第4話 自殺について
翌日も、また次の日も、大学の講義のあと四ツ谷へ行った。
午後からスターミュージック前に着いて、あたりをうろついた後、現場が見える喫茶店の窓際に座った。一時間ほど週刊誌を読みながら、山口が来ないかと外を見張った。
二日とも山口の姿を見ることはなかった。午前中のうちに来ていたのか。一足早く名古屋に帰ったのかも知れない。
もう一度話がしたかったのに・・・。
雑誌を読みながら気がついたことがある。
自殺の前日、映画の試写会で写した写真があるのだが、マリコは艶やかなチャイナドレスのようなものを着ており、下は黒っぽいタイトスカートに白いタイツといういでたちをしている。
一夜明けての自殺現場の写真。よく見ると、マリコは上に黒っぽいジャケットあるいはカーディガンらしきものを着ているが、その下から模様入りのブラウスのようなものがのぞいている。
これが前日着ていたチャイナドレスとよく似ているのである。タイトスカートとタイツもやはり同じもののように見える。
ということは、マリコは前夜のままの服装に、何か上に羽織った格好で、死の旅に立ったということだ。
前日はマンションへ帰ったはずだし、朝そこで自殺未遂を起こしたのである。チャイナドレスはフォーマルな衣装なので、事務所に連れ戻される時にあらためて着たとは思えない。このまま眠れる服装でもない。
前日の夜、マリコは眠っていないということか。やはり誰かを待っていたのだろうか。
マリコ、あの夜何があったんだ?
何を思って夜を過ごし、どんな気持ちであの朝を迎えたんだ?
マリコが死んだ頃から、いわゆる十代の少年少女の自殺というのが、毎日のように全国で起こるようになった。
全てがマリコの影響とも言えないのだが、一種の連鎖反応のようなもので、中には本当にマリコファンの少年や、「まり子さんのようになりたい」という言葉を残して飛び降りをした少女など、明らかな後追いも現れた。
その気持ちはわからないでもない。僕の場合は大学に入学したばかりだが、もし浪人したりしていたら、マリコの歌だけが心の支えで、マリコの笑顔があるからやっていける、なんて心境になっていたかも知れない。
そんな若者は全国にたくさんいるに違いない。彼らにとって、マリコがいなくなった今、夢も希望もないのである。大好きだったマリコの後を追って行こうと思っても無理はない気がする。
スターミュージックの社長がテレビで、「みなさん、マリコの死を無駄にしないでください。決して早まったことはしないで」と訴えたらしい。
ひとりのアイドル歌手の死は、予想以上に社会に対し、大きな波紋を投げかけていた。
4月14日、マリコが死んでから、1週間が経った。
この日、先日の東京での葬儀とは別に、愛知の実家での告別式が、郷里の親類・友人を集めて行なわれた。
僕は、マリコの実家を一度見てみたかったのと、今日を最後にマリコへの想いを断つ決心をするため、また大学をさぼって行くことにした。
早朝の新幹線に乗り、名古屋へ。この日の中部地方は雨。激しく降る雨の中、地図を駆使して目的の場所へ向かう。
マリコの実家は、名古屋市内にある。告別式は、実家近くの寺院で行なわれた。
告別式は午後2時からだったが、11時ごろに寺に到着した。黒白の幕が張られ、もう多くの人が集まっていた。まだ時間があるので、マリコの実家、有田家を見に行くことにした。
有田家はすぐ見つかった。やはりマリコの家を見るため、ファンが大勢詰めかけていた。
ごく普通の構えの、比較的小さく地味な家だったが、その玄関にはたくさんの花束が置かれてあった。
表札の家族の名前の中に、マリコの本名‟佳子(よしこ)”があり、細い線で消されていた。マリコはこの家で生まれ、この家で育ったのである。
どこからか自分の名前を呼ばれたような気がしてふり返った。こんな所に知っている人などいない。
「山口・・・」
山口の長身がそこにいた。
そういえば、彼は名古屋の人間だった。今日の葬儀に現れても不思議ではない。
「わざわざ東京から来たのかい」
「うん・・・まあね」
「相変わらず熱心だな」
照れくさく思った。焼香も出来るわけでなく、アイドルの葬儀をただ見るだけのため、わざわざ東京から名古屋までやって来るなんて、そんな奴はあまりいないだろう。
僕は山口に、今日でマリコのことを思うのをやめるつもりだと言った。
山口はそうかと言い、それもいいかも知れない、とつぶやいた。
雨の中、寺へ向かった。
告別式は始まった。先日の東京の葬儀と同様、一般のファンにとっては、ただ冷たい雨の中をじっと立っているだけのものだった。
その中で僕は、今ここでマリコへの想いをこれきり断ち切るのだと、自分に言い聞かせていた。
告別式が終わるとすぐ、山口は「いいところへ連れてってやる」と言って、足早に歩き出した。
黙ってついて行くと、十分くらいで大きな川の河原にたどり着いた。雨はだいぶ小降りになっていた。
山口は黙ったまま河原の土手を歩き続けた。川岸まで来たところで立ち止まった。
「おい、ここのどこがいいところなんだ」
僕が少し息を山らしながら言った。
山口はしばらく黙っていたが、その場所で背中を向けたまま、つぶやくように言った。
「小さい頃、ここでよくマリコと遊んだ・・・」
「えっ、何て言った?」
「この河原で、花を摘んだり、虫を取ったり、石を拾ったりして、マリコと遊んだんだ」
僕は、山口が何を言っているのか理解できなかった。だからもう一度聞き返した。
山口は初めてこちらをふり返った。目にいっぱい涙を溜めていた。東京の葬儀の時と同じように、目を真っ赤にしていた。
「俺とマリコ、いや佳子は幼なじみなんだ」
唐突な言葉の意味が呑み込めなかった。
目の前にいるのは山口のはずだ。ところがこの男は、マリコの幼なじみだとか言っている。マリコの本名、佳子で呼び捨てしている。理解が追い付いていなかった。
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