第二話

 クリスタルパール城のパーティー会場には、着飾ったドレス姿の女性たちであふれかえっていた。集められた者は皆、私と同じ十八歳くらいの女性だった。


 その中でイザベルも、今日のために特別に仕立てたドレスを着てローレンス王子の登場を待ち構えていた。一方私は、流行遅れのイザベルが着古したドレスを身に着けていた。


 やがてローレンス王子が登場すると、会場は一気に色めき立った。

 女性たちの熱い視線を集める中で、ローレンス王子は早々に挨拶を済ませると、こんなことを話し始めた。


「さっそくですが、皆さんの中でルージヤ村に行ったことのある方はおられませんか? おられましたらこちらへ集まってください」


 ルージヤ村は、私とイザベルが住んでいる所だった。当然、私たちも王子の指定した場所に移動した。他にも十名ほどの女性が集まった。


 王子は集まった女性たちの顔をじっと見つめていた。


「では、そのルージヤ村の吊り橋で、七歳くらいの男の子を助けたことがある人はいませんか?」


 えっと思った。


「おられましたら、私の前まで出てきてくれませんか?」


 誰も王子の前に進み出る女性はいなかった。私は間違いなく王子の言葉に該当する人物なのだが、あまりに突然のことで、体が動かなかった。


「そうですか」


 ローレンス王子は残念そうな顔をした。


「それでは皆さん、これからは宮廷料理人の用意したご馳走をどうか存分に楽しんでいってください。私はこれにて失礼させていただきます」


 王子が背を向け、立ち去ろうとした時だった。


「待ってくださいローレンス王子」


 そう声を上げる女性がいた。


「私は村の吊り橋で、魔界の呪いにかかっていた男の子を助けたことがあります」


 そう声を上げたのはイザベルだった。


 何を言っているのだろうか。


 もちろんあの時、男の子を助けたのは私で、彼女ではない。むしろイザベルは、男の子を見殺しにしようとしていたのに。


 イザベルの言葉を聞いたローレンス王子は退場しかけていた足を止め、すぐさま振り返った。明らかに動揺した顔つきをしていた。


「魔界の呪いにかかっていた男の子を助けたのですね? その時のことをもっと詳しく聞かせてください」


 それからのイザベルの話には驚くしかなかった。私が男の子に行った回復術を、すべて自分がしたことに置き換えて話し始めたのだ。


「君の話はすべて合っている」


 ローレンス王子はイザベルに近づきこう言った。


「あの時、僕を助けてくれたのは、イザベルさんだったんだね」


「そんな、ローレンス王子だったのですか。私が助けた男の子は」


 イザベルも、臆面もなくそんなことを言っている。


「僕はね、ずっと君のことを探していたんだ。さあ、もっと君のことが知りたい。これから二人で話しをしたいんだが、構わないだろうか?」


「もちろん、構いません」


 王子はうれしそうにうなずき、イザベルの顔をもう一度見ると、なぜか小首を傾げ始めた。


「けれど……、どこか、あの時の女の子はイザベルさんと見た目が違うように思えるんだが……」


「そんな、記憶というものはあやふやなものです。これだけお互いの話が一致しているのなら、王子を助けたのは私で間違いありませんわ」


「そうだね……」


 そうつぶやきながら、ローレンス王子はイザベルの後方にいる女性たちの顔を眺め始めた。視線が流れ、私のところで静止した。


「君の名前は?」


「あ、はい。セレーナと申します」


「セレーナさんか。君とは昔、どこかで会った気がする。セレーナさんは、僕と子供の頃に会った記憶はありませんか?」


 王子は、吊り橋であった少女の顔を覚えているのかもしれない。そんな気がした。それならここで、いい加減なことを言って王子を騙すわけにはいかなかった。


「私も、吊り橋で、男の子を見かけたことがあります」


 私の言葉を聞き、ローレンス王子の目が輝いた。加えて、イザベルが鬼のような形相で私をにらみつけてきた。


「セレーナさんも、あのとき吊り橋にいたんだね」


「はい。私とイザベルの二人で、吊り橋から身を投げようとしている男の子を見つけたのです」


「そうだ。確かにあのとき女の子は二人いた」


 ローレンス王子の視線は、完全にイザベルではなく私に向いている。


「もう少し近くに来てほしい。セレーナさんの顔を僕によく見せてくれないか」


「ローレンス王子、騙されてはいけません。そこにいるセレーナは魔法の使えない役立たずです。王子の呪いを解くなんて芸当ができるわけないのです」


「セレーナさんは魔法が使えないのかい?」


「……はい」


「それにセレーナは、今でもまだ王子を騙そうとしていることがあります」


「僕を騙す?」


「その証拠を、今からお見せいたします」


 イザベルはそう言うと、テーブルにおいていた花瓶から花をもぎ取り、私の頭上から花瓶の水を一気に流し始めたのだった。水は私の頭頂部に当たり、髪の毛も服もずぶ濡れになってしまった。


「どうかお城の床を水で濡らしてしまったことをお許しください。けれど、王子にセレーナという女を知ってもらうためにしたことでございます」


 王子は濡れた私の姿を見て、あっけにとられているのか、固まって動かずにいる。

 周囲にいた女性たちも、私の姿を見て騒ぎ始めた。


「何なの、あのみすぼらしい髪の色は」


 そんな周囲の声が聞こえてきた。


 そうだったのだ。私はイザベルに水をかけられ、染めていた色が取れてしまい、老人のような灰色の髪の毛をあらわにしてしまったのだった。

 屈辱を受けながら、打ちのめされてしまった私は、もうここからすぐにでも逃げ出したい気持ちでいっぱいになってしまった。


「ローレンス王子、見ての通りこのセレーナは、王子に気に入られようとして、自分の醜い髪色をごまかすような女です。こんな女の話など、信用してはいけません」


 ローレンス王子はじっと私の姿を見ながら、まだ固まったままでいた。


 男は、女性の見た目に影響を受ける生き物。父も私と母を捨てて、見た目の美しい女のもとに行ってしまった。イザベルは私よりずっと美人でスタイルもいい。そんな彼女の言葉を、ローレンス王子も喜んで聞き入れるに違いない。

 私がそう思っていた時、王子の口が開いた。


「やはり君だったのか……」


 ローレンス王子が私を凝視し続けていた。


「僕は今でもはっきりと覚えている。僕を助けてくれた人は、君のように美しい銀髪の女の子だった。セレーナさん、その髪色ですべてを思い出した。間違いない、僕が探していた女性は君だ」


「王子、騙されてはいけません。この女は、あの時、王子を見捨てようとしていたのです」


 すかさずイザベルが声を上げた。


「黙れ!」


 王子の厳しい言葉に会場中の人が凍りついてしまった。


「僕はちゃんと覚えているよ。あの時、僕を見捨てようとしていたのはイザベルさん、君だよね」


「……」


「さあ、これ以上僕の機嫌を損ねないうちに、イザベルさんはここから出ていってくれませんか。そして、二度と僕の前に姿を現さないでください」


 イザベルはそんな王子の冷たい言葉を聞くと、自分に同情してくれる人を見つけたかったのだろうか、周囲にいる参加者たちを見渡しはじめた。しかし女性たちは皆、軽蔑した表情でイザベルを見つめるばかりだった。そんな視線を確認したイザベルは、顔を真っ赤にしながら、小走りでパーティー会場をあとにしたのだった。

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