ep14 甘いものor辛いもの

「よっ。おっさん。できてるか?」

漆黒の馴染みの服屋に来ている。

「あぁ。できてるよ。それと何度も言うが俺はまだおっさんじゃない。二十九だ。」

「そうか。ありがとよ。更衣室借りるぜ。」

漆黒は仕立て終わった服をルインに渡して、更衣室に入らせた。

「全く。年上を敬うことを知らない。生意気な若造だ。」

「そう言うなよ。古い馴染みじゃねぇか。」

「まぁ金払いがいいうちは許してやるよ。」

服屋の主人はそう言うと、請求書を漆黒に渡した。

「おっさん。これゼロ一つ多くないか?」

「何言ってんだ。あの服は上等な素材で出来ている。妥当な額だ。」

ワンピース一着七十六万円。

「そうなのか。おっさんが言うならそうなんだろうけどよ。ルインはどれだけボンボンなんだ。」

漆黒は呆れながら現金で払った。

しばらく待っているとルインが着替え終わり出てきた。

「お。元通りじゃねぇか。良かったな。」

「はい。そうなのですが、、」

「どうした?なんか違うか?」

漆黒の問いかけにルインは被りを振った。

「なんて言うか。少しだけ重たい気がするのですが。」

漆黒は店主の方を向く。

「だそうだが。なんかしたのか?」

「そりゃ、おまえと一緒にいるお嬢ちゃんなんて危険と一緒に歩いてるようなもんだからな。それなりの防御性能を付け加えたんだ。だから着心地が少し違うと感じてるんだろう。」

「そういうことですか。納得しました。お気遣いありがとうございます。」

「礼ならいいよ。こいつからたっぷり巻き上げたからな。それよりこんな危なっかしいやつと一緒にいるんだから、くれぐれも気をつけるんだよ。」

店主は笑顔でそう言った。漆黒はそれを横目で睨む。

「気に入ったならもういいだろ。さぁいくぜ。」

そそくさと店を出る漆黒の後を、ルインは店主に頭を下げてからついて行った。


「あの。漆黒さん。」

「なんだ?」

「お恥ずかしながら私お腹が空きました。」

「言われてみればそうだな。」

漆黒がそう答えると、ルインは嬉しそうに笑顔を見せた。

「漆黒さんの行きつけのお店とか行ってみたいです。」

「あぁ。いいぜ。なんでも食えるいい店があるからよ。」

「やったぁ。」

ルインの無邪気な笑顔に、漆黒の顔もほころんだ。


殺人街の大通りから一本中路に入ったところを歩いていく。銃の店や爆弾の店などが立ち並ぶ中、表からは何の店なのか、と言うより店かどうかも分からない建物に漆黒はルインを案内した。

カランコロン。扉を開くとそんな音が鳴り、中から女の人が出てきた。

「あら。レーガンじゃない。なんだか久しぶりね。」

「ヴァナ。久しぶりだな。ちょっと用があってしばらく来れなかったんだ。」

「そっちの可愛らしい女の子は?もしかして彼女?」

「馬鹿。ビジネスパートナーだ。」

漆黒がそう言うと、ルインは少しムッとした表情をした。

「ビジネスパートナーのルインです。」

「あらあら。可愛いわね。私はヴァナよ。よろしく。」

「はい。よろしくお願いします。」

「とりあえず座って。」

ヴァナは二人を席に案内した。そこは漆黒の特等席のようで、他の客から一切見えない作りになっている。言わば個室だ。

「はい。お水とメニューね。」

ヴァナはメニューをルインの前に置いた。

「じゃあ決まったらまた呼んで。」

「分かりました。」

ルインはメニューを開く。初めて見る食べ物ばかりですごく楽しい時間だった。

「漆黒さんも見ますか?」

「俺はいい。」

「注文するものが決まってるのですか?」

「そんなとこだ。」

「さすがは行きつけのお店ですね。かっこいいです。」

漆黒は満更でもない表情を浮かべる。

ルインはパラパラとメニューに目を通した。

「漆黒さん。これなんですか?」

ルインはメニューにあるイラストを指差しながら聞いた。

「あぁ。パンケーキだな。」

「甘いのですか?辛いのですか?」

「甘い。」

「私これにします。」

(おいおい。まさか俺のいつものメニューと同じとは。て言うかまず、女の前で大の男が甘いものを食べるのはどうなんだ。苦手でも辛いものを食べるべきなのか。貧弱なやつと思われたくないしな。んー。どうしたものか。)

「漆黒さん?漆黒さーん?」

「ん?あ。あぁ。どうした?」

「ヴァナさん呼んでもいいですか?」

「え?あぁ。いいぜ。」

(ルインがヴァナにこれを頼めば俺も普段から甘いものを好んで食べてることをバラされる。それだけは阻止しなければ。)

ルインが呼ぶと、ヴァナが来た。漆黒の額に汗が流れている。

「私。これください。」

「あら。それ。」

ヴァナがそこまで言ったところで遮るように漆黒が口を開いた。

「俺はいつもの辛いやつを頼む。」

「え?」

戸惑うヴァナに漆黒は目で合図を送る。

「あー。そういうことね。分かったわ。いつもの辛いやつね。ルインちゃんはパンケーキね。ちょっと待ってて。」

ヴァナが厨房に消えたあと、漆黒は額の朝を拭った。

「漆黒さん。いつも辛いもの食べてるんですね。」

「まぁな。」

「なんかイメージ通りです。」

「そうだろ。」


しばらく待っていると、ヴァナが料理を運んできた。

「はい。パンケーキといつもの辛いチキンね。」

「ありがとうございます。いただきます。」

ルインはパンケーキを切り分けて口に運ぶ。何とも幸せそうな表情をしている。対する漆黒は辛いチキンを少しだけ口に入れた。

ゲホゲホゲホと咳き込んで水を流し込む。漆黒は辛いものが大の苦手なのだ。

「漆黒さん。大丈夫ですか?」

ルインが心配そうに見つめる。それを見てヴァナは我慢の限界がきて笑ってしまった。

「もう白状しなさいよ。カッコつけて辛いもの好きアピールしたけど、本当は甘いもの大好きなのよ。いつも注文するのはそのパンケーキなのよ。」

「ヴァナ。言わないでくれ。」

漆黒は大粒の汗を流しながら、顔を真っ赤にしている。ルインはそれを見て笑顔で言った。

「甘いものが好きな漆黒さんも素敵ですよ。」

そして切り分けたパンケーキを小皿に取り分けて漆黒に渡す。

「食べてください。」

「うぅ。」

「ほら。素直になりなよ。」

ヴァナが漆黒の背中を押した。

「ルイン。すまん。ありがとう。」

漆黒はパンケーキを口に運んだ。いつもの甘さに顔がほころぶ。

「どういたしまして。これからは格好つけないで、ありのままの漆黒さんでいてくださいね。」

「あ、う、うん。分かった。約束する。」

その光景を見てヴァナは腹を抱えて笑っていた。

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殺人街の漆黒と殺さずの誓い ふわり @huwari_1998

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