赤の禍い

フィステリアタナカ

赤の禍い

 パチパチと音が鳴る。目の前には炎が見え、その奥には老婆が念仏を唱えている。亀甲の割れ目から占う老婆。皆、老婆の発する言葉を待っていた。


「南の村にいる赤目の女子おなごを殺せ、全ての厄災はそこにある。禍根を残してはならぬ」

「それは我が国の富に邪魔な存在か?」

「いかにも」


 帝王の言葉に老婆は肯定した。


「部隊長」

「はっ」

「すぐに南の村へ行け。そして赤目の女子を殺せ」

「御意のとおり」


 ◆


「まったく、隊長も何考えてんだか。二十人もいらないだろ」

「そうだな」


 部隊の仲間が言っていたことに俺は同意した。何故、女子おなご一人にこの人数で行かねばならぬのか。


「ああ、失敗したら、隊長が殺されるのか」

「そしたら、俺らも殺されるだろうよ」

「ちげぇねえ」


 部隊は一路南へ。半日ほどで目的の村へ辿り着いた。


「村長はいるか?」


 隊長が村のおさを呼ぶ。村人は俺らを見て、何事かとすぐに長を呼びにいった。


「何かありましたか?」


 長が隊長に聞く。


「赤目の女子を探している。帝王の命令だ」

「命令とは?」

「厄災の種であるその女子を殺す」

「そ、そんな」

「何かあるのか? 帝王の命令だぞ。殺されたいのか?」


 長は黙って俯いている。しばらくして業を煮やした隊長は俺らに命令した。


「おまえら。赤目の女子を捜せ! 帝王の命令だ!」

「「はっ!」」


 仲間で手分けして捜す。建物の中へ入っていく者。村の畑沿いを歩く者。仲間達は皆、余裕そうな表情で赤目の女子を捜した。


「そっちにいたか!」

「隊長、こちらにはいません!」


 そんな中、仲間の一人が村人に刃を向けていた。俺は慌ててそいつに駆け寄る。


「何してんだ!」

「こいつが知らないって嘘つくから、本当のことを吐かせているのさ」

「お前なぁ。無暗に人を殺すなよ」

「お前はいつもそうだな。甘ちゃんなんだよ」

「二十人で来たから、手分けして捜せばいいだろ」

「早く終わった方がいいだろうよ?」

「とにかく目的は赤目の女子を殺すことだから、罪のない他のヤツは殺すな」

「わかったよ。まったく」


 俺は仲間を止めた後も、村の中を捜し回った。


(牛舎か)


 畑の奥に牛舎が見え、俺は向かう。牛舎に近づくと独特の臭いがし、俺は牛舎の中へ入った。


(いた。あいつだな)


 銀白色ぎんはくしょくの髪のうずくまっていた小さい女子は、俯いていた顔を上げる。こちらに気づき、すくんで動けないようだ。


「な、何ですか? あなたは」

「帝王に赤目の女子を殺すよう命じられた。悪く思うな」

「えっ」


 俺は剣を抜き、女子に近づく。女子の赤い瞳はまるで宝石のような光沢を帯びていた。


「お、お願いです! こ、殺さないでください!」


 俺は気づいた。この女子は罪を犯したのか? 他の村人同様、この女子も何の罪などないではないか。


「なあ」

「な、何ですか……」

「お前、何か悪い事をしたか?」

「悪い事などしていません!」


 そうだ。ただ目が赤いだけで、この女子は悪い事などしていない。俺の仲間の方が抵抗なきの者を切り刻み、余程悪い事をしている。


「お、お願いです。何でもしますから、命だけは――」


 俺は剣を納める。


「逃げるぞ」

「えっ」

「俺の仲間に捕まったら最期だ。気が変わった」


 女子は驚いている。


「どうする? このまま何もせず、人生を終えるか?」

「逃げます! でもどこへ行けばいいか」

「ちょっと待ってろ」


 俺は牛舎を急いで出て東を指差し、大きな声で叫んだ。


「隊長! 女子を見つけました! 東へ逃げています」


 俺の声を聞いた仲間達が隊長の方を見る。


「全員、東へ行け! 見つけ次第捕まえて殺せ!」


 仲間達は東へ。俺は隊長に気づかれないよう牛舎の中に戻った。


「行くぞ」

「は、はい。どこへ?」

「西だ」


 ◆


 俺は女子と共に西へと向かう。途中、数人の村人がこちらを見て気づいていたみたいだが、事態を察して普段通りの振る舞いをするよう努めているように見えた。


「あの」

「何だ?」

「これからどうすればいいんでしょうか?」

「追手が来ないところまで行くつもりだが、家族はいるのか?」

「いません」

「そうか」

「はい」


 何の考えもなしに勢いで行動したが後悔はしていない。


「あーあ、部隊に戻れんな」

「そうですか」

「戻ったら、お前を逃がしたって、村のヤツらが殺されるだろう」

「えっ」

「俺がお前を逃がしたと思われれば、皆が助かる」

「ごめんなさい」

「違う違う。俺が勝手にしたことだ。まあ、何とかなるだろ」


 彼女の目を見て思う。禍いとは何なのか。きっと人の感情が生み出すもの。恐れ、妬み、苦しみ。それらから逃れるために生贄を捧げることなのであろう。


「でも、あなたは命を狙われますよね。ごめんなさい、私のために」

「上等だよ。俺の人生は俺のもんだ。禍いなど、かかってこいってもんだ」


 俺は俺の道を進む。ただそれだけだ。

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