第4話 天泣


 僕たちは脇目も振らず走り続け、何とか森の中へと身を隠すことに成功した。


息絶え絶えの中、時間をかけて気息を整えると、Kカリーナは微笑みながら左手で額の汗を拭った。


「森を抜けたら天泣の丘よ。Lレイ……頑張れる?」

「う、うん。大丈夫だよ。それよりアレ……何?」


 僕は指さした。その先には赤く不自然に燃えるような塊をみとめる。

近くまで行ってみると、どうやら傷ついた鳥のようだ。


「アカショウビンね、可哀想……」

「アカショウビン?」

「雨を呼ぶ鳥といわれているの。よかった、まだ生きてる……」


 羽に丸い貫通痕……ある予感が脳裏を貫く。


「まさか、さっきのピストルの流れ弾が当たったんじゃ⁉」


 赤い鳥は羽を貫かれ、もはや自力では飛べない重傷を負っていた。


「手当しないと……」

「でも、ここじゃ追手が来ちゃうかも」

「でも早くしないと、この子が死んじゃうよ」


 僕はグッと怖いのを我慢して意を決した。


「わかったよ。どうやって手当てするの?」

「ありがとう、L! キミはやっぱり優しい男の子だね!」


 Kがリュックサックから救急用のポシェットを取り出すと手際よく消毒を施し、包帯で巻いていく。


 雨を呼ぶ鳥という不思議な響きに僕は魅せられたのか、両手で雨をすくうようにこの子を持ってKと丘の頂上を目指した。



 天泣の丘の頂上にたどり着いた頃には、太陽が海のはるか彼方に沈みかかっていた。


 赤橙せきとうに焦がれた雲一つない空に、夕陽に輝く雨粒の優しい線が、音もなく軌跡をいこわせる。


 その頂きには純白なガゼボが、平面から見れば八角形を採用した安定した光の傘として、静謐せいひつな営みで佇んでいる。


 どこか神秘的な建築様式に、僕たちは雨にんでいる奇跡の気配を感じ取りながら、建物内部へと足を踏み入れる。


「天泣が舞い降りているわ。お願い事をしましょう」

「そ、そうだ……願い事……」


 僕はまだ両手に持っていた赤い小鳥を見つめた。

眠ったようにスヤスヤとくちばしから安らかな息吹が漏れてくる。


 この子のことがすごく愛おしく思えてきて、助けてあげたい気持ちが、雨のように溢れてくる。



――ねがいごと、ひとつだけ……



「じゃあ、でお願いしましょう。いくよ!」

「うん! いいよ!」


 二人は口元をほころばせながら見つめ合う。

天泣はまだ続いている。今しかない!


「いくよー! せいのっ……」



ドクン‼︎



 願いを放とうとした瞬間、死神に鷲掴わしづかみにされた心臓は戦慄せんりつを覚えた。



「うぅっ……」



 僕は急に苦しくなって、胸を押さえながらその場にうづくまった。



「だ、大丈夫⁉ L?」



 ドクン‼ ドクン‼︎



 瞳が見開く。



 なんだ⁉ これは?



「L‼ 水晶が……」



 僕は、信じられないものを目にしたような気分になった。


 胸の水晶が真っ赤な鮮血に染まっていく……


 いや、僕の血液が正八面体の内部に侵入して、

中の液と混ざって身体を巡っているのだ。



「うくっ……L……わ、私も苦しくなってきた。まさか、魔女の呪い⁉」



 見遣ればKの水晶も僕と同じように真っ赤に染まり、

第二の心臓のように恐ろしい臓物ぞうもつのイメージとして結んだ。



 呼吸ができない……意識が遠のく……

 

 どうしてだよ……ここまできて……なんで、こんなことに……



 僕は必死にKに手を伸ばした。赤い鳥にすべてを賭けるかのように。



 Kは僕の目の前で倒れて、こちらに手を伸ばすようにして動きを止めた。



 絶望の中でも、わずかに届かなかったこの指先は、火の鳥を介してKの指先と繋がる。



 その時、アカショウビンは目を覚ました。

眼前に横たわるLとKとを、キョロキョロと交互に見遣る。



 息を吹き返す奇跡の鳥を見て、わずかに安堵すると、僕たちの心臓は……その働きを停止した。




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