第5話「堕胎」

「いや~。それにしても面白かったなぁ。木刀は折れるし、右腕も折れた。ま。接戦の演出だけど。戦いには華がないとね」


「ほんとー? それ? 結構焦ってなかった?」


「私のココロを読んでみなっ」


 アヤネはコロコロと口の中で飴を転がす


 祝サムライ討伐でアヤネさんの得意料理でのパーティーをすることにした。その買い出しの帰り道だ。


 アヤネの携帯が鳴る。女児向けアニメの主題歌が場に響く。


「あ。悪い。電話だ」


 アヤネは飴をかみ砕き、白衣のポケットから携帯電話を取り出す。


「もしもし。アヤネ」


「あ。ハルカ? どした?」


『……に一人で来い。そうすれば妹は……』


 微かに電話の内容が聞こえる。


 アヤネはカレーの材料がぎゅうぎゅうに詰められているビニール袋をするりと地面に落とす。


「今。なんて言った」


 アヤネの顔が曇る。


「ごめん。急用ができた。何かあったらこの電話番号に電話してくれ」


 アヤネはカラスと書かれた一枚のカードを俺に投げ渡す。


 アヤネの眼が黄色く染まる。


 アヤネの姿は徐々に薄れていき、完全に消失する。


 は? 何か悪いことが起こっているのは理解できるが、急すぎて状況が呑み込めない。電話の内容……。妹、一人で来い、ハルカ。人質!?


……。


 ハルカ! ハルカ! ハルカ!


 私は人混みを押しのけ、走る。走る。


 私の戦う意味。私のたった一人の家族。生きる希望。これが見え見えの罠だとしても。


 大通りを抜けて路地裏に駆け込む。


「ハルカ!!」


 そこで私が目にしたものは信じたくないような地獄だった。だぼだぼのパーカーを身にまとった少女がバタフライナイフをカチャカチャと弄っていた。


 公安の人間だ。


「おぉ。早速キタっすねぇ。まさかこんな簡単な餌で釣れるなんて」


「貴様ぁっ! ハルカはどこへやった!!」


 前に会ったことがある。欲望の赴くままに殺戮を繰り返す。


 つけられた字は『驟雨の轟』 なぜここに。


「冷静な科学者だったって聞いてたすけど。ただの野犬じゃないっすか」


 少女はこらえきれずに笑みをこぼす。


 思考が読めない。何故だ。この世に生を受けたものの心をのぞける。そういう契約だったはずなのに……。


「くはははっ。彼女ならここっすよ」


 パーカーの少女は大きめの紙袋を私の足元に投げ捨てる。投げ捨てられた袋からは切断された手足のようなものが転がり出ていく。


妹がいつも使っている花の香りがするシャンプーのにおい。腕にある無数のほくろ。 嘘だろ。嘘だと言ってくれ。ハルカ?


 袋からはハルカのものと思わしき眼球が転がる。


「再会を祝して赤飯でも炊くっすか?」


「あああああああああああああああっ!!!!」


 考えるよりも先にカラダが動いていた。地面を蹴り、少女の首元に拳を走らせる。


 間一髪で少女はそれを躱し、ナイフを私の首を撫でるように斬る。


「かはっ」


 喉元から鮮血が滴り落ちる。じくじくと痛む喉が思考を乱す。自分が何をしているのかわからない。私は怒りに飲まれてしまったのだろうか。


 いつもとは裏腹に感情のまま腕を振るう。


「あとこんなのもあるっすよ」


 少女は顏をにへらと歪ませる。


 少女はパーカーのポケットからボイスレコーダーを取り出し私の足元に投げる。


 ボイスレコーダーからは肉を削ぐ音。金切り音。ハルカの悲痛な叫びが聞こえる。


「気分はどうっすか? アヤネお姉ちゃん?」


 殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す。


「あああああああああああああああああああああああああああっ!!!!」


 私のココロの中にどす黒い何かが産み落とされる。それはだんだんとココロを侵していき完全になにかに支配される。


「あああああああああっ!!!」


 ボイスレコーダーに手を伸ばす。指は鋭く黒く変形していく。ボイスレコーダーを爪で突き刺す。流れていた断末魔はノイズを残し、静かになる。


 もう私はヒトではないのかもしれない。


上級怪異オーバーロード。ノイズ。誕生っすね」


 ……。


「で。我を頼ろうと」


 フードを深くかぶった少年は室外機に座り足を組む。


「あぁ。そうだ。助けてほしい。アヤネさんを」


「アヤネか……」


 沈黙が訪れる。


「彼女は役目を果たした。それ以上でも以下でもない」


  役目? 仲間じゃなかったのか? 仲間が危険にさらされているのにこいつは。

 

  握った拳から赤い液体が滴る。


「契約は当人が死んだ場合、失効となる。他を当たれ」


「お前!!」


 カラスの胸ぐらを強く掴む。 深くかぶっていたフードがなびき、はだける。


 透き通るような紫の瞳。右目を覆い隠す眼帯。多少違いはあれど、そこにいたのはあの時助けただった。


「なんだ……。殴るなら殴れ。愚か者」


 紫に光るひとみがこちらを睨んでいる


「あの時助けてやったのに!!」


 少年はため息を漏らす。


「見込み違いだったか。偽善者……」


 少年の眼が潤い、輝く。


「じゃあ。どうすればいいんだ」


 掴んでいた胸ぐらから手を離す。


 地面に崩れ落ちる、俺に少年は手を差し伸べる。


「もしこの先が血の雨が降るような地獄でもアヤネを救いたいと思うか?」


「アヤネさんは俺の。俺たちの大切な友達だ」


 少年の手は氷のように冷たい。


「我と契約を結べ。手を貸す代わりにこちらの条件を飲め」


「王をゆりかごから引きずり下ろす」





















 

 

 














 

 

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ココロノメザメ ごもくおにぎり @Onigiri_5mo9

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