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「遺体遺棄現場の座標? そんなの送った画像にデータが含まれているんじゃないの?」
ハヌルからの返信を見て、キミハルは頭を掻いて「うーん」と唸った。
「今回もまた割と面倒臭そうだなあ」
独り言にしては大きな声で言ったキミハルに、シルビオは眉を一瞬釣りあげた。
「今回も? また? なんだか前回が面倒臭かったって言っているように聞こえるが」
オーブンから焼きあがったグルーパーフィンガーズの香りを楽しみながらテーブルに運んできたシルビオが、不満げな表情でキミハルを見下ろしている。
「否定しないよ。どうして僕の周りにはこんな友人しか集まらないんだろうね」
言ってしまった後、ニヤリと笑うシルビオに気付いて、キミハルは嘆息した。
「Troubled minds think alike. 日本語ではなんていうんだっけ?」
「知っていてよく言うよ。類は友を呼ぶ、とか、似た者同士。それに、普通TroubledじゃなくてGreatって言わないかい?」
「ああ、『普通』はね。俺たちは『普通』の関係じゃないだろ?」
シルビオに言われて、キミハルはむせた。
「間違っても日本でその言い回しはしないでくれよ。誤解される」
キミハルの忠告にも表情の変わらないシルビオを見て、キミハルは彼が全て分かっている上でそう言ったのだと悟り、さらに深く嘆息した。その様子を見て、シルビオはようやく真顔になり、ハヌルが担当している事件に話題を変えた。
「最初はメッセージを見ただけで、キミハル得意の『なるほどね』の顔をしてたじゃないか。おっと、まだ熱いな」
シルビオはキミハルの向かいに座りながら、まだ熱の残るグルーパーフィンガーズを慎重に指でつまみ息を吹きかけている。「お前も食べろ」と視線でキミハルに伝えると、箸でつまんだキミハルに不満を溢した。
「なあ、これ。フィンガーズだぜ」
「ん? ああ、魚に指はないのに、変な名前の料理だね」
「本気か、キミハル。指で食うからフィンガーズ。ついでに言えば、油でべとつくのが嫌だから、フライヤーじゃなくてオーブンで仕上げたんだ。箸なんか使ってんじゃねえ」
「ま、知ってたけどね、そのくらい」
「ああん?」
普段のキミハルらしからぬ言動に、それがハヌルからのメッセージに関係しているとシルビオは直感した。
「何か気になることがあるんだな?」
その質問の答えを簡単に返すキミハルではないと理解しているシルビオは、質問を投げかけた後、口は食事を味わうものとして閉じ、香草の香りとパン粉の香ばしさを閉じ込め、ハタ科の白身らしく上品で癖のない柔らかなグルーパーの味を楽しんだ。
一方でキミハルは無表情でスマートフォンの画面を見て、たまに操作しながら、箸でグルーパーフィンガーズを次々に口へと運んでいる。
「簡単すぎるんだよな」
ようやく箸が止まったキミハルに、シルビオが日本産のデラウェア白ワインをグラスに注いで目の前に置いた。
「そろそろアルコールがいるだろう? 最近のお気に入りの白だ。初めて値段を聞いたときは驚いたね」
頭が凝り固まったらアルコールで中和する。自称「ただの酒屋」であるシルビオのやり方だが、キミハルもその手法には同調している。
「サミットで提供されたワインだね。デラウェアと言われてもすぐには信じられないくらいスッキリしている。僕も好きだよ、これ」
ひと口だけで銘柄を当てられたシルビオも、悔しそうな表情はしていない。
「最近の流行だからな。これも簡単すぎたか。それにしても、なぜ日本人はこんなワインをたった十ドルで売るんだか。もっと値段に誇りを上乗せした方が良い。謙虚さは美徳でも何でもないぞ」
「僕に言われてもね。でも確かに十ドルは安いね。円安だとはいえ。おっと、ようやく返信が来た」
その言葉を聞いて、シルビオが座席をカウチに座るキミハルの隣に移し、キミハルの肩に肘を置いて無遠慮にスマートフォンを覗いた。キミハルもシルビオにも見えやすいように画面の角度を斜めにする。
「座標か?」
「そうだよ。遺体が遺棄されている場所の座標を訊いたんだけど、面倒臭かったんだろうね。それか忙しいのか。ハヌルの現在地をそのまま送ってきた。遺棄場所から百メートルも離れていないから、問題ないけど」
「で?」
「推測通り。遺体の皮膚が焼かれていた原因、というか、そう見せかけた理由も関連性も予想通り、かな」
歯切れの悪い言い方にシルビオは片方の頬を膨らませている。
「やっぱり簡単すぎる、ってことか?」
「そうだね。わざわざ僕に訊くことなんてない。そう思う」
「よし、じゃあ俺にも分かるかもう一度メッセージを全部見せてくれ。さっきは遺体の画像だけしか見ていないからな」
シルビオはさらにキミハルに身体を寄せてスマートフォンを覗き込もうとしたが、キミハルはそんなシルビオから距離を取って、メッセージをシルビオに転送した。
「トリニダに嫉妬されるのはごめんだからね、あまりひっつかないでくれよ」
トリニダとはシルビオの恋人で、シルビオと共にこのヨットで生活しているが、バラライカ奏者のトリニダは現在ヨットから見えるビーチで公演中だ。静かに集中してメッセージに目を通していると、波音に混じってバラライカと現地の打楽器で奏でるサンテリアというキューバの歴史的宗教的背景のある音楽が聴こえてくる。
更に集中すると、その音楽もシルビオの耳に入らなくなり、数字と計算式、回転する地球儀が脳内を埋め尽くしていた。
「韓国人と日本人の平均的な体温は同じか?」
「まあ、大体同じだろうね」
「じゃあ、三十七度二分は微熱のうちに入ると思うか?」
その数字に難なく辿り着いたシルビオに、キミハルは頷いた。
「医学の専門家がどう表現するかは知らないけど、僕たちの感覚では微熱だね」
それを聞いて満足したシルビオは、言葉を続けた。
「その微熱があったという時刻が九時十分。腕時計が指している十時八分の五十八分前」
言いながらスマートフォン上の地図に座標を入力する。そして、そこに表示された場所を見て、急激にシルビオの体内の酵素がアルコールを分解したらしく、顔を青ざめさせた。
「こりゃ、ハヌルはヤバいんじゃねえか?」
心配するシルビオに、キミハルは「大丈夫」とハヌルの取り敢えずの無事を請け負った。
「さっき言っただろ、皮膚が焼かれている原因は見せかけだって。それにやっぱり簡単すぎる。シルビオでもすぐに辿り着いたんだから。その遺体のメッセージにね。それをハヌルはわざわざ僕に訊いてきた。どこかの誰かさんとやることが似てるよ。これはホントに Troubled minds think alike. ってヤツかもね」
キミハルはニヤリと笑ってシルビオを見た。つい最近シルビオはキミハルに対して本当の目的を隠したまま、その推理の力を借りたばかりだ。それと同様のことをハヌルがやっている。そうキミハルは言っているのだ。
「じゃあ、まさかハヌルがそのウズベク人を?」
「さあね。そこまではまだ分からない。でも、ハヌルの思惑には乗ってやろうじゃないか」
「は? わざわざ面倒ごとになると分かっていてか? それも相当な面倒さだ。FBIが動くとかそういうレベルじゃねえぞ、きっと」
「いいじゃないか。カリブの海に浮かびっぱなしじゃ身体がなまる。シルビオの副業も、もうすぐひと段落だろ?」
シルビオは本人が言う通り世界の酒を扱うのが祖父の代からの本業だが、カリブ海地域で顔が利くことからFBIにカリブ海地域、特にプエルトリコの細かい動きを政府レベル、民間レベル問わず報告することを副業としている。身の安全と引き換えに。
「はあ、ちっとはゆっくりできると思ったんだがな」
「別に無理に付き合わなくても良いんだよ」
キミハルはそう言いながらニヤついている。長年の付き合いでシルビオの心根を理解しているキミハルは、シルビオが「面倒」を好んでいると知っている。そして、ジンクスとして本心の逆を度々口にすることも。
「俺はキミハルと違って平和に暮らしたいんだよ」
シルビオはボトルに残ったワインを、グラスの縁ぎりぎりまで注いで一気にあおった。
微熱 西野ゆう @ukizm
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