旅は終わる、物語は
目を開けなくても瞼の上から、青い光に包まれているのが分かる。
俺はその光の中で、なぜ俺が選ばれて飛ばされたか考えていた。
もちろん彼女の思惑もあろうが。
呪われた場所に、光の勇者は入れない。
俺ならば、聖剣と鎧を外せば入れる。
邪神と彼女は言ったが、黒い聖剣は確かに聖なるものと認定されていた。
だから光輝の勇者と一緒にいても、魔王とは思われなかった。
あれは様々な神の思惑が重なったのだろう。
だからこそ許された時間だったのだ。
風が吹き抜けるように身体から力が抜けていく。
自分の魔力は尽きることが無いと思っていたが、さすがに時間を遡るなどという事象を行うには、人間一人の魔力など尽きてしまうのか。
長かった一瞬が終わり、目の前が開けた。
聖剣で魔物をなぎ払いながら走っていく勇者ロウチが見えた。
その後を聖女マイナが走ってついている。
二人とも息は荒く、それでも立ち止まらない。
俺を湖に投げた直後に、魔王が存在を現したのだろう。
地下に現われた魔王の気配は、もう王城の全てを包み込んでいた。
至る所で戦闘の音が響いている。
王国軍の姿も見えるが、勇者ロウチは横を通り過ぎた。
「姫で良いんだな!?」
「そうよ!姫様でなければ!」
二人が確認しながら走っていく。
二人の眼前に現れた魔物を勇者ロウチが切り払う。黒い汚泥のような魔物は呪いの魔王の手下だ。勇者ロウチの聖剣は光りながら、魔物を消し去った。
王国軍は既に崩壊していた。
こんなに魔物が押し寄せていたのか。勇者のパーティの二人も遠くで戦っている。
走りながら、勇者ロウチの眉根が寄っていた。
この事態で笑っていられる人物は一人しかいないだろう。
王城の最奥、王家の間に姫はいた。
青い顔をして、駆けこんできた二人を見る。
その姿を確認した勇者ロウチと聖女マイナがほっと息を吐く瞬間。
王家の間に真黒な魔王の姿が現れた。
ペーシュ姫が小さく悲鳴を上げた。
【…そこにいたのか】
歪んだ声で、姫を掴もうとする魔王に、勇者ロウチが立ちふさがる。
「ああ、もう、なんだよ!」
姫を庇いながら、勇者ロウチが叫ぶ。
「僕じゃ無理じゃないか!!」
聖剣は視界が無くなる程の光を放ち、王家の間を埋め尽くしているのに。
魔王は笑い声をあげながら、腕を伸ばしてくる。
その腕を黒い剣が払った。
光っていた聖剣がゆっくりと光りを収束させる。
ロウチの隣にディザイアが立っていた。
「え?」
ロウチが小さく呟く。後ろにいたマイナもペーシュ姫も驚いていた。
青い光を纏ったディザイアがにっこりと笑う。
「さあ、あれを倒しましょう」
そう言って、目の前にいるエオルカ王を黒い剣で示した。
滑った黒い光を纏ったエオルカ王が憎々しげにディザイアを見る。
【貴様がいなければ】
「そうですね。そう言われても仕方ないと思います」
笑って答えるディザイアをロウチが見つめる。
「お前、まさか」
「いまなら、全て無くせます。あなたの力を貸してください。勇者ロウチ」
青い光りを纏ったディザイアに、一言聴きたかったがロウチは自分の魔力を最大限に放つ。一瞬で王家の間を光が満たす。
そこにディザイアが自分の力を混ぜ合わせた。
【やめろ!そんな事をすれば】
「消え去れ!魔王!!」
エオルカ王の姿をした呪いの魔王の言葉は、ディザイアの怒声にかき消された。
大きな魔獣のような断末魔が長く響いた。
泣いているペーシュをマイナが抱きしめる。自分の父親が魔王になったなど見たくはなかっただろう。
ロウチが膝を着いた。持てる魔力ギリギリで意識が無くなりそうだった。
それにしても。
隣に立っているはずのディザイアを見る。
笑って立っているディザイアは青い光に包まれたまま、ゆっくりと崩れていた。
「え、まて、どうして」
慌てて手を伸ばすロウチに、ディザイアが笑いかける。
「良かった。皆さん無事ですね」
「何を言っているんだお前は」
ボロボロの二人も王家の間に入って来る。
それを見てから、ディザイアが全員を見渡した。
「ああ、良かった。みんな生きている」
そう呟いたディザイアの頬に涙が零れた。嬉しそうに笑っている。
「お前、未来から帰って来たのか!?そんなことできる訳が」
「どうしてそんな無茶を」
薄れゆく姿に、皆が動揺する。
「未来に帰れるんだよな!?」
叫んだロウチを、ディザイアが眺める。
その眼ではっきりとわかった。
「ばかやろう!!どうしてお前が!!」
勇者らしい言葉だとディザイアは思う。
貴方達はこの先死んでしまう事を分かっていて、俺を未来に送ったのに。
「どうか、お元気で」
みんな、元気でいて下さい。
今を生きている人も、これから生まれてくる人も。
ありがとう。
皆が泣いて怒鳴っている声を聞きながら、ディザイアは消えた。
魔王にならずに勇者のまま終われて良かった。
『ワタシハ、シツコイカラネ?』
ハッとして目を覚ました。
柔らかいベッドの上で起き上がる。
自分が誰だか分からなくなるぐらい、長い夢を見た。
それはきっと前世の記憶。
小さな両手を見て、握って開いた。
「…はっ…」
ボロボロと涙が零れた。
苦しくて懐かしい、長い様な短い様な記憶が。
「俺は転生をしたのか…」
そんな不思議も納得できるくらい、満ち足りた記憶。
薄いカーテンの隙間から見える空は、変わらずに青い。
まだ涙は止まらなかった。
暗黒の勇者異聞~その勇者は光の夢を見る~ 棒王 円 @nisemadoka
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