Heart Of Contract
LIRY
第1話
「な……何なんだよ。」
そう呟いてもその震えた声は目の前の情景に飲み込まれていく。五分前、たまたま渋谷の街を歩いていたところ、道に迷った少女に声をかけられ、道を教えたらこのザマである。聞かれるがままに会話を進めていると突如少女が豹変したというわけだ。
道を教えた次の瞬間、少女の髪は赤く燃え、血走った目はまるで吸血鬼のようである。仁王立ちをするようにこちらに照準を合わせ、驚いて尻餅をついた俺の身体を見回す目は獣のようだ。
(これがハートイーターかよ……。ああ、もう人助けなんてするんじゃなかった。)
――『ハートイーター』。気づけば現れていた偽物の人間。人間の生き血を食らい、普段は人として生きる。そのなりすまし能力は右に出るものを許さない。そこで近年、対ハートイーター用の特殊金属『マジェロット』が使われたものが市販されるようになったが、希少金属ゆえに徹程度の一般大学生に大層なものは買えず、かろうじてスマホにつけている宝石を模したキーホルダーがそれだった。震える手で鞄の中を弄りスマホを少女に向ける。徹の手の先で揺れるマジェロットキーホルダー。
「うっ……⁉︎」
流石希少金属。一瞬怯んだ様子が見受けられる。しめたと思い、そのまま徹は走り出した。伊達にただの金欠大学生として生きている訳ではない。足の速さにはそこそこ自信があった。少女は徹を見つめたまま追いかけてくる様子が見られない。しかし、徹は走りつづけた。ふと、その中で紫の髪をした女性とすれ違う。人混みの中でとても目を惹く存在。彼女も徹の方を見てその目が合う。
「後は任せて。」
口パクだがそう言った気がした。一方、その女性。名は琉璃。走り去る徹を横目に少女の方へ歩いて行く。少女は徹の俊足には敵わないものの、血眼で徹を探しているようだった。
「おっと、結構危なそうな子だなぁ。ねえ、お嬢さん。」
ハートイーターは単純にそのコアを破壊すれば良いがこうも可愛らしい少女の姿をしていられると気が引けてしまう。考えた琉璃は自らの能力を使うことにした。マジェロットで作られた指輪に触れると琉璃は紫の光に包まれ、右手には赤と白色が混ざった大きなロリポップキャンディーが現れた。
「これ、あげるからここは大人しく引いてくれない?」
少女は琉璃から受け取ったキャンディーを繁々と見つめた。それを見て隠密に終わりそうだと琉璃の口角が緩む。誰でも一度は自分の手のひらほどの大きさのキャンディーには憧れを抱くものだ。なるべく殺生に持ち込みたくない琉璃は常にどうにか穏便な解決方法を模索していた。しかし、少女はそのキャンディーを地面に叩きつけ、足で踏み潰した。見た目とは裏腹に脚力が相当強いらしい。
「あー……無理かぁ。飴がもったいない。」
粉々になったカラフルな破片と少女を交互に見て琉璃は残念そうに呟いた。
「はぁ……はあ、あの人は……。」
結局徹は居た堪れず元の場所に戻ってきた。自分に何かできるとは思えなかったが、あの時確かに「後は任せて」と言った琉璃を放っておけなかった。
「仕方ないね。全く、こんなに可愛らしい見た目はやめて欲しいな。罪悪感が湧いちゃう。」
ため息を吐いて少し悲しそうな目をしながら琉璃は指輪からお菓子で飾り付けられたステッキを出すと、飛びかかってくる少女を迎え撃った。尖った飴部分が皮膚に当たっても血の一滴も出ないところを見ると本当にこの少女は人間ではないのだろう。
「
指輪をつけた方の手を招くように動かすと、先ほど少女が踏み潰したキャンディーの欠片が光り出す。違和感に気づいた少女がそちらを見るより先にその破片は四方八方から少女に刺さった。
「……‼︎」
思わず声が漏れそうになり、徹は口を手で押さえる。地面に倒れて呻く少女の胸からはこれまた宝石のようにキラキラと輝くハートを象った物体が現れた。
「……ごめんね、あなたも元は人間だったのにね。」
杖先で物体を貫けば、ガラスが割れるようにたちまちそれは弾け、地面に伏せる少女の姿は光の粒となり消滅した。徹はまだ何が起きたのか頭の整理が追いついておらず、もうそこにいるだけの琉璃の後ろ姿を見ているしかない。少女と対峙し終えた琉璃はそのまま武器をしまうとその場を立ち去ろうとする。
「あ、あの!」
思わず飛び出してしまった。「ん?あ、さっきの。」という琉璃に「先程はありがとうございました。」と頭を下げる。
「いえいえ。怪我とかは?」
にっこり笑う琉璃。その人柄の良さは初対面の徹にもひしひしと伝わってくる。
「大丈夫です。あの、お礼させてください。連絡先とか……教えてくれませんか。」
「お礼なんて大丈夫、私はこれが仕事なので。」
ペコリと頭を下げるとそのまま琉璃は行ってしまった。
(仕事……か。)
聞いたこともない仕事である。お礼がしたいとはいえ、いきなり連絡先など聞くような真似をしたから軽くあしらわれたのだろうか。徹は呆然とその場に立ち尽くしていた。その時、不意に後ろから声をかけられる。
「彼女にお礼がしたいと?」
耳元で話しかけるものだから徹はひどく驚いてよろけてしまった。見たことのない男性である。
「悪い悪い。俺は神崎という者だ。先ほどの彼女の戦闘は実に見事だったね、粗方あの対ハートイーターの力について興味があると言ったところかな?」
「そうですけど……何ですかいきなり。」
(株)鹿目社 神崎 と書かれている名刺を手渡される。有名な本の出版社であるその会社名に徹は顔を上げて神崎を見た。
「あの女性が使っていた能力はいわゆる魔術さ。魔術師から力を貰い、その力を使ってハートイーターと戦う。」
(魔術?)
そんなものが本当に存在するのかと徹は困惑する。
「……失礼します。」
徹は気味が悪くなり、足早に神崎の前から立ち去った。足が速いのがここでも役立つとは。徹はわざと人混みに紛れるように歩いた。神崎は一切ついてこなかった。
「なあ、魔術って本当にあると思うか?」
徹の目の前にいるのは、始まったばかりの授業で早速友達になった同い年の結城。二人はいかにも現実的な法律を専門とする法学部の学生だった。警察か検察かはたまた裁判官か、その未来こそ誰にも分からなかったが、法を司る職業を目指すのは同じだった。
そして開口一番、非現実的な魔術の話題。結城は「いきなりどうしたんだよ。」と徹に聞き返す。至極真っ当である。徹は昨日の出来事を結城に話した。
「あー……。」
話を聞いた結城はそれを否定するわけでもなく頷く。
「どうしたんだよ。」
「いや……にわかに信じ難い話だから俺は徹が言わなきゃ一生話すつもりはなかったんだけど…俺の兄貴がそういう……何かハートイーターと闘うための機関で仕事しててさ。俺、そこでバイトすることになったんだ。」
言いづらそうに話し始めるものだから何かと思ったが、そうそうにバイトが決まった報告かと徹は半分呆れる。しかし、結城の話には続きがあった。
「徹もバイト探してただろ?兄貴から『本当に信用できる友人一人なら連れてきてもいい』って言われてるんだ。だから…もし徹がまだバイト決めてないなら俺と一緒に兄貴の機関で働かないか?」
「俺が……本当に信用できる友人ってことか?」
出会ってまだ日が浅い。それなのに自分を信頼して誘ってくれている結城の発言が嬉しく思わず口角が緩む。それに大学生になると途端に金がかかってくる。一刻も早くバイトを決めたいのも事実だった。
「俺でいいなら!俺も働きたい!」
二つ返事で出した答えに結城は「良かった。よろしくな。」と笑った。
普通に一日を終え、普通に駅前で結城と別れる。そこで徹はふと足を止めた。
「……そういえば何のバイトなんだ?」
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