猫詩人対話篇

@kuryu19375

第1話

――某酒場――



勇者「やっちまった……」

魔女「ほう」

勇者「やっちまったぁぁぁぁ!!」

魔女「ええから、はよ告白せんかい」

戦士「そうだぞ勇者、反省するのはいいが、俺たちにもわかるように言ってくれないと」

勇者「ううっ……でも絶対お前らドン引くから……」

魔女「えーからっ! あんたまさか、『やっちまったやっちまった』連呼しつつドワーフ火酒原液かっくらってる知り合いにウチらがドン引きしてないとでも思ってんのかい!」

戦士(まさかのノンブレス)

僧女「あ、あのー、勇者さん、大丈夫ですから。神は悔い改める者すべてをお許しくださいます」

さ、安心して、懺悔なさってください」

勇者「うう……」


(かくかくしかじか)


魔女「(頭を抑えつつ) ……あー、つまり?」

戦士「近隣の村で女の子の失踪事件が相次いだ。いつものノリで首を突っ込んだお前は、女の子たちが魔王軍の残党に誘拐されているのを知った。いつものノリでアジトに乗り込んだお前は、いろいろ暴れた末に新種の魔獣を相手取ることになった。その魔獣は、生きた人間を取り込むことでその人間の能力を使えるようになる特徴を持っていて――消えた女の子たちは、全員が全員、魔法使いの素養を持ってて、魔獣はそいつら全員取り込んでいたと」

僧女(顔を覆っている)

戦士「で、お前は全員、魔獣ごと、いつものノリで吹っ飛ばした、と」

勇者「いや……いつものノリっつーか……その……」

魔女「勇者、ちゃんと言葉にして言わんと。ウチらはともかく僧侶が耐えきれんわ」

勇者「うん……その……全員生きてたのはわかってたんだよ。でも生きてたからこそ、っつーか……魔獣がスライム亜種みたいな感じで……捕らえた女の子たちの上半身、自分からにょきにょき生やしてきて……そいつら全員、口々に詠唱し出して……」

僧女「……勇者さん。あなたは正しい事をしたんですよ。魔物の力と成り果てて、この世に破壊と死をもたらすより、天に召された方が幸せだったでしょう」

勇者「いやさ、違うんだよ」

僧女「違う?」

勇者「俺、ぶっちゃけそいつらの魔法全部食らっても余裕で生きてる自信あった」

僧女「はい、ええと……え?」

勇者「多分スライム亜種だけ吹っ飛ばすのもやろうと思えばやれた」

僧女「…………え???」

勇者「でもさぁ……俺、耐えられなかったんだよ……。そいつらが詠唱と同時に『タスケテタスケテタスケテ』って念話飛ばしてくるの……」

僧女「え、え、え???」

勇者「でもってスライム亜種の表面を女の子の上半身がびっしり埋め尽くしてるの……そいつらが全員攻撃詠唱して、命乞いして、しかもスライムはぶるぶる小刻みに揺れまくって……」

戦士「蠕動ってヤツだな」

勇者「そう、それ」

僧女「あ、あの、話がよくわからないのですが」

魔女「あんな、僧侶。この勇者クンな、そーいう敵と対峙するにあたっては、致命的な弱点があんねん」

勇者「俺……冬眠中のテントウムシの大群とか、ホント駄目なんだよ……」

僧女「…………」




僧女「あの、つまり……魔獣と人質の融合体の見た目が、個人的に、生理的にアウトだったので、何もかも吹っ飛ばしてしまった、という……?」

勇者「やっちまったよぉぉぉぉぉぉ」

戦士「お前、飛翔呪文覚えたときもすげー苦労してたもんな。地上の人込みに無差別爆撃呪文打ち込みたくなるって」

勇者(こくこく)

魔女「ったく残党も学習せぇへんのか! この勇者クンが世のため人のために魔王軍吹っ飛ばしてたと本気で思ってたんか!」

勇者「いや一応は世のため人のためだよっ! 俺、今回だって最初は本気で女の子たち助けるつもりで……! でも……アレ見たらもうとにかく気持ち悪くて……おまけに女の子たちの声がステレオでガンガン入ってくるし……」


(からんころん)


猫詩人「うーす。……って何でいきなりお通夜モードやってんだ」

魔女「全部魔王軍のせいや」

猫詩人「壊滅した奴らに罪を被せんなっての」

戦士「いや猫、今回は濡れ衣でもないんだ」

猫詩人「あん?」


(かくかくしかじか)


猫詩人「はー、なるほどなぁ……。村の連中への報告は?」

勇者「した。泣かれた。追い出された」

戦士「お前バカ正直もいい加減にしろよ。嘘でも『魔獣に取り込まれていて、もう倒すしかなかったんです』くらい言えよ」

勇者「そんなん出来るかよっ! 俺は、清く正しい勇者様を目指してるのっ!」

猫詩人「魔王倒した『勇者』がまだ何か求めるってのか」

勇者「魔王倒しただけで勇者様の人生が終わるわけないだろーがっ!! 人生は!! 続く!! 終わりのその時までっ!!」

猫詩人「で、終わりの時までお前は清く正しくいたいと」

勇者「そのとーりっ!!」

戦士「……いや、薄々そうだとは思ってたが」

魔女「ホンマすげーわ。今時このピュアピュアっぷり」

僧女「いえ、それでこそ勇者さんです。私の見込んだ殿方」

猫詩人「ふーむ……しかしこれはひとつの例として取り上げられるかもしれないな」

勇者「あん?」

戦士「なんだ猫、吟遊詩人のインスピレーションでも来たか」

猫詩人「詩人としてっつーか、人間研究者として、かな。――『魔物が人間を人質にする』パターンはよくあるだろ? 今回のケースはその派生形と言える……いや……複合形かな。人質、洗脳、無力化を組み合わせたのが、今回の『人間を半端に取り込む魔獣』と言えるんだ」

魔女(……なんや話がずれこんできたな)

猫詩人「単純に人質か、無力化されていたのなら、勇者は単純に助けていた。洗脳されていたのでも、勇者なら助けていただろう」

勇者「うん。そうなんだ」

猫詩人「ところで勇者。人質になってるのを助けるのは、なんでだ?」

勇者「え? ……え、理由? そんなもん当然のことだろ?」

猫詩人「ふむ。それじゃあ無力化された捕虜を助けるのは?」

勇者「え、それも当然だから……」

猫詩人「洗脳されたのを助けるのは」

勇者「だって操られてるだけなんだから、正気に戻すのが第一じゃないか」

猫詩人「なんでだ?」

勇者「えっ……なんでって……当然、っていうか……なんでだろ? 可哀想だから? 違うな、なんて言うか……そいつらが犠牲になってるから……弱い奴は俺が守らないと……」

猫詩人「そこだなぁ。だからお前は今回みたいな時はまとめて吹っ飛ばしちまうんだ」

勇者「えっ!?」

戦士「どういうこっちゃ。俺も意味がわからないぞ」

僧女「私も……」

魔女「…………」

猫詩人「たとえばの話だ。仲の良い女の子が一人、誘拐されて、やっと探し当てたと思ったら女の子は魔獣と融合させられていた。お前はどうする?」

勇者「助けるよ! そりゃそうだろ!」

猫詩人「よし、次だ。何のかかわりもない国の連中がごっそり消えた。旅している最中、見知らぬ人間が何百人も融合している魔獣に出会った。お前はどうする?」

勇者「う……」

戦士「大昔の伝説に言うレギオンみたいなもんか?」

猫詩人「あるいは怪談でよくある赤ん坊の顔の融合体とか」

僧女「ひっ!?」

魔女「気色悪い話やめーや! 本題! はよ!」

猫詩人「おっとすまん。それじゃ最後の質問だ、勇者。――俺たちやお前の家族や、この村の連中がごっそり消えたとする。お前は俺たちを探すが、見つけたのは俺たち全員をその身に取り込んだ魔獣。お前はどうする?」

勇者「…………。……た、助ける」

猫詩人「気持ち悪くないか?」

勇者「いや、でも、気持ち悪くても、お前らだってわかるし……」

僧女「勇者さん……」




猫詩人「つまり。――お前にとって身内か、赤の他人かで、お前の反応は変わってるわけだな。同じく生理的嫌悪感を刺激する相手でも、身内が関わってるか、赤の他人かで、お前の耐久力は変わってる」

勇者「…………」

猫詩人「言っとくがお前を責めてるわけじゃないぞ。『そういうもんだ』ってだけだ」

魔女「猫、回りくどいのもいい加減にせーや。はよ本題入らんかい」

猫詩人「まあまあ。俺も話しながら考えをまとめてるもんでな。……人質を取られた話ってのは、各地の伝説を見てると色々あるんだが……俺が興味を惹かれるのは、『人質を取られた』ことに対する反応に、シチュエーションごとにブレがあることだ」

戦士「というと」

猫詩人「因縁のある一人が人質になると、ヒーローはどんなピンチになっても助けようとするし、その話を聞いてる聴衆も『助けよう!』ってなる。これがな、その他大勢が人質になると、ヒーローはどんなピンチでも助けようとするんだが、聴衆には『もう人質吹っ飛ばそうぜ』って奴も出てくるんだ」

僧女「まあっ!」

猫詩人「聴衆にとっては何のかかわりもないその他大勢より、ヒーローの方が身近なんだろうな。……ちなみに、今の女僧侶のように『なんて酷いことを言うんだ』って言って、聴衆同士で言い争いが起こったりもするんだが……その反対意見を出した聴衆も、その他大勢の人質に感情移入してるっつーより、自分がその他大勢に含まれる、と思っている節がある」

僧女「!?」

戦士「あー」

猫詩人「それか、勇者のように『人を助けるのはヒーローとして当然のことだ』とか、『社会規範として人を助けないなんて最悪だ』って思うかだな」

魔女「んー、その他大勢本人……って言うとなんかヘンやが、まあ本人のことを考えてるわけやないってことやな」

猫詩人「そう。あくまで自分に引き合わせての反発か、社会規範として許されるわけがないという反発か、なんだ」

僧女「そんな! 私は本当に、被害に遭った人たちのことを思って!」

猫詩人「あー、僧侶みたいな例もあったわ、確かに」

僧女「でしょう!」

猫詩人「シチュエーションの残酷さ自体に耐えられない聴衆。いたわ、確かに」

僧女「え……?」

戦士「想像力、または共感性の高過ぎる奴ってことだな。……うーん、ある意味、勇者が生理的嫌悪感で魔獣吹っ飛ばすのと似てる……かもしれない?」

猫詩人「かもしれない。ああなったヤツらはマジで説得通じないからな……俺はただ語ってるだけだってのに……くそ、思い出したら腹立ってきた」

僧女「…………」

猫詩人「なんにせよ、その他大勢の人質そのものに感情移入してるわけじゃないっぽいんだな、これが。シチュエーション、自分との同一視、社会規範――そーいう、いわば人質の外側にあるものに反応して、聴衆は騒いでる。――これが面白い事に、人質の数が増えれば増えるほど、聴衆が感じる『人質当人との精神的距離』は遠くなるらしい。しまいにゃモノ扱いする聴衆まで出てくるほどだ」

戦士「スケールが大きくなり過ぎるんだ。心がついていかなくなるんだろう」

猫詩人「おお、なるほど」

僧女「…………」

猫詩人「繰り返すが、俺は勇者を責めてるわけじゃない。『そういう現象もあるんだよなぁ』って思い出話をしてるだけだ」

勇者「ああ。わかってるよ。でも……俺があの子たちのこと、そんなに考えてなかったのは確かなんだよなーってさ……」

一同 「…………」




魔女「つってもなぁ。一人一人に同情してたら、勇者もやってられへんと思うで?」

勇者「そこを俺はなんとかしたい」

戦士「すげぇ。勇者の鑑だ」

僧女「さすがです……」

勇者「だから俺は落ち込んでるんだよぉぉぉぉ」

猫詩人「どうどう。ほれ、水」

勇者(ごくごくごく)

戦士「……あのな、勇者。今度からは俺らを誘え。お前キャパ小さいんだから」

魔女「せやで。あんたはよう頑張っとるが、それでもどーしても手ェ届かんトコロは出るんや」

僧女「そうですよ。人を頼るのは恥ずかしいコトなんかじゃないです」

勇者「ううっ…… みんなのやさしさが胸に痛い……」

猫詩人「そういや勇者、喜べ。最新のネタだ。南の島に世界樹が生えてて、その葉っぱをすり潰して飲ませると死人も生き返るって噂があるぞ」

勇者「マジかっ!?」

猫詩人「真偽は知らん」

勇者「伝説はあるんだな!?」

猫詩人「噂がな」

勇者「よし! 早速で悪いが、お前ら――」

魔女「戦士。出番や」

戦士「おう」


(がばっ)


勇者「なっ!? は、離せ! どこに連れてく気だっ!」

戦士「悪いがお前自身のためだ。諦めて寝ろ」

勇者「時間がねーんだよっ! あの子たちの魂がまだ漂ってるうちになんとか……!」

魔女「ドアホウ!! あやしい話に飛びつくなとあれほど言ったやないか!」

戦士「とりあえず勇者、今日は寝ろ。今のお前はまったく冷静じゃないし落ち込んでるし酔っぱらってる。重要な決断をしちゃならん3コンボが成立してる」

勇者「うおおおおっ、離せーっ!!」

戦士「力じゃ俺もお前に負けねーんでな。おら、寝た寝たっ!」


(ばったんばったん……)


僧女「……それで猫さん、本当なんですか? 世界樹の話」

猫詩人「俺は話を聞いただけだからなぁ。ま、俺としては本当に世界樹があって、本当に死者蘇生の効能があると面白いんだが」

僧女「……まあ……女の子たちが生き返るのなら、ハッピーエンドになりますよね」

猫詩人「同化してる魔獣も蘇生するけどな」

僧女「あ」

猫詩人「いやー勇者のリアクション想像するだけでゴハン三倍いけるわ。はっはっは」

魔女「相変わらず人の心のない」

猫詩人「だって俺、猫だし」



おわり

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