第三話
パーティーが終わると、その日から私の住む場所が変わった。叔母家族との関係がうまくいっていないと知った王子は、私を王宮に迎えると、豪華な部屋を用意してくれたのだ。
ローレンス王子の私に対する気持ちはすぐにわかった。王子の体全体から、私のことを好いてくれているオーラがあふれ出ていたのだ。
どこか冷めている私は、王子の態度にこんなことを思ったものだ。
男性とは、わかりやすい生き物だ。
「セレーナさんは、僕のことがあまり好きではないのかな」
二人で宮殿の庭を散歩しているとき、ローレンス王子は突然そんなことを言い出した。
「いえ、決してそんな……」
「本当のことを言ってくれて構わないよ」
「私はこんな髪色ですし、容姿だって並だと思っております。宮殿には美しい女性がいっぱいいますので、王子にはそういった女性がお似合いだと思いますが」
「僕にとっては、セレーナさんが一番なんだけれど」
「それは、私が王子の命を救ったからです。王子は私を愛しているのではなく、恩に感じているだけだと思います」
「そうだろうか」
「それに私は、男の人を信用することができない過去があるのです」
「どういうこと?」
私は父のことを話した。私と母を捨てて、若くて美しい女のもとに行った父のことを。
「僕は、この場で誓うよ。他の女性にうつつを抜かして、セレーナを悲しませるようなことは絶対にしない」
ローレンス王子のそんな真っ直ぐな言葉を聞いていると、自分の中で凝り固まっていた男性に対する考え方が、少しずつ変わっていくような気もしてきた。
そんな日々が繰り返されると、私とローレンス王子との距離が日に日に近くなってくるのだが、それでも私は王子に対してこれだけは秘密にしておかなければと思っていることが二つあった。
一つは私が魔法を使えなくなった理由だ。
王子を助けたことと引き換えに魔族の呪いが私に移り、魔法が使えなくなったとは言えなかった。
二つ目は母親が亡くなった原因。
母が魔族の呪いにかかり、この世を去ったとも言えない。
この二つを重ね合わせると、王子を助けなければ母の命が救えたという事実が知られてしまうからだ。
ある日、部屋で二人っきりになった時、ローレンス王子はこんなことを言い出した。
「セレーナが魔法を使えなくなった原因を調べようと思うんだ」
「そんなことしなくても……」
「いや、魔族の呪いを解く魔法使いなんて、国中を探してもそうは見つからない。そんなすごい力を持っていたセレーナが突然魔法が使えなくなるなんて、不思議でしかたがない。今度、聖女と会う機会があるので、詳しい話を聞いてみようと思う」
「私は、別にこのままで構わないのですが……」
それと王子はこんなことを聞くようにもなった。
「セレーナのお母さんは、どうして亡くなってしまったの?」
「病気です」
「どんな?」
「風邪をこじらせたのです。もともと身体が弱くて……」
そう言ってから、話を逸らすためこんなことを付け加えた。
「私、何かあったらお母さんのお墓に行くんです。お母さんのお墓に行くと心がすっと軽くなるのです。お母さんは、空から私を見守ってくれていて、天気を変えることで言葉をかけてくれることがあるんです」
「天気を変えて言葉を?」
「はい。お墓参りをしていると、急に空が明るくなるときがあるんです。きっとお母さんが私を見て喜びながら話しかけてくれているんだと思うのです」
「そうなんだ」
ローレンス王子は、そんな私のつまらない話を、いつも温かく聞いてくれた。王子の優しい態度に接していると、いつしか私の心も溶けていき、彼のことが気になり始めている自分を感じていた。
そんな私の気持ちを知ってか知らずか、ローレンス王子は私の顔をじっと見つめ、そっと小さな箱を差し出してきた。
「セレーナ、これを受け取ってほしい」
私は箱を受け取り、開けてみた。
「これは?」
箱の中にはネックレスが入っていた。ネックレスには、澄んだ緑色をした大きな宝石が付いていた。
「エメラルドの宝石言葉、知っている?」
「いえ」
「愛の成就という意味さ。浮気をしない効果もあるそうだ」
「……」
「僕は絶対に君を幸せにしてみせる。だから、僕と結婚してくれないか」
驚いたが、うれしい言葉だった。
「僕は君を離さないよ」
そう言うと王子は私の背中に手を回してきた。そっと抱き寄せられる。王子の整った顔が私に近づいてきた。
「結婚してくれるかい?」
王子はもう一度聞いてきた。
「……はい」
気づけば私はそう返事をしていた。
王子は顔がますます接近し、ついには息が当たるくらいの距離になる。
そして、王子の唇が、私の唇に触れてきた。
※ ※ ※
しかしその後、どことなく感じていた私の悪い予感が当たってしまった。
結婚しようと言ってきたローレンス王子だが、一ヶ月もするとその態度が急変してしまったのだ。明らかに私を避けているし、たまに話す口調も冷たくなっていた。
絶対になにかあったとしか思えなかった。
父の顔が頭に浮かんできた。
「セレーナ、君に話がある」
応接室に呼び出された私は、突然王子からそう言われた。
王子の隣には、執事のモレラが立っていた。
ローレンス王子は事務的な口調でこう言った。
「セレーナ、悪いが君との婚約は解消させてもらう」
「どうしてでしょうか」
最近の王子のあまりの変貌ぶりに、原因を知りたくなった私は率直に聞いてみた。
「君のことが好きではなくなったんだ」
「なにか私に原因が?」
「いや、そうではない。単に僕の心変わりだよ」
「心変わり?」
やっぱりと思った。男という生き物はやっぱりそうなのだ。
「私以外に誰か好きな人ができたのですね?」
「うん、言いにくいがその通りだ」
「誰ですか?」
正直、腹が立っていた私は何でも聞けた。
「うん、名前は言えないが、君より位の高い女性だ」
「……」
「あと、髪は光沢のある水色で、とても美しい人だ」
頭の中がくらくらしてきた。
「だから、君も僕のことはあきらめてほしい」
「あきらめるもなにも、こちらから願い下げです」
「うん、そう言ってくれてほっとしたよ」
満足そうな顔をしたローレンス王子は、横に立つモレラに声をかけた。
「今のセレーナの言葉を、ちゃんと記録しておいてくれよ。これで正式に婚約は破棄できたわけだから」
私が馬鹿だったのだ。王子なんて、何の苦労もなく、好き勝手に生きてきた人間なのだ。人の気持ちなんてこれっぽっちも分からなくても、悠々と生きることができるご身分なのだ。
こんな男を助けたために、私は魔力を失い、母を助けることができなかったなんて。そう考えると悔しくてしかたがなかった。
「けれどセレーナ、僕には君に命を助けてもらった恩がある。愛はなくなってしまったけれど、だからといって恩人である君を無下にすることはできない」
「そんなこと、考えていただかなくても結構です」
「いや、これは王家の威信にも関わる話だ。命の恩人である君を無下にしたら、民衆からの僕の信用はガタ落ちだからね。だから君にはこれからすぐに、聖女の治療を受けてもらう」
「すぐに……、聖女の治療?」
「そうだ。聖女に頼んで君の魔力を回復してもらうことにした」
「そんなことできるのですか?」
「うん、僕は君のためにちゃんと調べたよ。聖女なら君の魔力を回復できるらしい」
本当だろうか。
母が亡くなって以来、私は自分に魔力がなくなってしまったことを何度恨んだことだろうか。
その魔力が回復するという。
すぐには信じられないことだが、この国最高の魔法使いである聖女様なら、もしかしたら可能なのかもしれない気がしてきた。
「あとはここにいるモレラが、君を聖女のところに案内する。そして僕とは、この場でもうお別れだ」
ローレンス王子はそう言うと、私に手を差し出してきた。
さようならの握手でもしろというのか。
私は、差し出された手を無視して言った。
「このエメラルドのネックレスをお返ししたいのですが」
「いや、それは君にあげたものだ。売るなり捨てるなり、君の好きにするがいい」
「わかりました。そうさせていただきます」
私はこの場でネックレスを引きちぎって投げつけたい衝動を抑えながら、なんとかそう答えたのだった。
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