第6話 6月15日-2
さて、とても気になる、四角いヒトだ。人なんだろうか。手足はあるのか。しゃべるのか。いやここまで来てるんだから、多分、生命体なんだろうけれど。
移動方法も気になる。扉から入って来た時に見たはずなんだけれど、記憶にないんだよね。他の謁見者の波にもまれて見えなかったのかもしれないし、誰かが連れてきたから気が付かなかったのかもしれない。頑張って帰る時は見よう。
『ナードヴォルニークより参りました、オルドジシュカと申します』
それはとても流麗な、筆記体だった。
発声器官はないが、手足はあるようだ。羨ましい。いや、自分にも足はある。動かない、自分の意思で動かせないだけで。
割と大違いだな?
『魔王様からの要請を受け、ヒバリ育成のためこれよりガーボルへ参ります。しばしの間ナードヴォルニークを留守にいたします』
あの文言は、事前に書いてきたのだろうか。今書いてる風ではないから、きっと書いてきたんだろうな。丁寧に丁寧に、一枚ずつ心を込めて。
スケッチブックをめくる、というよりは、カードを一枚ずつ掲げている、といった具合だ。
『住まう場所は変われども、今後ともヒバリをよろしくお願いいたします』
その一枚を掲げて、それをゆっくりと前に倒した。
なるほど、それが挨拶に代わるのか。お辞儀のように見えなくもなかった。
いやしかし、ヒバリ、何よ。さらに訳わからなくなったよ。鳥の種族が多いからヒバリの教育係を、じゃないんか。鳥なの? 鳥じゃなくない?
やだもうわけわかんない……。
「これまで長きにわたり、ご苦労であった。場所は変われども、これまでと変わらぬ働きを期待している」
魔王様のかけたお言葉に、その四角いヒバリの教育係は、頭というかカードを深々と下げた。
「次。バルナバーシュ」
「は」
四本腕の男が立ち上がり、左の腕二本を背中に回し、右腕二本を胸元に添えた。腕の数は挨拶に変わらないんだな。一本ずつとかじゃなくて、側なんだね。
この人、名前だけだったってことはまた軍人さんかな?
「この度城下町ペツカに配属となりましたバルナバーシュと申します」
城下町なんてあったのか。
窓から見えてるあの森を切り開いたの? いやそれにしてはここまで声が届かないな? 魔王城の奥深く、って程謁見の間は奥深くなかろうよ。外部のものが入ってこれる場所なんだから、通常そんな奥じゃないじゃん? いやお城の構造とか詳しくないけどさ、なんとなくわかるじゃない。
外部の人間が入ってこられるここは外に近い場所で、この奥に、具体的にはいつも魔王様と宰相様が出入りしているすぐそこの扉の向こうが執政区とか居住区とかでしょう?
てことは森の外、とかなのかな。城下町は森の外にあって、王城は森の中に。
いや、なんでそんな設計なんだよ。我ながらよくわからんわ。
森は、切り開けない、とかそういうやつなのかな。意思持つ木、みたいなの。玉座に意識があるんだから、森に意識があったっていいよね。
あ、それは伐採して切り開くの難しいわな。
「プラシルにて入隊、シャバトカにてスタニークとの戦闘を経験。敵補佐官を打ち取った功をたたえられ、ヴァシナへ配属。その後ジヴニー配属を経て、この度ペツカにて隊長職を賜りました」
うん、一個もわからん!
多分自分の経歴を語ったのだろう、という所はわかる。そして謁見の間にいる人々の反応からするに、それはなんか凄い経歴で、だから抜擢されたのだ、というのもなんとなくわかった。
ここまでわかればそれでいいのか? いいってことにするか。自分ただの玉座ですし。
「ペツカの守護、励むように」
「は、精進してまいります」
今回は特に祝福などはなく、四本腕の軍人鎖那は腰を深く折っただけだった。
……いや、こういうのってさ、軍人さんだけで執り行わないの? いいの? 一般人もいる場所で行って。
いや待てよ。一般人もいる場所で挨拶すれば、新しい人の情報は庶民にも広がる? そういう寸法? しかも今謁見の間にいる多人たちも多分遠い地方から来ている人たちで。ベツカという城下町にお住まいではないだろうけれど、噂にはなりそうか。
自分たちの住む街をどんな人が守ってるのか、謁見の間にその時居た人の口から聞けたら、安心できるかもしれないけど、自分の耳に入ってくる頃には尾ひれとかめっちゃついてそうでもあるな、これ。
「では最後。ズラーマルのホンザ」
「はい」
その知的なクマさんは、優雅に、踊るように手のひらを胸に当て腰を折った。拳ではない。
「わたくしズラーマルにて学び、この度、師ルージェナより及第を貰いまして、本日より魔王城に仕官させていただくことと相成りました。末席ではございますが、魔王領今後の繁栄のため、微力を尽くす所存にございます」
「要らぬ」
魔王様ー?!
即答は、即答はどうかと思うよ! 謙遜は美徳じゃないお国柄かもしれないけれど!
宰相様も笑いこらえてないで、フォローしてあげて! クマさんきょとんとしてるから!!
「力の足りぬものは要らぬ。ルージェナに戻り伝えよ。我が首獲るほどの気概無き者、城には不要、と」
いや、うん。お気持ちわかりますよ。そういう主義だというのもそれなりに付き合いも長くなってきてこの玉座、りかいしているつもりですよ。でも自分の部下になる人にそれ言うってどう! なの!
言われる方の身にも! なって!!
「いえいえ。自分王位に興味ありませんし、かといって宰相職をいただいて無駄に責任が重くなるのも嫌ですし。うーん、色々試したいことができない雑用程度の末端も困りますから、数人の部下をいただき、割と好きにさせていただける地位に万年いたく思います」
クマさんよ、そのご挨拶もどうなの。色んな意味で。いや、わかる。わかるよ。それくらいが一番楽しいの。
責任もちょっとはあるけれど、ちょっとだけだし。割とヤバ目の問題起こしたら頭下げてくれる上司もいてさ。でも上司からは無茶ぶり振ってこない位置。みんな大好きだよ。みんなほしいよ。そんな天国みたいな位置。
あーあ、宰相様、後ろむいちゃったよ。声殺してるだけまだ許されるのだろうか。
「サビナのようなことを言う。
よい、精進し、望む地位を維持し続けて見せよ」
「はい、結果は出してご覧にいれましょう」
クマさんはにっこにこだ。いや結果出しちゃったら、昇進しない?
まあ、結果を出しても昇進しないようにしてね。結果は出すから。って意味なんだろうけれど。
「それではこれにて、本日の謁見を終了する」
まだ声が笑っている宰相様が、それでもすっと背筋を伸ばして宣言した。
今日も魔王城は平和です。
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