第4話 旅の始まり、リトの街
カイは村の盗賊を一掃すると、自分が最初に転生した場所まで戻ってきていた。そこで倒れている、最初に殺された身なりのいい商人? 貴族? と思われる人物の懐を物色した。財布と思わしき革製の巾着と、男の手首にあった金の腕輪を拝借する。
先立つものが必要だと思ったからだ。まずは何をするにも金がないと不便だ。食事に宿泊、あと装備も整えたい。巾着を開けると中から金貨と銀貨が出てきた。これがどれほどの価値を持つかはまだ俺にはわからない。だが、まぁそれも後々わかってくるだろう。腕輪を左手にはめてみると悪くないと思った。左手なら剣を振る邪魔にもならない。まぁ売って金にするまでの間着けておくか。
カイに死人から物を盗ることの罪悪感はなかった。金も腕輪も死人には不必要な物だろうと、ただそう思っただけだった。ここまでくる途中で、盗賊の死体から剣と剣を腰にぶら下げるソードベルトも拝借した。その際に生き残りと思われる爺さんに会った。あの村にはあの女の他にもまだ何人か生き残りがいたようだ。爺さんは俺に言った。
「あんたのおかげで助かったよ。あんたが盗賊をやってくれなけりゃ今頃はわしは死んどった。礼を言わせてくれ」
「礼はいいが1つ聞きたいことがある。ここらで兵士として雇ってくれるところを知らないか? あまりこの辺のことには詳しくなくてな」
何にせよ働かないことには生きていけない。どうせなら戦うことがいいと思った。この世界でならそっちの仕事で困ることはなさそうだからな。
「あんたほどの腕ならどこの貴族でも雇ってくれそうなもんじゃが、わしにはあんたを紹介してやれる当てがない」
そう言うと爺さんは少し考えるように、遠くを見つめた。
「そうじゃ。大陸には冒険者ギルドというものがあって、そこでは腕利きの兵士を募っていると聞いたことがある」
爺さんが言うには、今俺がいるここはマノという島の西側、メルクという地方らしい。そして島の北西にはアーシュラルという広大な大陸が存在する。そこでは冒険者という職種があり、戦うことに関する様々な仕事を請け負っているということだった。
「大陸に行きたいなら、このまままっすぐ西へ半日ほど歩けばリトという港町に着く、そこから船で渡ることができる」
俺は爺さんに礼を言うと、リトを目指し歩き出した。爺さんは「あんたはめっぽう強いのに、何も知らんのじゃな」と不思議がっていた。リトの街へは道なりに行けば良いということだった。
そして俺はリトの街を目指す途中、最初に転生した場所に寄り、金とブレスレットを手に入れた。そこはちょうど緑の丘の中腹だった。西へと続く道の先へ目をやる。道は緑の丘を縫うように、どこまでも続いているように見えた。空はまだ青く、太陽の位置は真上にあった。
さて、歩くか。と呟き、歩き出す。カイの心は晴れやかだった。この先どんなことが待っているのだろうか。いずれにしても、きっと自分の心を満たす刺激と、興奮があるだろうという予感がした。頭の中では音楽が鳴っていた。ジャズのスタンダードナンバー「マック・ザ・ナイフ」。音に合わせて口笛を吹く。足取りは軽い。軽快なリズムに合わせて、カイの旅は始まった。
リトの街が見えた頃には辺りは暗く、月が空に浮かんでいた。
海を前に街の黄色い小さな明かりがポツポツと見える。街の東側には広大な森が黒々と広がっていた。
ここまでくる途中は拍子抜けするほど何もなかった。やったことは途中、川で休憩する際に服に着いた血の汚れを落とし、水を飲んだことぐらいだった。盗賊や山賊、もしくは異世界転生らしく魔物などに襲われることを期待したがそれもなく、ただただ歩いただけだ。街灯のない夜の暗さが印象的だった。月のない夜は本当に何も見えなくなるだろう。幸い、今日は月が明るかった。
リトの街は小さな街だった。漁村と街の中間のような印象を持った。村の建物は木で骨格を作った石造りの家が立ち並んでいた。ハーフティンバー様式を少し素朴にしたような雰囲気と言えばいいのだろうか。
海を背にして半円状に柵が街を覆っていた。正面入り口らしき場所は閉ざされていたので、適当な場所で柵を越えて勝手に街へと入る。柵は木製で高さが1メートルほどのものだから越えるのに大した苦労はなかった。
流石に疲労を感じる。盗賊と戦った後に一日歩き通したわけだから当然だろう。腹も減っている。一際明るくあかりが灯る二階建ての建物を見つけた。中からは笑い声や話し声が聞こえてくる。
建物へ入ると男たちが酒を飲み、楽しげに話していた。この街の漁師たちだろうか。厨房では熊のように大きな男が鍋を火にかけながら、リズム良く何かの野菜を切っている。俺が立ち尽くしていると、店員と思われる女が話しかけてきた。
「いらっしゃい! 空いてるとこ座って」
俺は適当なテーブルについた。何人かの男がこちらを見て、何やらヒソヒソと話している。店員の女が頼んでもいないビール? を勢いよく俺のテーブルに置く。俺が少し驚いていると「飲み屋に来て飲まない人があるかい?」と感じよく笑った。歳は20代後半かそのくらい、笑顔が豪快で、笑うたびに歯が全部見えるような気がした。どんな人間にもすぐ打ち解けられるような客受けのいい女に見えた。
「あんた旅の人? ここらじゃ見ない顔だけど」
「まぁそんなところだ。この街がリトの街であってるか? ここから大陸への船が出ていると聞いたが」
「ここがリトの街であってるよ。ただ船はここからは出てないよ。大陸に行きたいなら、ここから北へ3日ほど行ったグワセルって街から月に数本巡航船が出てるけど」
どうやら爺さんの話は間違っていたようだ。さて、どうするか。
「ただ、あんたが金を持ってるなら別だけどね」そう言って女はニカっと笑った。「ここから大陸まで大した距離じゃないからね。船を持ってる誰かに話をつけりゃ送ってってくれるさ」
「その方法があるか……ありがとう助かったよ。あと、何か食い物頼めるか? 腹ペコなんだ」
「ハタハタ鳥の蒸し焼きか、グリンフィッシュの塩焼きがあるよ。おすすめはハタハタ鳥の方だけど、ちょっとばかり値がはるよ」
「じゃあそれを頼む」
「あいよ。あと、あんた今晩はどこに泊まるんだい?」
「まだ決めてない。どこかいいところ知らないか?」
ぐいっと女が俺の顔に近づく。
「うちに泊まっていきなよ。2階に空いてる部屋があるんだ。1泊3000ルフィアでどうだい? 朝食もつけるよ」
ルフィア? それがこの世界の通貨単位なのか? 手持ちは金貨3枚に銀貨が5枚、さらに形の大きな銀貨が2枚ほどあの革の巾着の中に入っている。
まぁ大丈夫だろう。金貨の価値が1泊の価値より低いことは考えにくい。
「じゃあそれで頼む」
女が満面の笑顔になる。商売がうまい女だ。
「あんた、ハタハタ鳥一丁。サービスで多めにしといて」
「あいよ」
厨房のクマのような店主が返事をする。どうやら夫婦で営んでいる店のようだ。俺は目の前にあるビールと思われるものに口をつける。味もビールに近いが、さまざまなハーブの香りが鼻に抜けた。アルコール度数は元いた世界の物と比べて低そうだ。しかし悪くない味だ。
そうしているうちに料理が来る。鳥からは蒸し立ての蒸気が漂い、肉の香りがした。ハタハタ鳥の蒸し焼きは火の通りが絶妙で、柔らかく、肉汁が滴り、肉の甘みが強く感じられた。齧るたびにほろほろと肉がほどけていった。付け合わせのパンは弾力があり、麦の香りを強く感じた。悪くない夕食だった。
宿はベッドがあるだけの簡素な部屋だった。料理と宿の料金が合わせて3900ルフィア。とりあえず大きな銀貨を1枚渡してみると、銀貨6枚と銅貨1枚が返ってきた。大銀貨は1万ルフィア、銀貨は1千ルフィア、銅貨が1百ルフィアということらしい。この感じだと金貨は10万ルフィアということだろうか。店の女は「金払いのいいお客は好きだよ」と俺に笑顔を見せた。
異世界に来て、1日が経った。カイはベッドの上で今日のことを思い返す。転生し、戦い、歩き、飯を食う。――生きている。そう思った。どうやら自分は元いた世界よりこちらの方が性に合っているらしい。生きている実感が鮮明に感じられる。
そういえば、こちらの人間の言葉を理解できている。あまりにも自然だから今まで何も思わなかった。俺の言葉もこちらの言葉になっているのだろう。これも神が俺の頭に細工しているのだろう。
俺が死刑台に立った時はこんなことになるなんて夢にも思わなかった。世界は俺が思っていた以上に不可解で未知に溢れていたようだ。それにあの神とかいう存在。あいつは一体何だったんだ? 本当にあいつは神なのか? まぁ俺にとってはここに来ることができて不満はないが。
様々なことを考えているうちにカイは眠りに落ちた。異世界へ来て初めての夜が静かに過ぎていった。
カイが目を覚まし下に降りると、パンとスープが用意されていた。それを平らげるとカイは店を出た。港へ向かい、誰か適当な漁師に話をつければいい。そう思いながら歩いていると、男が声をかけてきた。
「あんた大陸に行きたいんだろ? 俺の船で送ってやるよ」
男は小柄で、愛想のいい笑顔を浮かべていた。身なりが小綺麗で、漁師には見えなかった。聞くと商人で、大陸へ商品を買い付けに行く途中らしい。
「昨日、おかみさんとの話が聞こえちまったんでな。あの人声がでかいからよ」
男はジェイミーと名乗った。「ジミーと呼んでくれ」と気さくに言った。運賃は5000ルフィアでいいとのことだった。他の漁師と値段交渉をした後でもいいと男は言った。「この値段より安くはならない。絶対にだ」とジミーは自信たっぷりに言った。
俺はジミーに頼むことにした。まだ手持ちに困ってはいないし、港で相場を確かめるのも面倒だ。俺は早く大陸に渡りたかった。早く戦いたい。また、あのスリルを味わいたい。
船着場につくと向こうに大陸が見えた。昨日は夜でわからなかったが、思っていたより大陸とこの島は近いようだ。大陸とこちらの島との間に小さな島が見えた。ジミーが言うにはあの島はゴントといい、古くから呪われた島だと伝えられているという。漁師たちはあの島に決して近寄らないとのことだった。今ではある盗賊団があの島を根城にしており、いい噂は聞かないと言う。
「あそこには近寄らない方がいい。あの島は呪われてる」
ジミーは怯えたように言った。
船は小ぶりな船だった。帆はついておらず、オールを漕いで進むタイプのものだ。この島から大陸までは海流が安定しているので、この船で十分に渡れるとのことだった。「日が暮れるまでには着くよ」とジミーは言い、俺を先に船の先頭に乗せ、自分は船の中央でオールを握った。
「少し揺れるんで、気をつけてくれよ」
船に座り、船体をつかみバランスをとっているその時だった、ゴンっと鈍い音が響き、頭に衝撃が走った。俺は船の中に倒れ込む。
何が起きた? なぜ、俺は倒れている?
「あんたダメだよ。簡単に人を信用しちゃ。それに飯屋で金を見せびらかすのも良くない。あとその腕輪。襲ってくれって言ってるようなもんだぜ」
ジミーが俺を見下ろしながら言う。俺の腕にはあの金の腕輪が光っていた。
してやられたって訳か。港には漁師が2、3人いたが、皆ここから少し距離のあるところで作業をしていた。気づく可能性は低い。それに、気づいたとしても助けてくれるかどうか。
「あんたが生き残れるかどうかは運次第だ。まぁ俺には関係ねぇ」
ジミーがオールを振り上げる。そしてもう一度頭に衝撃が走る。
そこでカイの意識は途絶えた。
異世界サイコパス ロハ @roha-nano
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