全ての言葉は心の歌

色街アゲハ

全ての言葉は心の歌

 随分昔の事になるが、当時全盛を迎えていたVOCALOIDなる物を手慰みに弄ってみた事が有る。

 わざわざ説明する迄も無いだろうが、簡単に言えば人の音声を基にしたシンセサイザー、と云った所か。

 これの登場により、それまで打ち込み系の音楽がインストのみだった所に、遂にたった一人でヴォーカルも含めたバンド編成を構築する事が可能になった、と云う、或る意味革命的な物だったと、今更ながら認識する。何時だって自分は理解するのが致命的なまでに遅いのだ。


 それは兎も角、音楽的な知識が皆無であったにも拘らず、何を血迷ったか〝それがしもやってみたし″などと考え、少しばかり触ってみたのだが……。


 当然ながら、満足に歌わせる事など出来る筈もなく、早々に放り出す羽目に。

 しょうがないとばかりに、歌わせられないなら、喋らせてみよう、と思い立ち、気分も新たに目の前の画面に向かったのだが……。


 これが思った以上に難しい。自分と同じ試みに挑戦した事のある人は承知の事だろうが、単純に歌わせるよりも音程の上下が極端に激しいのだ。


 一言、〝お早う″だの、〝初めまして″などと云った単純で短い一節をこしらえるのに、かなりの時間を費やさなければならなかった。

 出来上がった音階の羅列を見て、こんな短い言葉の中に物凄い量の音の情報が含まれている、と云う事に、今更ながら驚いて、しばらく画面の前で放心していた記憶が有る。


 思わず、「はぇ~、知らなかった、言葉って歌みたいだ。」などと口走り、暫し感心しきりと云った感じで、ウンウン一人で頷いていたのだが、ふと、今度は自分の何気なく言った言葉に愕然とする事になった。


「そうか、言葉って、歌だったんだ」、と。


 そう言えば、と今度はやはり当時目立ち始めた音声読み上げソフトの事について考えてみる。良く駅のアナウンスなどに使われていて、聞いてて、


「何だか感情が篭ってなくて、情緒が無いな。」


 などと何となく感じていたのだが、今にして理解する。そこに歌が無かったからだ、と。


 序でながら白状しておくが、自分、かなりの偏見の持ち主で、老い若きに拘らず、所謂、女性同士の会話、という物に良い感情を持っていなかった。


「何で、あんな中身の無い会話に、あんなに時間を掛けられるんだろう。」


 などと、苦々しく感じていた物であるが、これも、「言葉は歌」という見方で考えると、忽ち疑問は氷解する。

 意味は大して重要じゃないのだ。

 大事なのは、感情を歌と云う言葉に乗せてやり取りする事であって、そこに何やら深刻な意味を求めるこちらの方が浅はかであったのだ。同時に、こんな事を考えている自分の方が、今の今まで碌に言葉の持つ意味の半分も理解出来ずに使っていた事に、思わず頭を抱えてしまうのだった。


「何て事だ、自分は今まで世界の半分を知らないまま過ごしていたのか……。」


 この際だから、恥のかき捨てついでに、もう一つ気付いた事を上げておく。

 昔から〝和歌″と云った言葉に接する度に、疑問を感じていた。何で音程も無いのに歌と云う言葉が付くんだろう、と。尤も、疑問に感じるだけで、それ以上深く掘り下げて考える事をしなかったのだが……。


 本当に今更な話だった。心を込めて作られた言葉なのだから、歌なのは当たり前だろう、と。


 というか、今まで自分が気付けなかった答えが既にこの言葉に現われている事に、又しても頭を抱えてしまうのだった。


「何だよぅ、もう答え出てるじゃん。何で皆教えてくれなかったんだよぅ。」


 などと身勝手な恨み言を呟きながら、ゴロゴロと床を転がる事数十秒。自分がこんな単純な事に気付くまでに費やした時間に対し、我が日の下の人々は、ほぼ言葉が使われ始めた頃からこの事を熟知し、当たり前のように使っていた、と云う事に、


「我、本当に日本人か?」


 などと、哲学的に悩みながら、悶絶するのだった。


 まあ、でも、気付けたのだから良いか、と持ち前の楽天性を発揮し、すぐに調子を取り戻したのは、我ながら調子の良いと云うか何と云うか。


 まだまだ、この世は自分の知らない事で一杯だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

全ての言葉は心の歌 色街アゲハ @iromatiageha

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ