第3話

「おい、優一郎。」

 翌日、出勤した結城の兄・優一郎は啓斗に呼び止められた。

「お疲れ様です。何ですか、啓斗さん。」

「お前の弟たちと昨日会った。」

「お世話になります。徹と結城ですよね?結城が何かしましたか?」

「そうじゃない。……ピアス、外せよ。」

 啓斗に言われて耳に揺れているピアスを外す。何か言いたげにしながらも啓斗は「先にキッチン出てるから。」と言って部屋を去っていった。

「ここに来たと言うことは……ハートイーターを完全討伐するための作戦に関与するってことなんだぞ……。」

 ホールでは来店した客のオーダーをぎこちなく取る徹、キッチンには琉璃と一緒に簡単なマニュアル通りの調理を行ってスイーツを提供している結城がいた。

「お待たせしました。アップルティーといちごのムースタルトです。ごゆっくりどうぞ。」

 即戦力にはなるようだ。初めてと言いつつ、もう既に慣れが見えてきてる。啓斗はホールに優一郎が入るのを見届けてから結城のいるキッチンに入った。

「あ、お疲れ様です。早乙女さん。」「お疲れ様~。」と結城と琉璃の声が重なる。「お疲れ。」と返事だけ返し、ドリンクの調理へ入ろうとした時、キッチンの壁にあるランプが点灯した。小さい音だが、しっかりと耳に届く聞いたことのないアラーム音が響く。

「俺、行ってくるわ。」

「うん、よろしくね。」

 啓斗はエプロンを解いて椅子にかけると、置いてあった時計を腕につけ、裏口から飛び出していった。「あれは……」と尋ねる結城に琉璃は「指定区域内でハートイーターが出たっていう報告。私たちの管轄する場所であれが鳴ると私たちはハートイーターを討伐しに行くんだ。」と教えてくれた。

 一方、徹。カランと音を立てて開いたドアに「いらっしゃいませ〜」と声をかける。随分と緊張も薄れてきた。入ってきたのは黒と白のロリータ風のワンピースに身を包んだ綺麗な女性。既に誰かを探しているように目を動かしている。

「何名様でしょうか?」

「晴くんいますか?」

 疑問形を話す二人の声が重なる。「えーっと……」と言葉に詰まっていると、すかさず後ろから優一郎が顔を出した。

「不知火は本日休暇をいただいております。不知火の知り合いですか?」

「晴くんがいないならいいわ。失礼。」

 晴がいないと分かった途端目の色が変わり、つまんなさそうな顔をしながら女性は踵を返して行ってしまった。徹がポカンとしていると優一郎は「気にしないでいいよ。よく来るんだあの人。」と言った。

「あの、何か不思議な人でしたね。」

「んー。あの人晴さんの大ファンなんだ。多分晴さんのことが好きなんだろうけど……うーん。確か...舞花だったかな、名前。」

 カフェ店員とお客の恋なんてドラマのようだと徹は想像を巡らせる。

「まあ、とにかく晴さん迷惑がっているから晴さんがいてもいなくても居ないって答えてくれよ。」

 最初こそ普通に対応していたが度重なる高額なプレゼントや他の従業員への不躾な態度、そしていかにも晴の恋人であるかのように振る舞う姿から晴はだんだん恐怖を覚え、距離を取ったというわけである。

「あれ、でも大ファンってことは付き合ってないんですよね?」

 そう聞くと優一郎は「多分。だって晴さん...」と何か言いかけた。まだ出勤時間よりだいぶ早く、そこにいるはずのない晴の「何の話?」という声を機に優一郎は言葉を止めたのだが。気まずそうに振り向くと平静を装って挨拶をする。

「晴さん、おはようございます。」

「おはよう。で、何の話?」

 どこから聞いていたのだろうか。優一郎はバツが悪そうに目を逸らした。すると、晴は徹の方を見て「何の話?」と再度微笑んで聞いてきた。

「あの、さっき舞花さん?という方が来たんですけど……不知火先輩の彼女さんですか?…探していたので、不知火さんのこと。」

 それを聞くと晴は軽くため息をついた。

「彼女じゃない。また来たんだ、あの人。」

 そして晴は琉璃の方に目をやった。琉璃は忙しそうにせっせと片付けをしており、まだ晴には気づいていない。

「琉璃、お疲れ様。」

「わ、晴お疲れ様!」

 嬉しそうに笑う琉璃。それを見た優一郎は徹の耳元で「付き合ってるんだ、琉璃さんと晴さん。」と言った。晴が着替えるために一旦別れてから、頬を赤く染めて嬉しそうに仕事をしている琉璃に徹はどこか心の中にドス黒いモヤモヤした感覚を覚えた。


「はあ、何とか片付いたな。もうこんな時間か。」

 一方、啓斗は表参道に発生したハートイーターを殲滅し、ハートイーター討伐部隊の総括をしている東雲蓮に連絡を入れるところだった。

「お疲れさま、啓斗。いつもありがとう。」

「いえ。どうにか今日も片付いて良かったです。怪我等もありません。」

「了解。報告ありがとう。報酬は追って振り込むよ。」

「よろしくお願いします。」

 ――徹と結城以外のこのカフェの従業員は皆、ハートイーターを討伐することで多額の給料を得ている。最悪自身がハートイーターの餌食となる可能性も持ち合わせている危険性から所謂いわゆる『闇バイト』の類なのかもしれない。魔術師によって生み出されたハートイーターという生物は連鎖的に増えており、大本おおもとのハートイーターを倒せばそいつによって生み出されたハートイーターも消える。これまで数えきれないほどのハートイーターを倒してきたが、その中でも多くのハートイーターを生み出してきた集団『プランダーポリス』の仲間には巡り合えていなかった。

(くそっ、一体どこにいるんだよ……。)

 扶養の範疇はんちゅうはとうに超えた。一人倒すごとに大学生にしては莫大な金額が口座に振り込まれている。啓斗は悔しさを感じながら武器である薙刀の具現化を解き、鍵の力を時計に封じ込めると空にぼんやりと浮かんでいる月を眺めた。


 一方、琉璃たちもまた、本日の締め作業を終えて各々帰路につくところだった。

「お疲れ様です。俺たち反対側なので!失礼します~。」

 ペコリとお辞儀をして琉璃たちと反対方向に歩いていく優一郎、徹、結城に「またね~。」と手を振る琉璃。三人が見えなくなると、晴の方に向き直る。やっと二人きりになれたことが嬉しいのか、晴は仕事で少し崩れた琉璃の髪を撫でる。

「琉璃、今日家まで送るよ。」

「いいよ、そんな気使わなくて。」

「琉璃に何かあったら俺が嫌なの。出会った時もそうだったし。」

「ふふ、嬉しいなぁ。じゃあお願いします!」

 並んで歩きだす二人。琉璃の歩調に合わせて晴はゆっくり歩く。やがて二人の手は自然と重なり、恋人つなぎをしながら夜の街を歩いた。

「な、何よあれ。」

「……うん?どうしたの舞花ちゃん?」

 晴に会えず、腹いせと点数稼ぎのために囲いの一人である龍と商店街で買い物をしていた舞花。白い電灯と店の光に照らされてその目にははっきりと晴が映る。そして、もちろん隣に並んで仲良さそうに歩く琉璃の姿も。

「あの人……私がいつも行くカフェの。」

 指さした先を見た龍は最初何のことだか分からなかったが、すぐに察して頷く。

「ああ。舞花ちゃんが好きだというカフェの店員さん?可愛らしいね。少し髪が乱れているけど。」

「違うわ、あの女じゃないし可愛くもない。そうじゃなくて隣の彼よ!私の晴くんと……何で一緒に……!?」

 舞花の目には怒りと嫉妬の色が浮かんでいる。黒目が黄色と黄緑の混ざった水晶のような色に変わり、つけていたチョーカーが光り出す。

「おい、舞花ちゃん抑えて!」

 その力を危惧した龍は慌てて舞花を制止した。そして舞花の肩を手を回しつつ軽くため息をつく。

 (俺がどうにかするしかないか。嫉妬なんて面白そうだし、この晴くんとやらも舞花ちゃんの話以上だ。これはますます滑稽なことになりそうだな……。)

 我に返り、悔しそうに呼吸をする舞花の隣で龍はニヤリと怪しげに笑った。

 「……龍さん?」

「うん?いや、何でもないよ。あの子より舞花ちゃんの方が百万倍可愛いし綺麗だ。そんなに怒った顔をしているとせっかくの美貌が台無しだよ?」

 適当に言葉を紡げば舞花は「そ、そお?」と勝ち誇ったように微笑む。そのやり取りをしているうちに晴たちは人混みに紛れて消えてしまった。

 

 二日後。新月の夜がやってきた。月の光が弱いこんな日こそ世界は闇に包まれる。ハートイーターからしてみれば絶好の喰い日和であった。

「そこのお兄さん、ちょいと顔を貸してくれないかの?」

 色気のある声に男のハートイーターが振り向けば次の瞬間身体は業火に包まれる。

「全く、わらわの色気に恐れ入ったか。」

 膝上までの着物風ワンピースに身を包んだ女の子は次々と周囲のハートイーターから火柱をあげていく。その火柱が見える二つ隣の路地。マンションの屋上に立ちながら優一郎はふーっとタバコを吹かす。足元には先程屋上までわざわざおびき寄せて一網打尽にしたハートイーターたちが転がっている。その身体からはビリビリと火花が散り、感電したようにピクピク四肢を動かしていた。

「じゃあね。ゆっくり休むっす。」

 振り向きながら優一郎が指を鳴らすとその場にいた全てのハートイーターに等しく落雷が落とされた。コアは粉々、息絶えた彼らは光の粒になって闇夜へ吸い込まれた。優一郎はトランシーバーを取り出すと、啓斗に連絡をとった。

「啓斗さん、優一郎っす。そちらどうですか?」

「全て片付いた。真城も隣にいる。」

「流石啓斗さん。」

「あとは俺と真城に任せておけ。お疲れ様。」

 トランシーバーを切ると、啓斗は隣にいる真城の方に目をやった。風のある夜だというのに、クロップド丈の短いトップスにショートパンツ、ハイソックスという露出度の高い格好をした真城。啓斗たちと同じく昼間はカフェの従業員、裏でハートイーター討伐を行う『花の鍵』の契約者である。

「ぐっ……うっ……あ゛ぁ゛…!!」

 刹那、呻き声を上げながら真城と啓斗の心を喰らおうとハートイーターの声が響いた。

花弁の斬撃インフィニティー・フラワー!!」

 真城は目を桃色に染め、振り向きざまに迎え撃つ。不意打ちを決めたつもりだったハートイーターは一旦吹き飛んだが、悔しそうに立ち上がって真城を睨みつけている。

「あれ。外したかな、倒れないなんて強い。」

「……マ……。」

 (なんか言ってる?)

「ガンマ様の……ために……!」

 ガンマ?と聞いたことない名前に真城が困惑した一瞬の瞬間を見逃さず、そいつは鍵を取りだしてその鍵をカメラに変えた。

 (…鍵の……!!)

 彼がカメラのシャッターに指をかけようとした時、これまで特に動じていなかった啓斗が真城の身体を強く引いた。物陰に転ぶように逃げ込んだ時、シャッターが切られらフラッシュで辺りが光る。そして光に当たった物は全て石に変わり果てた。

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Heart Of Contract LIRY @LIRY-Crystal__

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