第2話

言われるがままに案内された場所は一つのカフェだった。某外国チェーン店のカフェのようにおしゃれなロゴとチョコレートのような模様のドアを開けるとカランと音がする。

「いらっしゃいませ。お好きな席へどうぞ。」

 白い髪に黒縁のメガネを光らせた店員の声が響く。店内はパソコンをしている人、本を読んでいる人で席はそこそこ埋まっており、どこにでもあるカフェのように見える。

「面接に来た新田と二条です。」

 テーブルを拭いている黒縁メガネの店員に結城がそう告げると彼は顔を上げた。新月の夜のように真っ黒に染まった目で二人を見る。

「……どうぞ、こちらへ。」

 店の奥へと案内される。バックヤードの奥には綺麗な階段があり、その階段の下にある部屋に通された。意外にもスペースがあって驚く。ノックの後、ドアを開くとそこでは見覚えのある女性が何やら事務作業をしていた。振り向いた彼女は琉璃だった。カフェ店員の格好をしているが確実に琉璃である。

 (でも……覚えてないよな俺のことなんて。)

「……あ、面接の方?」

「そう。はるは?」

「一旦出てくるって言ってた。私面接までここ使わせてもらうからついでに二人と待ってるよ。啓斗くんは戻ってて、私もすぐ行くから。」

 どうやら隣にいる黒縁メガネの人は啓斗というらしい。腕組みをしているあたり非常にとっつきにくそうな人である。

「助かるよ、了解。」

 そう言って、室内には徹と結城と琉璃だけになった。沈黙を覚悟していたが、「初めまして。私は霞崎琉璃です、よろしくお願いします。」という声で沈黙など存在し得なかった。向こうから挨拶してくれると解ける緊張もある。

「初めまして、俺は新田結城です。こちらに勤めている新田優一郎の弟です。よろしくお願いします。」

「あ、えーと、初めまして二条徹です。新田くんに誘われて……それで……。」

 本当の本当に誘われて何も知らされずに来ただけである故に、話すこともなければ志望理由すら無い。

「ふふ、知ってるよ。二人のことは優一郎くんから聞いてる。大丈夫、緊張しないで。」

 目の前でニコニコ笑う琉璃。聞けば、結城から兄の優一郎に名前と性格くらいは伝えてもらえているそうだ。

「面接っていうか……正直なところもう雇用契約?みたいな感じだから大丈夫だよ。」

 その時後ろのドアが開いた。入ってきたのは先程啓斗が探していた晴。琉璃とその正面に座っている二人を見ると「遅くなってすみません。」と軽く会釈をした。

「あ、お疲れ様〜。私退くからここ座って。」

 いそいそと身体を凹ませながら椅子と壁の間をすり抜ける琉璃。入れ替わりに二人の前には晴が座る。背が高く、さらには足が長い。顔立ちも整っており、一見とてもクールだ。琉璃が解した場に再び緊張感が走る。

「それじゃあ、ごゆっくり〜。」

 ドアの前で振り返って、手を振りながら琉璃は部屋を後にした。二人は慌てて立ち上がり、晴に対して自己紹介をする。

「いいよ、座って。さっき...琉璃から聞いたかもしれないけど、業務説明だから。」

「は、はい。」

「まず、二人にはカフェの運営をしてもらいます。主にホールかな。来る時に見たかもだけどそこまで大きなカフェじゃないし。大変な仕事じゃないから大丈夫。後は掃除とか...優一郎の紹介だし、本当に人手が欲しいっていう理由で二人を採用したから、俺たちのお手伝い要員的な立ち位置にいてくれれば構わないよ。」

 晴が言ったことを持ってきたメモに必死になって書き込む。

「随分と真面目だね。まあ、そこまで気負わなくて大丈夫だから。」

 見た目より穏やかなのか、口角を上げると優しそうな人に見える。しかし晴は次に驚くようなことを告げた。

「時給は二千円。」

「に、二千円!?」

 教育系のアルバイト並である。カフェで二千円とはかなり高時給な気がした。

「そう、二千円。まあ、雇用の話はこの辺にして...働くにあたり、ここからはもっと大切なことを話したい。」

「大切な...こと?」

「昨今賑わいを見せているハートイーターについて。この店の従業員たちは皆ハートイーターと戦える力を持っている。その便利能力を使って裏ではハートイーターを討伐する仕事も請け負っているんだ。ここまで聞いて、それでもここで働きたいと思うなら雇用契約を結ぶよ。どうする?」

 その晴の問いに最初に口を開いたのは結城だった。

「俺は...正直、兄から軽くは聞いていましたから働きたいです。兄の友人なら良い人そうだし、ハートイーターのことも俺は受け入れています。」

「そっか、了解。二条くんは?」

 話していいかも分からないがハートイーターの件については、つい先日の琉璃と少女との件がある。

「俺も働きたいです。その...先日琉璃さんに助けられたんです、ハートイーターに襲われていたところを...。だからハートイーターが何かは身をもって体感しましたし、働かせて貰えるならここで働きたいです。」

一息で絞り出すように言ったため、言い終わると深い息が出る。

「はは、琉璃はしょっちゅう人を助けているからね。二条くんだったんだ、琉璃がこの間話していた男の子の話。」

 どうやら先日の話は広がっているようだ。晴は続けて「よし、じゃあ二人を採用します。」と椅子から立ち上がり、二人に制服を手渡した。といってもキチキチにかしこまったものではなく、中に入っていたのはワイシャツとエプロンだった。

「それに着替えたら早速店内を案内するから。着替えたら教えて。」

 一旦、室内には徹と結城だけになる。着替えながらふとドアの裏に貼ってある紙が目に留まった。人の名前が羅列されている。

「どうしたんだ?早く行こうぜ?」

 まじまじと見る前に、背後から既に着替え終わった結城の声が聞こえ、徹がその内容を詳しく見ることはできなかった。着替え終わって部屋を出ると、晴ではなく琉璃が二人を待っていた。

「サイズ大丈夫そうだね。晴は別の仕事があるから私が二人を案内するね。改めて、霞崎です。あんまり気使わないでね、それじゃあ行こう!」

 絶賛営業中とのことでお客さんにバレないように、且つ邪魔にならないようにこっそりと店内を見る。

「あの、そこ退いて。」

 不機嫌な声が聞こえ、慌てて壁際によけると、バッシングをしてきた啓斗とすれ違う。

「あの、さっきは案内ありがとうございました。二条徹と新田結城です。これからよろしくお願いします。」

「……新田優一郎の弟とそのご友人か。お前ら、鍵の力の種類は?」

「か、鍵?」

 手を除菌して、次のメニューを手早く用意し、お盆にドリンクを乗せるという身のこなしをしつつも思ったより威圧的な態度の啓斗に戸惑う二人。慌てて琉璃が話に割って入った。

「えっと、この人は早乙女啓斗くん。徹くんと結城くんはカフェの運営のお手伝いとして採用されているから鍵のことは気にしないで。いざとなったら私が守るし。」

「で、でも…」

「本当に気にしないでね。来てくれただけでこっちとしてはとっても助かってるからさ!」

 取り繕うように笑う琉璃に「ふ~ん。」と呟きながらそこにいる啓斗と目が合わせられない。「つ、次はこっち案内するね!」と背中を押されてキッチンへ向かった。

「ん〜……晴くんどこまで話してくれたんだろうか……。ま、いいや。えーと、ここは見ての通りキッチンです!と言ってもレディフードシステムだからここでは簡単な調理しかしないんだけどね。私の……」

 決意を固めたように琉璃は冷蔵庫のフックに引っ掛けてあった、他のより少し豪華な装飾がされたスプーンを取るとまるで魔法使いのように「えいっ!」と振った。その途端、何もなかった調理台の上に現れるカップケーキたち。ホイップや飾り付けも丁寧にされており、一つ一つがパティスリーのケーキのようである。

「流石にコーヒーとか紅茶は自分で淹れるしかないんだけどね〜。さっき啓斗くんが言っていたのはこの事。これが私の能力なの。さっき晴くんから聞いたかもしれないけど……ハートイーターと戦ったりも……する。」

「うわ……俺初めて見ました!兄からは聞いてたけど……すごい!」

 怖がられたりしないか不安そうな琉璃に対して、思ったより興奮して楽しそうに目を輝かせる結城。徹は勇気を出してこの間のお礼を言うことにした。

「あの、結構前なんですけど。渋谷の街でハートイーターに襲われてたところ、助けてくれてありがとうございました。改めて見るとすごいですね。あの時はカッコよかったけど……実用的な部分もあって……。」

 話の終着点が見つからない。徹は気まずさも覚えつつ終始まごまごしていたが、琉璃もその時のことは覚えていた。だがしかし、いきなりお礼を言われるとは思っておらず、照れながら「あ、えっと、良かったです。無事で!」と目を逸らした。やりとりを見ていた結城は最初きょとんとしていたが、そういえば徹にこのアルバイトを紹介した時に話していたような。

「あの、徹が話していた助けてくれた人っていうのが……琉璃さん?」

 頷く徹。その後も琉璃は二人にハンディーの使い方やメニューを見せてくれた。その都度メモを取る二人。時々横目でそれを見つつも、一通りの説明が終わるまで啓斗は一切関わってこなかった。

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