第5話 6月15日-1
その日は、雨が降っていた。
稲光はない。ざぁざぁではなく、ごうごうでもなく、雨はしとしと降っている。
ただ問題は、もうずっとこんな雨が降っているってことだ。
今日謁見の間にいるのは、五人。大蠍ベチュカのお姉さんはおそらく前回来たのと同じ人だろう。つまりゴブリンの後日談か。
あとは牙が生えた人が一人に、なんか、なんかこう、四角いヒト……? がひと……つ? え、ヒト? ヒト換算? あれ置物と違って生命体なの?
気を取り直して、次は多腕の人。具体的には四本腕の人。最後の一人は、背中に巨大な本を括り付けた熊だ。あ、テディベアみたいな熊じゃなくて、凶悪な方。でも弦のない眼鏡をかけていて、知的風。
いつにもまして気だるげな魔王様が最後に入ってきて、役者は揃った。
「それではこれより、謁見を行う」
魔王様が玉座である自分に座したのを確認して、宰相様が声を上げた。
玉座の真正面、仰々しい魔王城っぽい両開きの扉が音を立てずに閉まった。そう、あいつ、開くときは仰々しい音を立てるくせに、閉まるときはするする閉まるんだよな。なぜなのか。雰囲気? 雰囲気重視なの? だとするとあの扉も自分と同じように意識があったりするのだろうか。
え、お友達になれたりとかしない?
「ハドラヴァのナジェジュダ」
「西の果ての大荒野、北の集落ハドラヴァより参りました、大蠍ベチュカのナジェジュダでございます」
ああ、やっぱりハイ・ゴブリンのお姉さんだ。
ついにハイ・ゴブリン・キングが生まれたのだろうか。宰相様と蠍の皆さんのバーベキューパーティは開催されるのか。
報告に対する期待が高まりますね。
「捨ておけと言ったはずだが」
心底面倒くさそうな声音の魔王様は、何かを聞くより先に釘を刺す。魔王様ゴブリン嫌いなのかな。それともうっきうきの宰相様が面倒くさいのかな。
「その件もございますが、それだけではなく」
「なればよい、申せ」
「は。
まずはハイゴブリンの件から。我らが少々つまむようになったせいか、それともハイゴブリン種はゴブリン種よりは繁殖が遅いのか、未だハイシャーマンが産まれるにとどまっております」
「美味かったろう?」
宰相様ー。空気読んでー。魔王様あなたのことガン見してますがな。
そして大蠍のお姉さん以外が困惑してますよ。
「そうですね。臭みもなく、肉質も悪くなく。ハイゴブリンよりも、ハイシスター、ハイソルジャー、ハイシャーマンと美味しくなっておりました」
お姉さんも気にせず報告するね。
いや、あれか? 郷土料理的な話だと思えば? 無しではないか……魔王様のめっちゃくっちゃ嫌そうな雰囲気を除けば。
「それらに関する報告書、宰相様に提出させていただきました。今後の研究にお役立てください」
何の研究ですか宰相様。味? 味なの?
それとも牧場とかそういう系統の研究なの? いや確かにゴブリン繁殖力高いって言うなら、なんとか操作すれば、食糧事情が何とか? なんるか? なっていいのか、この場合。
相手も知的生命体というか、種族は違えど同じ魔王領の仲間……じゃなかったな。相手国側だったか。
「次に、人の勇者についての報告です。
南の集落ユラチュカを避け、荒野を彷徨っている模様。蟻地獄カベルカから、骨酒ラコミーの献上品を預かってきております。お納めください」
なんかあれな名前が聞こえたぞ。
いや、でも、蛇とか酒に浸けてあるのあるし、変でもない? 問題は漬けられているのが何の骨か、か。荒野ってどんな生き物がいるんだろう。ちょっと気になるけれどここからじゃわからないからね。
しょせん玉座だから視力もそれほど良くはないし。って、自分の目はどこにあるのか。
いや本当に。そういえば何も気にせずに玉座の間とかの映像見てるけど、どうやって見てるんだ。これ本当に。
「浸けた食材は勇者一行の中の戦士と聞き及んでおります」
勇者一行だったよ!
いや確かに勇者一行の今の生息地は荒野だろうし、いやそうじゃなくて。
もしかしてラコミーって戦士の名前? いや多分違うな。酒の固有名詞のような響きがあったぞ。
魔王様に献上するのに、そりゃ普通の蛇浸けたやつとかそうそう献上しないのはわかるけどさあ!
「ほう、寝酒として楽しませてもらうとしよう」
「また、つまみとして骨煎餅ゾウベクも一包みもってきております。
こちらは勇者一行の魔法使いで作成されたもので、魔力が色濃く、舌を楽しませるだろうと言付かっております」
こういう時に、ここは人の領域ではなくて、魔の領域なんだなって思うよね。
彼らにとってはそれは普通の事で、大事なお酒で、楽しむべきものなんだろうなあ。それを完全に否定するのは、それはそれで間違ってるんだろう。郷土料理を否定するようなもんだろうし。
でもだからと言って敵対してる人の勇者ご一行の騎士浸けちゃダメでしょ……魔王様がそれ楽しんでるの知れたら敵対激化しそう。いやそういう風に価値観が違うから、戦争になっているのかもしれない。
どうなんだろうな。こっちからは異国の人間を取りにいかずに、侵略してきてる勇者一行を漬けてるだけなら……問題はない? ばれなけりゃいいのか?
しかしそんなことはどうでもいいのか、にこにこと嬉しそうに笑って、蠍のお姉さんは一礼した。
いや、いいのか。
魔王領ってあれでしょ。弱肉強食でしょ。だからきっと、それで激化しても叩き落せばいいって思ってるのかもしれない。
「次、フラメシュのアダムベルト」
「は、ここに」
呼ばれたのは牙の生えた人だ。フラメシュ、フラメシュってことはあれか。小麦の街か。
「東の大平原フラメシュより参りました。先だって祭りを執り行うようにとご教示いただき、東の大平原を上げて協議しました結果、この後秋、冬になる前に収穫を祝う
開催は大平原の主要都市にて行う事とし、フラメシュを皮切りに翌年は東のクバーン、その次の年は北のラカトシュ、その後西のガーボル、南のメリハル、そしてまた中央フラメシュにて執り行うこととなりました。」
あー、いいねぇ。
年に一度、持ち回りでやるお祭りいいじゃない。ガーボルは確か豆が主力だっったはずだし、その内特色も出ていい感じになりそう。他の地方からも行く大きなお祭りなったら楽しそうだよねー。自分は! 玉座だから! 行けないけどね!!
ちらっと魔王様と宰相様を見てみるけれど、当然ながらこちらを見てはいない。そうだよね。玉座が祭に行きたがってるなんて、思わないよね。
まあ気がついてくれたとしてどうやっていくんだって話になるのだけれども。
「開催日決まりましたら、招待状送付させていただきます」
胸に拳を当て、腰を深く折る。
ああ、まだ仔細は決定していないのね。決定してないけど魔王様押さえに来たのか。大事。箔もつくだろうしね。
「ボフミール」
「合うようであれば、参加いたしましょう」
宰相が、男に頷きかけた。それもそうか。
日程分からないと、行けるかどうかも分からないし、わざわざ万障繰り合わせてまで参加はしなさそうだな。
美味しいお酒があれば、行きたがるかもしれないけれど。それを決めるのはきっと、宰相様なんだろうねぇ。
宰相様だけを釣るなら、美味しいごはんで行けると思うけれど。穀物だとどうなんだろう。
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