最終話

 息を切らし、クリスタルパール城に着くと、あっけないほど簡単に王子の部屋へ入ることができた。執事のモレラが私の顔を見ると、あっさりと王子の部屋まで案内してくれたのだ。


「どうぞ、王子の最期を見守ってあげてください」


 私は、ベッドの横へ駆け寄った。


「ローレンス王子!」


 王子はぐったりと横たわっている。もう何かを話す力も残っていない様子だった。王子の身体からは、瘴気が溢れ出ている。マチルダの話は本当で、間違いなく魔界の呪いにかかってしまっていた。


 私はとっさにこう言った。

「聖女様にお願いしましょう。聖女様なら呪いを解くことができるはずです」


 しかしモレラは目をつぶり首を横に振った。

「いくら聖女様といえども、魔界の呪いを解くことなどできません」


「私は解いてもらいました。聖女様ならできるはずです」


 モレラは黙り込んでしまった。そして、静かにこう言った。

「一年前、私たちが行ったアルドレア神殿には、実はローレンス王子もおられたのです」


「ローレンス王子が?」


「このことは、決して話してはならないと、きつく口止めされていたのですが……」

 そう前置きしたモレラは衝撃の事実を伝えてきた。

「あの日、聖女様はあなたの呪いを解いたのではないのです。あなたが眠っている間に、聖女様は呪いをあなたからローレンス王子に移動させたのです」


「ど、どうしてそんなことを」


「王子の強い希望でした」


「……」


「セレーナさんと婚約して一ヶ月が経ったころ、王子は目を真っ赤にして、『僕のせいでセレーナの人生を狂わせてしまった。全部僕のせいだ』と言われていました」


「……そんな、王子の責任ではありません」


 その時だった。

 ローレンス王子がうめき声をあげはじめた。


 こんなときは、私なんかではなく、王子の最愛の人が近くにいてあげなければ……。


「王子の恋人はなぜ付き添っていないのですか? 水色の髪をした女性はどこにいるのですか?」


「王子にそんな恋人など、はじめからいません」


「……」


 ローレンス王子は焦点のあっていない朦朧とした目で、つぶやき始めた。もう意識があるかないかわからない状態で、こんなことを言ったのだ。


「……のせいだ。……ゆるしてくれ」


 周りの誰もが、王子の言葉に黙り込んだ。


 私は、とっさに王子の手を握りしめた。


「あなたのせいじゃない! あなたが悪いんじゃない!」


 王子は何も答えない。


 あの日のことを思い出した。

 プレゼントをくれた日のことを。


 私はポケットに入れていたエメラルドのネックレスを首に巻いた。


『愛の成就という意味さ』


 あの時の王子の言葉がよみがえってきた。


「あなたは、私を絶対に幸せにしてみせると言ったのよ! 私を離さないと約束したのよ! 私はこんなやり方で幸せになりたかったんじゃない!」


 そう叫んだ私は、両手に魔力を込めた。手が白く輝き始める。


「何をなさる気ですか?」

 モレラが慌てて声をかけてきた。


「集中したいので、さがっていて!」


「まさか、呪いを移す気では? 王子はこんな状態です。もう助かりません。そして、そんなことをすれば、王子もあなたも……。私は王子に、あなたを守るように命じられているのです」


 私はもう一度言った。

「さがっていて!」


 魔法をかける前に、部屋の天井を見上げた。天井の向こうに青い空が広がっている。


 そして私は両手を王子の胸につけ、渾身の解呪魔法をかけ始めた。

 王子の身体から呪いが解けていくのがわかった。

 代わりに、その呪いが私の身体に入り込んできた。

 あの時と同じだった。

 七歳のあの時と……。


 どんどんと私に呪いが流れ込んできた、その時だった。


 急に首に巻いていたエメラルドが輝き始めたのだ。


「え? なに?」


 その輝きとともに、私に溜め込まれている呪いが消えはじめた。

 そして、完全に私の身体から呪いが消え去った瞬間、エメラルドは粉々に割れてしまったのだった。


  ※ ※ ※


 クリスタルパール城での出来事があって一週間が経った。


 私は、王都を去り、田舎に移り住む決心をした。何もかも忘れて、再スタートしようと思ったのだ。


 引っ越しの当日、私は母のお墓に寄った。

 何かあったときは、いつもこうしてお母さんに報告している。

 花を添え、目をつぶって、今まであった王子とのことをお母さんに話した。


 すると、背後に人の気配を感じた。


「待っていたよセレーナ。きっと君がここに現れると思っていたよ」


 聞き覚えのある声だった。


「どうしてもセレーナにお礼が言いたかったんだ」


 振り向き、黙っている私に、ローレンス王子は言葉を続けた。


「それと、どうしてもセレーナにもらってほしい物があるんだ」


 何かを取り出した王子は、それを私の前に差し出した。


「これは……」


 王子の手のひらにあった物は、緑色に輝くエメラルドのネックレスだった。


「以前にプレゼントしたものが割れてしまったので、新しいものを持ってきたんだ」


「そんな貴重なもの、受け取れません」


 ただでさえ高価なエメラルドだが、魔族の呪いを解く物質だと判明したため、その価格がさらに高騰しているのだ。


「この石は、僕の代わりに君を守ってくれた。これからも君を守ってくれるはずだ。ずっと持っていてほしい」


 ローレンス王子の「僕の代わりに」という言葉が引っかかった。


 ということは、この石を受け取れば、王子は私から去るつもりでいるのね。


 王子は私に近づき、あの時と同じように、私の首にネックレスを付けた。


 王子の腕があの時のように私に巻き付いてきた。


 二人の身体が密着した。


 王子の心臓の鼓動が、私の身体に伝わってきた。


「僕は、これまで君に助けられてばかりいた。これからは僕が君を助けたい。何があっても君を守りたい」


 男性に抱きしめられている私は、全身から力が抜けてしまい、ただただ王子に支えられているばかりだった。


「僕は、この場で誓う。君のお母さんの前で誓う。僕が愛する女性は、生涯君一人だ」


 風が私の頬を撫でてきた。


「僕と結婚してほしい」


「……」


 洒落た言葉で返したかった。

 けれど私は、小さく頷くことしかできずにいた。


 ローレンス王子の顔が接近してくる。

 私も王子に顔を向けた。

 そして、王子の唇が私の唇に触れた。


 どんよりと曇っていた空が、急に明るくなった。

 雲の間から、太陽が姿を見せ、抱き合う二人を照らし始めた。


 間違いなかった。

 お母さんが祝福してくれていた。



(完)

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水をぶっかけられた大聖女候補は、呪われた王子の探し人でした 銀野きりん @shimoyamada

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