第四話
モレラはすぐに私を聖女様のもとに連れて行く手配をした。
一昼夜馬車に揺られると、あっという間に私たち二人は、聖女様のいるアルドレア神殿へと到着した。
神殿の崇高な建造物を前にすると、私も聖女候補で、大聖女にまでなれると言われていた昔の自分がなつかしく思えてきた。
私のなれなかった本物の聖女様とは、どんな人物なのだろうか。
そんなことを考えていると、神殿広間に一人の女性が姿を見せた。私よりもずっと大人びた美しい女性だった。髪の色もきらびやかな黄金色をしている。
「あなたがセレーナさんね。ローレンス王子から話はよく聞いています」
正直、あんな別れ方をした王子の名前など聞きたくなかったが、気を取り直して女性にたずねた。
「はい、セレーナと申します。聖女様ですか?」
「ええ、聖女アルテミスです。セレーナさん、さっそくですがあなたのお身体を鑑定させてもらいますね」
そういうと聖女アルテミスは、目をつぶり手のひらを私に向けた。
しばらくして目を開けたアルテミスはこう言った。
「間違いないわ。あなたの身体には魔族の呪いが封じ込められている。呪いを封じ込めるなんて、かなりの魔力量と運がなければできないことよ。けれど、そこに魔力を使ってしまっているおかげで、あなたの魔法は使えなくなってしまっているのね」
なんとなく自分でわかっていたことだが、アルテミスの言葉を聞くと改めて今の状態を理解することができた。
「けれど、いつまでも魔力で封じ込めておくなんてできない芸当よ。このままでは、いつかあなたも呪いに負ける日がくるわ。だから今のうちに呪いを解くことは、あなたの命を守るためにも重要なことよ」
そう話すアルテミスに、私は率直な疑問をぶつけてみた。
「魔族の呪いは、転移することができても、治すことなどできないと聞いています。聖女様ほどのお方なら、私の呪いを抜き取ることができるかもしれませんが、その結果、聖女様に私の呪いが転移してしまうのではないでしょうか?」
「大丈夫よ、聖女の力を信じてちょうだい」
アルテミスはそう言うと、こんなことを付け加えた。
「回復魔法をかける前に、一つだけ覚えておいてほしいことがあるの」
「なんですか?」
「今日のことは、ローレンス王子が私にかなり無理を言って実現したことなの。それだけは忘れずにいてほしいの」
「はい」
王家の信用と威信を保つため。
そんな言葉が出かけたが、寸前のところで止めた。
「それでは、今からセレーナさんに、解呪魔法を行います。とても集中を要する魔法なので、あなたにはその間、眠ってもらいます。よろしいですね」
「はい」
広間奥の部屋で、私は白いベッドに横たわった。
「まずは睡眠魔法をかけます」
そんなアルテミスの言葉を聞いた途端に、私の意識は遠のいていった。
どのくらい眠ったのだろうか。目が覚めた時、一瞬ここがどこだかわからなくなっていた。
横を向くと、執事のモレラが椅子に腰掛けていた。
ああ、私は聖女様に解呪魔法をかけてもらったのだ。
ぼんやりした頭がはっきりとしてくる。眠ったからだろうか、やけにすっきりした気分になっている。
私の呪いは無事に解けたのだろうか。
そう思いながら、ベッドから上半身を起こした。
両手のひらを開き、そこに魔力を込めてみた。
懐かしい感触がよみがえってきた。
両手がぼうっと白く輝き始めた。
魔力が戻っている……。
「目が覚めたのね」
声をかけてきたのは、聖女アルテミスだった。
「聖女様、私は?」
「ええ、無事に呪いは解けたわよ」
「ありがとうございます!」
「おめでとう。これからも自分を大切にして、どうか幸福な人生を歩んでくださいね」
高度な魔法を使ったからだろうか。聖女アルテミスの顔は、疲れ切っているように見えた。
※ ※ ※
魔力が戻ると、いろいろなことが変わってきた。
まず、周囲にいる魔法使いたちの私を見る目が激変した。
今までは、能無しと思われていたのだが、私の魔法を見るやいなや、私に敬意を払うようになった。ブランクはあったが、大聖女候補とまで言われた私の魔法はさびついていなかった。
従姉妹のイザベルは、もう一緒には住んでいなかったのだが、それでも私の姿を見ると逃げるように距離を置き始めた。
そして、執事のモレラは、なぜか私に対してとても親切でいた。おそらく、ローレンス王子に一ヶ月で婚約破棄を言い渡された私を不憫に思ってくれているのだろう。
父親くらいの年齢のモレラは、魔力が回復した私の就職先まで面倒を見てくれた。彼が紹介してくれた先は王立魔法研究所で、魔法使いのエリートでも簡単には就職できない好条件の職場だった。魔法研究所には寮もあり、私は住むところの心配もせずにすんだ。
何もかもが順調で、今の私の悩みと言えば、ローレンス王子からもらったエメラルドのネックレスの処分方法が思いつかないことくらいだった。
ネックレスを売ろうと思って質屋に持っていったのだが、店主より「あまりに高級すぎて、うちでは扱えない」と言われてしまった。そんなことを言われると、捨てるに捨てられなくなってしまい、何かの機会にクリスタルパール城へ行くことがあれば、その時に返却すればいいと思うようになった。なのでネックレスは、寮の引き出しの奥にしまっている状態だった。
そして一年が経過した。
私の部屋に同じ研究員のマチルダがやってきた。マチルダは公爵家の令嬢で珍しいお菓子を手に入れては私に届けてくれるのだ。
「何これ、見たことがない」
「アイスクリームという異国の食べ物よ。溶けないうちに食べちゃいましょう」
冷えたアイスクリームをスプーンですくいながら、私とマチルダは今世間で話題になっている話を始めた。
「本当にあるのかな?」
私は半信半疑だった。
「でも、あったらすごいことよね。魔界の呪いを解いてしまう物質がこの世に存在するなんて」
最近発見された古代文書に魔界の呪いを解く方法があるとの記載があったのだ。それで世間は大騒ぎになっている。けれど、その物質が何なのかは、まだ特定されていない。
「魔界の呪いは、移動させることはできても消すことはできないもの。今まで数え切れない人が呪いにかかって亡くなってしまったもの。是非、その物質が特定されてほしいわ」
マチルダは興奮気味にそう話した。
その通りだった。確かにそんな物質が見つかれば、どれだけの人が救われるか。
しかし、そんな夢のような物質が見つからなくても、魔界の呪いを解くことができるのでは。私はそんな疑問を常に持っていた。
確かに呪いは、移動することはできても消すことはできないと言われている。
けれど私は、聖女様に呪いを解いてもらっているのだ。
聖女様ほどの魔力があれば、呪いを解くことができるということだ。でも、そういった話はあまり聞かない。どうして聖女様は、呪いを解く方法を公表しないのだろうか。なんとなく不思議な感じがした。
「そういえば」
マチルダは突然話題を変えてきた。
「ローレンス王子のこと、知っている?」
正直、あまり触れたくない話題だった。
「さあ、どこかのご令嬢と仲睦まじく暮らしていると聞いているけど」
「それが、違うらしいの。父から聞いたのだけど、極秘事項だから、絶対に言わないと約束してくれるなら教えるけど」
そんな言い方をされたら聞きたくなるに決まっている。
「絶対に言わない」
マチルダの表情が曇り、想像もしていなかったことを話し始めた。
「ローレンス王子、もう長くないらしいわよ」
「え?」
「魔界の呪いにかかっていたんだって」
「それは昔の話でしょ」
「違うの、今よ。ちょうど一年前、呪いにかかってしまったらしいの」
アイスクリームを食べていた私の手が止まった。
「今日か明日にも、という話よ」
どうして……。
「ねえ、マチルダ、急用を思い出したの。とても大切な用事なので、悪いけど今から出かけてくる」
急な私の言葉にマチルダは不思議そうな顔をしていた。
そんな中、私は急いで出かける準備を始める。
そして部屋を出ようとした時、なぜかこんなことを思い出した。
もう返すことができなくなってしまう。
私は引き出しの奥から、エメラルドのネックレスを取り出し、ポケットにねじ込んだ。
そして、クリスタルパール城に向かって走り出したのだった。
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