第38話 歪同士だからこそ絡み合う者

「女神は御主人様に尋ねました。内容から解るようにこのスキルは扱いが非常に難しく、酷く苦しく孤独な道を歩く事になってしまいます。あるいは志半ばで倒れて、徒労の果てに何も残らないかもしれません。それでも挑んでくれますか、と」


 やたらと腰が低い女神は、申し訳なさそうに言っていた。


 今から送る世界は既に他の神々に見放されており、魔族の神である自分しか人間を助けてやれないのだと。


 だから、本来ならば魔王に渡すスキルしか与えてやれない。


 どれだけ上手く立ち回っても、救世主として成功する道なんてないのかもしれない。


 それでも叶えたい願いなのか、と。


 そして――


「御主人様は女神に誓ったのです。アイツが笑って生きてる未来があるんなら、誰であっても踏み躙る覚悟はあるし、決して諦めない、と」


 魔族の神以外に見捨てられるような世界の人間なんだから、踏み躙っても心が痛まないような禄でもない悪人だらけだと甘く見ていたのだろう。


 けれど、そんな事は全然なくて。


 むしろ自分を犠牲にしてでも、国を守ろうとするサーラの強さと優しさに恋人を重ねて。


 そんなサーラが国の為に自分を犠牲にしようと裸で迫ってきた時は、恋人が死んでしまった時の事を思い出して嘔吐したのだ。


 優しい人間ばかり、どうして犠牲にならないといけないんだと心が苦しくて。


「解ったですか、魔人。御主人様が大事なモノは、この世界になんてないのです。御主人様の苦労や戦いは全て、愛する者の為のモノでしかなかったのです」


 過大過ぎる評価だと心の中だけで研一は苦笑する。


 確かに、マニュアルちゃんの言ったように立ち回りたかった。


 アイツの為だけに全てを踏み躙り、最速最短で願いを叶えたかった筈なのに。


(サーラやベッカ、センちゃんを傷付けてまで叶えたいかって言われたら、多分俺は頷けない)


 どんな凄いスキルを貰っても、口だけで踏ん切りなんて付けられない弱くて情けない男。


 それが自分なのだと、研一は一人で自嘲する。


「ああ、全部マニュアルちゃんの言ってたとおり。だからセンちゃん。ここでお別れだ」


 けれど、それでも決めた事がある。


 自分の傍に居たせいで、これ以上大事な人が傷付くのは耐えられない。


 センが自分なんかのせいで傷付く前に完全に関係を絶ち、サーラに預けよう、と。


 ――少し落ち着きを取り戻した事で、センが最悪な目に遭ったという事は誤解だった事に気付けていた。


「御主人様の言葉は聞こえたですね? 解ったなら、どこへなりと消え去るといいです、魔人」


 そうして研一はセンの傍を離れ、マニュアルちゃんの隣に立つ。


 言葉だけでなく、行動でも別れを示すように。


「…………」


 そんな二人の姿を、センは一人きりで見ていた。


 見た事もない顔をしている研一と、それに寄り添うように並ぶマニュアルちゃんの姿を。


(私の居ていい場所なんてない……)


 マニュアルちゃんもセンと同じく、見た目は幼い感じで、身長はあまり高い方ではない。


 それでも自分が隣に立っているよりは遥かに収まりがよく見えて、その光景にセンは酷い喪失感のようなモノを覚える。


「あっ……」


 その時、不意にセンは自分の足元に、何か尖った物体が落ちている事に気付いた。


 マニュアルちゃんが顕現する際に破壊された壁か家具の欠片だろう。


(ああ、そうか。私って要らない子なんだ……)


 いつまで経っても、お母さんは迎えに来てくれない。


 大好きだった研一にも必要とされてない。


 この地面に落ちている手頃な物は、誰にも必要とされてないんだから自分で処分すればいいなんて、神様が与えてくれた物にしかセンには見えなくて。


「…………」


 何の疑問もなく、センは足元の物体を拾う。


 少し手がチクリとしたが、何だかどうでもよくて。


 そのまま迷う事無く、全力で自らの喉元へと突き立てる。


「えっ?」


 その光景の意味が、センには一瞬だけ解らなかった。


 目の前に研一の顔があった。


 それが勢いよく飛び出してきた研一が、喉の間に手を入れて自分の自殺を防いだのだと気付いた瞬間――


「何やってるんですか!?」


 持っていた物体を気付かない内に投げ捨て、慌てて研一の手を確認していく。


 この世界では弱い者が強い者に痛手を与えるのは至難の業である。


 今回も類に漏れず、研一の手には傷一つ付く事無く、突き刺そうとした物体の方が先の部分が粉々になっただけのようであった。


「……ごめん、センちゃん。また間違えそうになった」


 ほっと胸を撫で下ろそうとしたセンの耳に、研一の声が響いてくる。


 センの自傷を防いだままの屈んだ態勢だからだろう。


 いつもより遥かに近くから聞こえる声に、どこか落ち着かないモノを感じながら、センは研一の言葉を聞き洩らさないように集中する。


「絶対に守るからさ。ずっと俺の目の届くところに居てくれないか?」


 あまりにも突然の心変わり。


 普通ならば、戸惑い、受け入れられないかもしれない。


 けれど――


(……これが研一さんの過去?)


 センは自分に向けられた強い想いを読み取る能力を持っている。


 その力の影響で、断片的ではあるが研一の恋人の死の理由が流れてきたのだ。


(こんなのって――)


 それはきっと傍から見れば喜劇のような話だ。


 ただ研一は恋人を気遣おうとしただけ。


 被害に遭った時の事を少しでも思い出させたらいけないと、口付けや性交渉を求めるどころか、身体などが触れてしまわないように極力気を付けて。


 心の傷が癒えるまで、ずっと男としての欲望なんて向けずに傍に居ようとした。


 けれど、そんな気持ちが相手に伝わるとは限らない。


 もう大好きな人に触れてすらもらえないくらい自分の身体は汚れてしまったんだ、と思い悩んだ果てに女は命を絶ったのだ。


 ――考えれば解りそうな事さえ解らなくなる程、心の傷は深く重過ぎた。


(そっか。私はその女の人の代わりなんだ……)


 気持ちが流れてくるからこそ、センには研一自身さえ自覚してない気持ちが全て伝わってくる。


 気遣い方を間違えて死なせてしまった恋人への後悔。


 今度こそは守ってみせるという、自分とは違う誰かに向いている想いの全てが。


(よかった。研一さんの傍に私の居場所は、ちゃんとあるんだ……)


 誰かの代わりでも構わなかった。


 それでも研一が心の底から自分の存在を必要としてくれているのなら、それだけでセンには十分だったから。


「うん。ずっと一緒に居たいです」


 いつの間にか涙を流している研一を、センは力いっぱい抱き締める。


 私は研一さんの傍にずっと居るから。


 いっぱいいっぱい守ってほしいと願いを込めて。


 ――その役割を演じ続ければ、ずっと傍に居られると幸せそうな笑みを浮かべて。


 片や、理不尽に恋人を傷付けられ、見当違いな気遣いの果てに恋人を奪われて壊れた青年。


 片や、人間を殺すべき悪だと母親に教えられ、その人間に親子共々に監禁された果てに、人間に救い出された少女。


 歪み狂った二人の心は、だからこそその寂しさを埋め合うように、パズルみたいに絡み合っていく。


「不合理です……」


 そんな二人の関係を理解しているのかしていないのか。


 マニュアルちゃんは変わらず無表情で。


 けれど、どこか不満そうな声で吐き捨てたのであった。

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後書き

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 もし居ましたら、その紹介記事がこちらにありますので今から一読してみてくれると、ほんのり嬉しいです。


https://kakuyomu.jp/works/16818093081445044090/episodes/16818093081446771288


 この記事はこの話が投稿されるよりも十日以上前に投稿されていて、ここまで読んだ後で読めば、印象が変わるように書いてあります。

 ちょっと解り難い悪戯でしたが、気付いて下さった方は大笑いでもして頂ければ作者冥利に尽きます。


 ここまでは私の話として――

 私の作品以外でももっと続いてほしい、書籍化してほしいって作品には気楽に★やフォローして頂けると大変有難いです。

 読んでくれている人が居るのか解からずに続けるのって中々根性要るモノなので。

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