番外編
樹希視点(1)
女の子は、みんなかわいい。
かわいい子は幸せになるべきだし、幸せじゃない子はみんな揃って私が幸せにすればいい。
手の届く範囲の子は、みんな。
誰が一番とかじゃない。みんな違ってみんな良いし、全ての女の子がオンリーワンで、本人にとっての人生の主役で、色とりどり咲き乱れる一輪の花たちだ。
もちろん、顔の良し悪しだって関係ない。体型も性格も何もかも。
女の子であれば、それだけで良い。
そんな価値観を持って、今日も今日とて両手に花。
「西野ちゃんからシャンパン入りました〜!ありがとうございまーす」
片手には酒。
「ねぇーえ、こんだけ毎日シャンパン入れてるんだから、そろそろ付き合ってよ」
「ははっ!…こんなやつ捕まえるより良いやついるよ。西野ちゃんはかわいいんすから」
「またそうやってはぐらかす…」
「まあまあまあ。そういう話は店終わってからしよう!」
「……店終わるまでいろって?まぁいるけど…」
「相変わらずノリがいいね、最高!」
「気分は最悪だけどね」
こんな風に、毎日。
大学へ進学後、友達の紹介で知り合った美紀さんに才能を買われて拾われてからというもの、バーで飲み潰す日々が続いていた。
もちろん初めの二年はまだ飲める年齢じゃなかったから酒の代わりにジュースを飲んでて、それでもシャンパンを入れてくれたりドリンクを入れてくれるお客さんはたくさん居た。
二十歳になってからはもう肝臓大荒れの毎日で、
「あんた、もしかして酔ってる?」
「んー……酔ってんのかな、これ。どう思います?先輩は」
「100%酔ってる。…申し訳ないから、今日は帰れば?」
「先輩が呼び出したんでしょ。彼氏と別れたとかなんとかで。私のことは気にしなくていいっすよ」
ある日の昼過ぎ、出勤後の悪ノリを維持したままの状態で凛先輩に呼び出されて彼女の部屋へと出向いた。
彼氏と同棲していたらしいその一室には男の影があちこちに散りばめられていて、それを見かけるたび傷つく顔をする彼女を見てられなくて……とりあえず酒を勧めてみた。
「こういう時は酒っす。飲んで忘れるのが一番!」
「お酒飲めるようになったからって調子乗んないの。…でも、今は助かるかも」
私の体を心配してくれた先輩の声は震えていて、涙を堪えているんだろうことはすぐに分かった。
だから余計に、酒に頼らせることで思考を奪い去って、
「やば……酔ってる先輩、かわいいね」
「は…?んぅ……な、に…」
「ねぇ、このまま抱いていい?」
「だめ…っやだ、やめて。やめてってば!ばか」
ついでに唇も奪って半ば無理やり押し倒したら、後は早かった。
はじめは本気で嫌がってた先輩も次第に自ら腰を揺らすくらいまでにはなってくれて、とりあえずこれでひと安心。
酒と欲にまみれれば、人間どんな悩みだって吹き飛ぶでしょ。
と、思ってたんだけど。
「…あんたさ、いつもこんなことしてんの?」
「?…はい。そうっすけど」
「まじでやめな?あんな始め方……一歩間違えたらレ■プだからね。今回は別にいいけど…」
「えー……あんなノリノリだったのに?気持ちよかったんなら良くないっすか」
「まぁ…私もなんだかんだ最後までしちゃったし、あれなんだけど。でも、他の子にする時は気を付けなね?気持ちいいからって許せる人ばっかりじゃないんだから。それでトラブルとかになったら…」
「あ。否定しないってことは気持ちよかったんだ?なーんだ、素直じゃないのもかわいいっすね」
「っ本当に、あんたってやつは…!」
事後になって、先輩は荒れ狂うように激怒してしまった。
なんで怒られてるのかよく分かんないけど、怒った顔もかわいいなぁ…なんて呑気に眺めていたら、これまた「笑ってんじゃない」と怒られて。
「はぁ……疲れた…なんかもう彼氏にフラレたとかどうでもよくなってきたわ…」
最終的に立ち直れたみたいだから、結果オーライでしょ。
でもひどいことに、「クソ彼氏と思ってたけど、あんたのがクソだったわ」とか言われちゃって、それには少し落ち込んだ。…慰めただけなのに。
まぁ、かわいい女の子は抱けたし、先輩もスッキリできたみたいで、最後にはなんかよく分かんないけど謝ってくれて仲直りもできたから……別にいいや。
そうやって私は適当に、誰かひとりに執着なんてすることもなく、できるわけもなく、のらりくらりと日々を生きていた。
「なんで付き合ってくれないの!」
「ははっ、なに怒ってんの。かわいー」
「樹希のばか!最低…!」
そして必ずと言っていいくらい、笑わせたいはずの女の子を泣かせてきた。
誰かから何かを言われなくても、自分といると彼女達はだめになると…自分が一番、分かっていた。
だから意地でも付き合うことから避けて、逃げ続けて……その結果も、分かりきってるもので。
「彼氏できたんだよね」
「……そっか。おめでとう!」
「…結局、最後まで嫉妬とかしてくれなかったね」
「は…はは。最初から嫉妬しないって言ってるじゃないすか」
「人の心あるの?樹希って」
あるよ。
だからいつもいつも、そばにいた女の子がいなくなるたびに、男の元へと行ってしまうたびに……まるで失恋したみたいな気持ちで寂しくなる。
「はは……ないのかも、ね…」
だけど言ったところで無駄に期待を持たせて、また泣かせてしまうのが目に見えてるから。
誰にも言えない本音を閉じ込めるごとに、心の内側から何かが私を叩いて悲痛な泣き声をあげる。…今回もまた、それには目を背けて彼氏ができたというその子の恋路を応援することにした。
どう頑張っても、泣かせる。
どう頑張っても、男には勝てない。
どう頑張っても、私は……
「わたしはまだ、泣いてないよ」
モヤモヤとしていた気持ちは、真っ直ぐに見つめられて伝えられた瞬間、胸の内に秘め続けていた何かと一緒に弾け飛んだ。
「この先も、泣かない」
ずっと、どこかで願っていたんだ。
私といても、幸せであり続けてくれる、笑顔で居続けてくれる存在に出会いたいって。
その願いが、たった一言。
優奈ちゃんの言葉によって救われた。
……結局、馬鹿な私はまた今までの女の子みたいに優奈ちゃんさえ泣かせることになるけど。
それも、初めて見せてくれたのは嬉しさからくる涙で。
こんな私の優しさに感銘を受けてくれた彼女の涙は、誰よりも綺麗で。
いよいよ、手放したくなくなっちゃったんだ。
誰かの一番になりたいなんて思ったの、この時が初めてだったんだ。
だから他の女の子を差し置いて優奈ちゃんだけに尽くしたし、優奈ちゃんだけを愛したし、優奈ちゃんにだけ好きって言われたかった。
それなのに恋愛初心者すぎて、言葉足らずで、彼女を傷付け続けていた事実を知るのは……まだずっと先の話だ。
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