ワードパレット【ワイン・日めくり・前髪】

ささくれ

ワイン・日めくり・前髪

「うーん……これは……うげ、渋」

 今日の分のワインを口に含み、しばらく味わうように口内に含んでいたがすぐに限界を迎えた。酒全般苦手な自分が、度数の強いワインなどもってのほかだった。吐き出すことはせずになんとか飲み込むことができただけで及第点だろう。

「本当にこれも美味いと思って飲んでたのか? 分かんねーなあ……」

 そう、味の感想を聞くことはもう叶わないのだった。このワインの持ち主、この他にもコレクションとして集められた目の前にある沢山のワインの持ち主はもうこの世にはいなかった。

「下戸の自分に遺していくもんじゃねーよ」

 もったいない。価値の分からない自分には。遺産として遺された一部にこのワインセラーがあり、なんとなく日めくりカレンダーをめくるように、毎晩ワインを適当にひとつずつ開けている。味も価値も分からないまま、渋い、渋いと独りごちながら。本当にもったいないことをしている。

「おれはいつも渋いしか言わないのに……お前はいつも一緒に呑むと嬉しそうだったよな」

 そんな自分に、楽しそうに目の前のワインがいかに価値があって物語があるかを語るのがお決まりのやり取りだった。毎度飽きずに何回も。自分は一生価値なんて分からなくていいと思っていた。一生その蘊蓄を聞いていたいと思っていたから。

「やっぱり、味は分かんねーよ」

 今さら自分でワインのことを調べようとは思わなかった。返事は返ってこなくとも、自分のなかでやり取りは続く。続けていきたいから。

 不意に見つめていたワインのラベルの文字が滲んで見えた。

 前髪の先が濡れていることに気づく。

 だが、それもそのままにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ワードパレット【ワイン・日めくり・前髪】 ささくれ @sugu17

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ