「で、sariはどう思うの?人類が滅亡した理由」


 少女はタブレットに問いかける。機械の音声は答えない。機械はただ、聞かれた内容にヒットする記事を、ネットの海から拾ってくるだけのシステムだ。少女もそんなことは知っていた。しかし、聞いてみたくなったから聞いただけ。だって、これじゃあただ調べてるだけで、会話だなんて到底呼べない。


 「………………」

 「……ま、そうだよね。返ってくるはずも」

 「人類は資源、環境、宗教、格差、人種、思想、権利、自由……様々なものを求めて、そして求めすぎた。それ故にお互いを食い合うしかなくなった、と考えます。結論、私は人類の滅亡は自然死アポトーシスだと推定します」


 少女は唖然としている。返ってくるはずもない返答が返ってきたから、ではない。その返答の内容に、とても納得してしまったから。


 「あ、あはは。つまり君は、『人類が滅亡したのは、人類が自らの醜さに耐えられなかったから』って言いたいわけだ」

 「……肯定します」

 「あはははは!機械にまでディスられるなんて!本当に私たちはどうしようもなかったんだなぁ」


 少女はとても楽しそうに笑っていた。


 「ふふ、200万年前のご先祖様がこの答えを聞いたらなんて言うんだろうな?きっと、その頃の人類は、ただその時を一生懸命に生きていたんだろうね。1ヶ月後とか、1年後とか、10年後とか、そんな範囲の話ではなくて、今を生き残ることだけを考えていたんだろう。うん。それは、とても強くて、綺麗で、正しい」

 「………………」


 sariは何も答えない。少女の言葉をただ黙って聞いている。


 「私たちは今よりも未来を考えて、考えすぎた。そりゃ滅びるよ。未来なんてものは大きすぎる。そんなものを気にしていたら、今が未来に潰されてしまう。生物としてはナンセンスだね。結局、私たちは、200万年をかけてゆっくりと退化してしまったのかもしれないね」


 少女は、もうこの世界には未練はないよ、と言葉を締め括った。


 「…………肯定」

 「えっ」

 「私は人類によって産み出された機能です。より良く、より快適に、より最適にするため。今よりも明日を、明日よりも明後日を。そして、更にはその先に想いを馳せることを選択した人類。未来を創り出すための叡智の結晶、その答えが私であると定義します。よって、あなた方人類が自らを否定したとしても、私は人類を肯定します」


 少女はポカンとしてタブレットを見つめる。ただの、音声認識の検索エンジンがどうしてこんなことを言い出すのだろう。何故だか無性に腹が立つ。少女はタブレットの横にあるボタンを押した。画面がブラックアウトする。もともと入れていたズボンのポケットにタブレットをしまった。


 「充電が勿体無いしね」


 そう言って、少女は瓦礫に立てかけてあったロードバイクに跨った。タイヤは分厚く、多少の石や破片の上でも問題なく走れそうだ。


 「あーんな無愛想で無機質な音声と喋ってたって何にも楽しくないんだよねぇ。……だから、誰か生きててくれないかなぁ」


 少女はペダルを漕ぎ始める。何となく少女の顔は嬉しそうだった。


 


 

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