樹希視点(2)


























 優奈ちゃんの第一印象は、“めっちゃかわいい”だった。


 顔は小動物みたいでおめめクリクリで、身長差のおかげで立ってても座ってても私を見る時に上目遣いになるのが、ちょっとオドオドしてる感じも相まって庇護欲をくすぐられるというか。

 染めてるのか、薄く茶色がかったセミロングの髪がよく似合って、全体的に清楚なお姉さんって感じがまた良かった。

 かわいい見た目に反して中身はけっこうしっかり大人で、きっと誰にでも優しい人なんだろうなっていうのは、配慮ある言葉選びや温和な口調からすぐに感じ取れた。

 スタイルは細めだけど、胸元含め二の腕なんかはちょっとだけむっちりしてるのもえろくて……普通に男にモテそうだな、って思ったり。

 控えめで押しに弱そうなのもたまんなくて、典型的な尽くしてくれるタイプの女っぽいし、まじで“イイ女”が真っ先に感想として口から出た。


「真司くんは、でも……本当に良い人で…」


 だからなのか、クソ男の話をしてる時だけは、なぜだか無性にイライラした。

 こんなにもイイ女が、クソみたいな男に良いようにされてるのが気に食わなくて、自分勝手な理由だけで別れさせたのに、彼女はそれでも私を責めることはしなかった。

 そしてどんだけ酔っ払っても、簡単に自分を捨てた元カレのことも、最後の最後まで悪く言うことはなかった。

 本当に、心の底から優しい人なんだな…って。

 だから初めて抱いた夜、彼女には特別優しく触れようって思った。

 未だ残る痣たちも含めて、まるごと包み込んであげれば、彼女はセ■クス中だというのに目に涙を浮かべていたのが印象的で。


 なんとなく、情が湧いた。


 そこから、私の過去の話をしても広い優しさで受け止めてくれたことも重なって、他の子とは違う感情を抱き始めて。


「樹希さん……っすき…」


 行為中、たまたま「すき」って聞けたのが嬉しかったし、可愛かったから調子に乗って何回も言わせてたら、彼女は私の名前を呼びながら果てて。


 そこで改めて、心臓がキュンと縮んだ。


 だから出会って数日も経ってない彼女との距離をさらに縮めようと、適当な言い訳をつけて家に招いた。

 他の子にはしない、ご飯を奢ったり自分のお金を使うってことをしたし、いつもは勝手にやってくれるからってだけで女の子に任せきりだった家事とかもしようって思えた。

 自分がこんな風に思うのは本当に珍しいことで、この時点でもうだいぶ自覚なく惚れてたんだと思う。

 これまでの子達とは全然違う、どこまでも謙虚でかわいい優奈ちゃんと暮らす日々は楽しくて、家に帰ればいつでも彼女が待ってくれているのが……もうどうしようもなく嬉しかった。


「っや、ぁ……樹希さん、もっと…っ」


 普段はわがままなんて言わないのに、えっちの時だけはやけに素直で、私のことを求めてくれるのも嬉しくて……ついつい、顔を見るたび抱いてしまった。

 全ての反応が、“かわいい”から“愛しい”に変わるまでそう時間はかからなくて、気が付けば虜になっていた私は、彼女のために尽くそうと自然に体も心も動いた。

 好きな想いが、どんどん溢れて止まらなくなった。

 

 同時に、そのまま閉じ込めたくなる思いも強くなった。


 きっと……こんな優しい彼女だから、失恋から立ち直って新しい恋をして、その時に見せてくれる笑顔は最高にかわいいんだろうなって…思うのに。


 他の男と幸せになる未来を、どうしても願いたくない自分がいた。

 

 私のこの想いに反して、優奈ちゃんはいつまでも元カレとの指輪を使い続けて……嫉妬もしてくれないし、正直脈ナシなんだろうなって思ってた。

 それもあって、凛先輩に怒られた時は「どうせいつものお遊び」とあしらうついでに、自分に言い聞かせてみようとしてみたりもした。

 優奈ちゃんと付き合えないなら、他の子にまた手を出してみてもいいかな……とか、思って。


「今日、彼氏と会いたくないな…」


 たまたま優奈ちゃんの友達が酔ってそんな風に甘えてきたから、これはちょうどいいから抱いちゃおう…なんて邪な考えが過ぎったんだけど、


「……ちゃんと帰って、話し合った方がいいよ」


 でも、むりだった。


 女の子を家に送って帰るだけ。そんなした事もないことをして、早く優奈ちゃんに会いたくて家に帰った。

 抱き締めたくて仕方なかった気持ちを発散させるため初めて優奈ちゃんにアレを使った時、思ってたよりすんなり飲み込まれてしまったことには内心ちょっと落ち込んだ。

 処■じゃないことは、分かってたけど。

 他のやつも彼女の中に入って、しかも女の自分には感じられない感触を味わったんだ…って思うと、嫉妬で狂いそうで。


「う、ぅう……は、ぁ…」

「痛い…?」

「きもち、い……っこんなの、初めてで…どう、しよ……もう、■キそ…う」


 それでも、嬉しいことを言ってくれる優奈ちゃんを傷付けたくはなくて、醜い嫉妬心は心の底に押し込めて優しく触れようと気を付けた。

 その夜、行為後に珍しく甘えてきてくれた優奈ちゃんを可愛がりたい気持ちと睡魔との狭間にいて、結局寝落ちちゃったところに美紀さんから電話が来た。


『おい、クソガキ。連絡もなしに休んでんなよ』


 開口一番バチバチに怒られて、聞けば代わりに出勤を頼んでたやつが飛んだってさらに怒られて、しぶしぶお店へ向かうことにした。

 …優奈ちゃんと過ごしたかったから休んだのに。

 ふてくされた気持ちで、家にひとり彼女を残しておくことに後ろ髪引かれながら家を出た。


「樹希、お前最近休みすぎだぞ」

「…すんません」

「彼女でもできた?」

「……聞いてくれます?」


 店についてからも小突かれて怒られたけど、それはいつものことだから軽く流して、美紀さんから話を振ってくれたから近況ついでに愚痴をこぼした。


「ノンケの子が女に落ちるなんて、あるんすかね…」

「おっ、なんだよ珍しい。樹希が恋愛で悩むなんて……初めてじゃない?」


 そう、美紀さんの言うように……初めての経験すぎて。

 だから、何もかもが分からない。

 口説くことはできても、その先をどうしたらいいのか検討もつかなくて、女の子の気持ちを察してあげられないなんてことも初めてだった。

 私のこと、好きなのかな。…付き合いたいとか、思ってくれてるのかな。

 不安が募ってた頃、えっちしても優奈ちゃんが濡れなくなって、不安はさらに大きさを増してしまった。

 ほんとは、あんまりえっちしたくなかった…?って落ち込んでは、セ■クス無しでどう関わっていいか分からなくて距離を取ってみたりもした。

 ……疲れてるのに、無理させたくない思いもあった。

 えっちしようって約束した日も、すぐに体を求めないで、自分なりに“体目的じゃないよ”ってさり気なく伝えるついでに優奈ちゃんを休ませてあげようって思ってたのに。


 男の影を感じた途端、全ての余裕を失くしてしまった。


 なんで、振り向いてくれないの?

 ノンケだから…?

 だとしたら、女に生まれた私に勝ち目なんてなくて、自分が男ならどれほどよかったか……って。


 悔しくて。


 必死で、情けなく「他の男のとこに行かないで」なんて懇願してみれば、


「…どこにも行かないよ」


 彼女はこんな時でも優しく微笑んで、私の束縛を受け入れてくれた。


 気分は有頂天に登るくらい舞い上がって、その後すぐくらいに優奈ちゃんからも「好きって言って」とか「他の子には言わないで」なんて可愛いことまで言ってもらえたから、これはもうお互い好きでしょ。そう確信した。

 彼女なんてできたこともなければ、作ろうと思ったこともない…正しい恋愛の仕方すらよく分かってなかった私は、それだけで“付き合ってる”って、勝手に思っちゃったんだ。


 それが、全てのすれ違いの始まりだったのに。


 付き合ってからの優奈ちゃんは、ちょっと様子がおかしくて、私がどんなに「好き」って伝えても、少し辛そうな顔をした。

 ……やっぱり女相手だから、複雑な気持ちになっちゃうのかな。

 そう不安になったタイミングで、優奈ちゃんの貢ぎ癖や、引き止めるためなら手段を選ばないダメ女の一面を見せられて。


 幸せな姿を見たいのに、自分といたらどんどんダメになる、って。


 今までの子と同じように、彼女もまた……


 だから怖くなって距離を置いて、クリスマスもあえてバイトを入れて、帰らない間は美紀さんの家に上がり込んだ。


「おい、ガキ。人んち使うんなら家事しろ」

「……ういっす」


 美紀さんは唯一、今まで出会った女の人の中で体の関係にならなかった人で、大学入りたての頃に友達の紹介で知り合った。

 出会った頃、いつもみたいに口説こうとしたら「タダでヤラせると思ってんなよ」と断られたのが面白くて、そこから本格的に仲良く絡むようになっていった。

 その中で、女たらしでどうしようもない私のことを「それもまた才能」と買ってくれて、金も欲しかったから誘われるがままバーで働き出して……もう三年は経つ。


「いや〜、やっぱお前は天才だわ」

「……何がっすか」

「樹希の出勤日は売り上げが段違いなんだよ。その調子で、女たらしまくって貢献しろ」

「…うっす」


 何かあった時は家に居させてくれるし、店を盛り上げた分だけちゃんと給料にも反映させてくれるし、色んな恩があったから、バーの仕事を辞めるつもりは今後もない。

 大学を卒業したら、もう一つ都内にある店を任せてもらう予定で……だから余計に、優奈ちゃんとの未来を考えたらお金はあるだけあった方がいいかな、とかも思ってた。

 そのせいで優奈ちゃんに勘違いさせてるなんて、この時は思いもしてなかった。


「今日はクリスマスか〜、稼ぎ時だな」

「……そう…っすね」

「ん?なに、元気ないじゃん」


 だけどさすがに、いくらなんでもクリスマスにひとりで過ごさせるのはどうなの?ってことには、当日になってようやく気が付いた。


「すみません、美紀さん」

「おん、どうした」

「今日……休みます」

「はぁ?」


 だからクリスマス当日の夕方。


 出勤前に謝って、美紀さんの家にある服の中からとびきりオシャレなものを選んで着替えて、持ってきていたあの香水も忘れず振りまいて家を飛び出した。

 寂しい思いさせるとか、そういうのもあったけど……何よりも私が会いたくて。

 特別な日に他の女の子と過ごしたくない思いで、途中寄った花屋でキザだと思われてもいいから花を買って。


 後はもう、優奈ちゃんに会うため道を駆けていった。




 その後は、みんなの知る通りだ。


 


















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ダメ女がイケメン女子大生と出会ったその日にお持ち帰りされる話 小坂あと @kosaka_ato

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