解散後夜
押田桧凪
第1話
あの日。漫才中に初めて俺が相方に
[解散のお知らせ]という告知文さえも、ボケの前振りのように見えてきて、「いやもうしてんだわ、昨日」とツッコみたくなる衝動を必死で抑えながら、俺は画面をスクロールする。素知らぬ顔でうつむく。あることないこと派手に書かれたネット記事を漁っては、少しでも承認欲求を満たそうと、あるいは燻っている自分を奈落の底に落としてくれる──いっそのこと、ひと思いで芸人を辞める「理由」を俺に与えてくれる何かしらの文字を捉えようと、俺は目を走らせる。もう、騒がしかった日々は帰ってこない。
『不仲コンビ・ライキョウ、突然の解散〜ファンからは悔やむ声も〜』『【なぜ】結成わずか3年で……ライキョウ解散の理由5選!』
元ライキョウ、あるいはピン芸人という肩書きで、他人から紹介されることを想像する。覚悟は十分にできていた。
解散して十年。芸人を辞めて、七年。時が過ぎ、俺たちは強くひかれ合い反発し、それゆえに不仲だった関係は忘れられ、「解散したコンビ」という事実だけが残った。
すっかり人気者になったあいつの姿をテレビで見るたびに、俺はじっと画面を見つめ、ほんで数十秒後に目を逸らし、そしてまた見つめ、チャンネルを変える。その一連の動作に気づいた息子が「おとんがおかしなった。救急車呼んで!」と妻に報告する。「せんでええわ! あほ」と俺はキッチンの方を向いて叫ぶ。ちと、言い過ぎたか。
人生の新しい相方を見つけた俺はもうあいつのもとに戻る必要はない、と正式に縁を切ることができた気がしていた。そんな舞台の喧騒から離れた生活を送っていた俺は、結婚を知らせることも式に招待することもしなかった。
だから、俺があいつの訃報を聞いた時は、動揺よりも先にあの時、言えなかった言葉──即興でボケたセリフに対して「は?」と返すことしかできず、殴った。「なんでやねん」が口から出なかった──が、嘘のようにするすると頭の中で、何度も再生したテープレコーダーのように口から出た。電話口で嗚咽を漏らすように、なんでやねんと俺はうわ言のように繰り返した。
【バラエティー番組の再現ドラマ撮影中、大型機材の落下によって、事故死】
芸人らしい死に方やなあと思った。あいつなら。あいつなら、今にもひょっこり角から出てきて、「おお、すまんすまん。遅れてしもうた」「すまんで済まんわ!」「さむっ、誰から教わったダジャレやねん。寒いわあ」「ん? 俺のじいちゃん」「やっぱりそうかー」なんていう掛け合いをしそうな気すんねん。いや、解散してからずっと俺は空想の対話を続けていた。少なくとも、俺は。十四の時に、俺があいつに出会わなかったら、お笑いに誘うことも、自分からやろうと思うこともなかったやろうから。
あいつが、死んだらしい。面の揃わないルービックキューブみたいに、俺の心はぐちゃぐちゃになる。お前が自分から当たりに言ったんとちゃうか? 体を張って、求められた「笑い」を優先したんやろ?
あの日のやり取りを、俺は思い出す。
「じゃあ俺、悪人でも善人でもない奴やるから、お前警察やって」と相方が言った。
「えっ?」
「そうやなぁ。歩きスマホしてる人に警鐘鳴らすために、自転車で当たり屋するわ」
「いやアウトやろ! 完全に悪人やん。はい逮捕ー!」
あいつはこうも言っていた。
「血って冷めんねん。見たら引くやろ? 普通。やから、内出血が一番効率ええな」
内出血どころやないで。死んだら、もう何も、もちろんルービックキューブを揃えることもできへんのを知ってたか? お前の代わりは誰一人いないことを、お前は知ってたか? 俺は知っている。本当の相方はお前しかおらんかった。もう一生漫才ができないことを何度も後悔した。そういう夜を過ごしてきた。俺は、芸人を辞めた。
そうやって、勝手に自分から飛び火に突っ込んでいくところが嫌いだった。お前が台本にないセリフを言ったあの日が懐かしかった。お前が大嫌いだった。
あーあ、遺影でコンビ写真の左側がトリミングされてたらおもろいやろうなぁって思いながら、もしかしたら俺はずっと写真のまんまの立ち位置で、距離で相方と話していたかったんじゃないかと逆説的に脳が結論に至る。
「バカまじめに芸人らしい死に方してんとちゃうぞ。お前のことを思い出した俺の心も同時に死んだわボケ!」
来世は
解散後夜 押田桧凪 @proof
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