第3話 アンヌの決意

 裏口から家に入ると、家は荒らされた後でした。そして、母とマイロが血の中に倒れていました。わかっていました。わかっていても涙が、私の目から頬へと伝わりました。


 家の表では、通りの真ん中で盗賊が6人ほど集まり、こちらに背を向けて何やら談笑していました。その前には父と盗賊の一人が倒れていました。その向こうにはリックおじさんと、クララおばさん、従兄弟のテリーが倒れていました。皆死んでいました。村はひどい惨状でした。ほとんどの住人が盗賊に殺されてしまったようでした。


 私は突き上げてくる悲しみと、大きな怒りを感じました。気づくと私は大きな声を上げながら盗賊たちへ向かって、戸口から走り出していました。


「うあぁああぁあああぁああああ!」


 ずしりと剣は重く、私は剣を引きずるようにして盗賊へと向かいました。盗賊がこちらに気づき振り向き、少しばかり驚いた様子を見せました。盗賊の一人が剣を構え、前へと踏み出しました。私が振り払うように全力で斬りつけた剣をたやすく持っていた剣で弾きました。祖父の剣は私の手を離れ、私の背後に落ちました。


「そんな……うっ」


 男が剣を持っていない方の手で私の首を締め上げました。息ができず、頭の中が白くなりました。


「おい! 誰だ、こっちの家襲ったやつは? 女が残ってるじゃねぇーか」


 男は嬉しそうに言いました。私の顔をジロジロと見た後に、私を強引に地面へと叩きつけました。


 頭と背中を強く打ち付け、一瞬息が止まり、意識が少し遠くなりました。男は私にまたがり、剣をナイフへと持ち替えると私の服の前を切り開きました。周りの男の一人が「でかした」とでも言うように口笛を吹きました。


「いやっ! やめて!!」


 私が強く男を押しのけようとした時、男の拳が私の顔へ振り下ろされました。

 衝撃。痛み。そして恐怖が私の中で突然大きくなりました。


「……やめて……ひどいことしないで……お願い……」


 私は泣いていました。そして強く後悔していました。なぜ出てきてしまったのだろう。なぜ、私は戦おうなんて思ったのだろう。そうしたところで何も変わらないのに、父も母も弟も誰も生き返るわけでもない。私がしようとしたことは一体……?

 男は下卑た笑いを浮かべ、私を見下ろしていました。


「さぁ、楽しもうぜぇ。泣いててもいいけど、馬鹿なこと考えるんじゃねーぜ。嬢ちゃんじゃ俺に勝てっこないんだからな」


 男の汚い手が私の胸に置かれました。私はもう何も考えることができませんでした。恐怖と後悔が私を支配して、私の思考を途絶えさせてしまっているようでした。ただ、1つのことが私の頭に浮かんで離れませんでした。


(どうして神様はこんな仕打ちを?)


 ただ、その言葉だけが私の頭の中を回り続けるのでした。

 男の顔が私へ近づいてきたその時でした。


「なんだあいつは?」


 周りの男たちが騒ぎ始めました。私の上にいた男も声を聞き、振り返りました。私も無意識に道の向こうに目をやりました。


 盗賊と誰かが戦っていました。黒髪の男。

 男は盗賊二人を相手取り、たやすく二人を切り伏せてしまいました。男はそのままこちらへと向かってきます。私の周りにいた男たちに緊張が走ります。


「リッテとムフサがやられた!」


「野郎こっちへ向かってきやがる」


「……行くぞ」


 そう言って、6人いた盗賊の半分が黒髪の男へと向かってゆきました。私の上にいた男も事態を重く見たのか、立ち上がり、剣を手に取りました。


 私はただ、事態を見ていました。何が起こっているのかわからず、放心したまま。

 盗賊3人と男が接触しました。盗賊が繰り出す攻撃を男は剣で弾き、そして紙一重で避けます。そして攻撃を繰り出し、盗賊の一人が倒れます。


 まるで踊っているようでした。私の目の前で何かの演目が演じられているよう。黒髪の男が軽い足取りでステップを踏むと盗賊が一人、そしてもう一人と倒れてゆきます。男は笑っています。まるで楽しくて仕方ないとでも言うように。


 その笑顔を見た残りの盗賊たちに恐怖が走ります。男が近づいてきます。ゆっくり、ゆっくりと歩いて。獲物は必ず仕留めると言わんばかりの態度でした。男の青い瞳が印象的でした。何もかもを許すような青色がどこまでも冷たく映りました。


「うぅああぁあぁあああぁぁあああ!!」


 盗賊の一人が恐怖を打ち払うように、男へと向かってゆきました。


「バカ! 早まるな!」


 男は盗賊が繰り出した攻撃を容易く避け、そして一刀のもとに切り伏せてしまいます。男はこちらを見ています。凍るように冷たい青い瞳が残りの盗賊を捉えている。


「くそっ、なんなんだお前は!?」


 男は散歩するようにこちらへと近づいてくる。私の上にいた男ともう一人の盗賊は、男と距離を取るようにジリジリと下がってゆく。

 ふいに男が盗賊へ話しかける。


「あと二人か……お前らで最後か?」


 盗賊たちは黙っている。ただ剣を構え、これから起こる何事にも対応できるように。


「案外大したことなかったな。じゃあ……まぁ死んでくれ」


 男が不敵に微笑みました。盗賊たちが声をあげ、男へと向かってゆきます。

 それは、先ほどの繰り返しでした。男が舞うように剣を避け、弾き、すると相手の盗賊はぐらりと体制を崩します。そこを的確に男は相手の盗賊を仕留める。


 最後に残った私の上にいた盗賊は勝てないと踏んだのか、男に背を向け逃げ出しました。男が盗賊を逃すはずもなく、持っていた剣を相手に向かって投げつけました。(こしゅっ)と聞いたことのない音がして、剣が盗賊の後頭部に突き刺さっていました。そのまま盗賊の男は転げるように絶命しました。


「こんなこともできるのか」


 男は楽しそうにそう言いました。その意味は私にはわかりませんでした。そして、ふいに男がこちらを見ました。青い瞳が、私を見ました。息が止まり、私は身動きが取れませんでした。目を逸らすことも、前を隠すこともできず、ただ、時が進むのを待ちました。


 確かにこの男は盗賊を殺したけれど、私の味方と決まったわけじゃない。いや、目の前の男は誰かの味方になる人間のようには見えない。例えるなら獣だ。獰猛な、血の味を好む獣。きっと私も殺される。私も、結局はみんなと同じように――


 しかし男は私になんの興味も持たずに視線を逸らしました。私は安堵し、息を大きく吐きだしました。


 男は道の端に落ちていた私の祖父の剣を見つけると、それを拾い上げました。男は祖父の剣を何度か試すように片手で振り、「重いな」と呟きました。そして剣身をまじまじと見つめていました。男が剣を持ち去ってしまうと思い、私は思わず声が出ました。


「あっ……あの……」


 男がこちらを見ます。


「それ……私の……」


 男は自分が持っている剣と私を交互に見て、「これ、お前のか?」と尋ねました。私はうなずきました。男は「悪いな」と言い、剣を私の方へ投げて寄越しました。剣は私の前の地面に落ちました。


 私はそれを拾いました。剣のグリップを握りしめると、急に安堵感が広がり、そして涙が溢れてきました。危機を脱した安心感が私に喪失感を思い出させました。

 私一人生き残ってしまった。みんな死んでしまった。

(どうして神さまはこんな仕打ちを?) 


「どうして……どうして、私がこんな目に」


 私は問いかけていました。それは誰に問いかけたのかわからない、ふと出た言葉でした。すると何を思ったのか男が私に近づき、私の耳元でたった一言こう言ったのです。



 時が止まったように思いました。男は立ち上がり、何かを思い出したように来た道を戻ってゆきました。


 ――それはお前が弱いから――


 どういうことだろうか。私が弱いからなんだというの。私が強ければこんなことにならなかったとでも言うの? でも、そんなこと言われても……


 ――それはお前が弱いから――


 私が弱いからみんな死んでしまったと言うの? 私のせいだと言うの? 私が強ければこんなことにならなかったとでも? 


 ――それはお前が弱いから――


 神は、神さまは弱き者、持たざる者が救われると言われました。だから……私は……私は、悪くない……。神はきっと、きっとこんな私を救ってくださる……


 ――それはお前が弱いから――


 私、わたしは、……わたしは、わるく…………

 

 涙が溢れた。そして私は声を上げて泣いた。嗚咽が響くたびに自分が無茶苦茶になってゆく気がした。どこまでも深く落ちてゆく気がした。

 神は何もしてくれなかった。そして、。それは紛れもない事実だった。その事実が、私と私の世界を壊していった。

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