第4話 2月4日-4
「次。ハドラヴァのナジェジュダ」
「西の果ての大荒野、北の集落ハドラヴァより参りました、大蠍ベチュカのナジェジュダでございます」
は、早口言葉にしたら噛みそうなお名前だな。
そういえばみんな町の名前しか言ってないけど、ナジェジュダだけは種族名も名乗っている。種族名というか部族名というか。
ちなみにナジェジュダは女性のようだ。上半身のヒトの部分に着ているのが他のヒトたちと違ってなんか女性向けのふんわりしたシャツだからそう思うのだけれど。シフォンのブラウス、という奴だろうか。名称がわからんから何ともあれだけれども。
「隣接する人の王国ヤンディークが要する森イエリーネクに、ゴブリンの集落ができました」
「捨ておけ」
魔王様、即断である。
お姉さんは困ったように、宰相様を見た。わかる。困るよね。
報告に来ていきなりこれは、ちょっと。というか、何か理由があって報告に来ているんだろうに。
「まあ、ゴブリンはいかんせん最弱の妖魔種、慌てる必要はないかと思うが」
蠍のお姉さんを不憫に思ったのか、宰相様が先を促した。いや不憫だよ。説明全て聞かずに捨ておけだもの!
「これまでにもゴブリン種の集落ができたことはございます。それらの時は我等に盾突くようなら我等が、隣接する人の王国ヤンディークに進出するようならあちらが対処をしておりました。
しかし此度の集落、ゴブリン種ですからおそらくは偶然なのでしょうが、森の奥深くに集落を作ったようで」
「なるほど。すでに、色の違うゴブリンが生まれてでもいたか?」
え、なにそれ。
ゴブリンてカラフルなの? 色違いが五千分の一とかの確率で生まれるもんなの? 毛皮の色なの?
同じように、謁見の間に集うヒト達が疑問符を浮かべている。特に商人とか町から来た人とか名付けてもらいに来た人とか。
「ゴブリンは、ネズミによく似た容貌の妖魔であることは、知っているな?」
疑問符を浮かべているのが多いことに気が付いたのか、宰相様が説明をしてくれる。ちなみに魔王様は無言である。
無口なの? 興味がないの?
「奴らは繁殖力が強く、たった一組の番つがいからでも十日もすれば一つの集落を形成する。
それからさらに十日もたてば、変異種が生まれる。まずは回復魔法を使えるプリースト種、それから高い戦闘能力を持つソルジャー種、攻撃魔法を使えるシャーマン種と来て、一族を統率する事の出来るジェネラル種と続く。
変異種が複数生まれると、それらは最初の集落から離れ、新たに集落を近隣に作成する。ジェネラル種が生まれるころになれば、一大王国と言っても遜色はあるまい」
ネズミゴブリンの王国。王政なのか。え、王政なの?
いや遜色あるまい、だから違うのか。
謁見の間に揃っている者たちの、軍人二人組以外は同じような疑問でも持っているかのようだ。あまり、他種族の生態なんて、知らないよね。よかった。知らないよね。
「この変異種の見分け方だが、プリースト種は髪に類するものをもち、ソルジャー種は通常のゴブリンよりも一回りは大きく、シャーマン種は鳥の羽根などで己を飾ることを好み、ジェネラル種は体色が鮮やかである、とされている」
なるほど、それで色違いかどうか聞いたのか。え、でもされているってどういう事よ宰相様。
あまりデータないの?
「ゴブリンは弱いゆえに、簡単に滅びる。シャーマン種の発生までは報告がよくある。滅ぼしたゴブリン帝国の頭目はシャーマン種だった、といった具合だ」
なるほど、報告件数が少ないのか。
となると次の疑問の、どこに報告を上げているのか、が出てくるわけだけれど。研究機関でもあるのかな。人間の方にはありそうだけど。
魔王領には必要ないよね。ゴブリンより弱いヒト、少なそうだし。
時点で弱いと有名なのは、スライムだっけ。
「正直我等としましては、彼の森は人の領域、ゴブリンどもが人の王国に総攻撃をかけて滅びようが構いません。荒野に進出をするなら返り討ちにするだけです」
多分、これまでもそうしてきたんだろう。
蠍の人は気負う所なくそう言ってのけた。というか、ゴブリンに負ける、というイメージがないのだろう。うん、ごめん、自分もないわ。どうやったらゴブリンに負けることができるのか、ただの椅子の自分にも浮かばない。
「ただ、最長老がかつて白いゴブリンが生まれたら魔王城に報告せよと言われたと言って聞かぬのです」
あ、単なる親孝行の類だった。長老様のために、魔王城まではるばる来たんだ。西の果てから、北の果てに。
その挙句に魔王様から捨ておけ。うん、困るね。それはとても困惑するわ。
「白?!」
くわっ、と宰相様が目を見開いて声を上げた。
謁見の間にいる者たちは総じて体を揺らし、魔王様ですらゆっくりと宰相様を見た。いや、魔王様の体の動き、実はよく分からない。体重移動から、そうだろうな、と推測するしかできない。
自分、魔王様の座している玉座なものですから。
「おお、ハイゴブリンが。ついに生まれたのか!」
宰相の目が、ギラリと光る。きらりじゃない。ギラリ、だ。
声も心なしか弾んでいるようだ。
「ボフミール」
小さい声で、たしなめるように魔王様が宰相様の名を呼ぶ。どういうことなの。
魔王様はどうして宰相様が大喜びをしているのか、そのことに心当たりがあるらしい。しかしそれを、どうやら教えてはくれないようだ。言葉少なに、ただ、宰相様の名前を呼んだ。
「失礼いたしました。
ゴブリン種は基本、薄汚い茶色をしていますが、キング種が生まれた後、上位種たるハイゴブリン種が生まれることがあります」
さらっと流したけれど、王政なのか、ゴブリン。きっとゴブリンキング、これも変異種なんだろうな。
シャーマン種よりさらに少ないジェネラル種、その王たるキング種。多分。その後に生まれる、ハイゴブリン種。という事なんだろう。
「その姿は白く、通常のゴブリンよりも細身ですが、繁殖能力は大差ありません。
ハイゴブリンが
「私が森で見た白いゴブリンは、おそらくプリースト種と思われます。頭部に、他のゴブリンにはない毛が生えておりましたから」
「ほう。もうプリースト種が生まれているのか。白いゴブリンは、その一頭だけか?」
「集落のものが言うには、これまでもちらほら確認はされていたようです。
我等も、用事があれば森に入りますが、あれらを特にこれといって監視はしておりませんので」
なるほど、これまでは捨ておいてたわけか。まあ、ゴブリンだしなあ。森の中で出会って、血気盛んな若いのが挑んで来たら返り討ち、くらいの軽い気持ちで接していたんだろう。虫が寄ってきたから払いのけた、とか、きっとそういうあれだ。
「だろうな。
では今後は森に行く際は気を付けてみるように。もしもハイ・キングが生まれているようであれば魔王城まで報告を」
「承知いたしました」
「あれは、美味いからな」
「ボフミール」
「あれ、魔王様食べたことありませんでしたっけ」
「宰相閣下、味見をしても?」
呆れた声の魔王様を、不思議そうに宰相様が見つめた。せっかく近所に味のいい農場ができたのに、何を言ってるんだと言わんばかりの視線である。なんとも雄弁だ。
宰相様の言葉に反応したのは、大蠍のお姉さんだ。目がこちらもキラキラしている。食糧事情、一発で解消しそうなお話だもんな。
「ああ、構わんよ。通常のハイ・ゴブリンであっても脂の乗ったイノシシよりはうまい。ただ、取り過ぎないようにな」
そこなんだ。忠告するのそこなんだ?!
魔王様の心中、ちょっとだけ察した。こうなるのが分かったから、咎めたというか止めたのね。捨ておくように言ったのも、こう、謁見の間がこういう空気になるからなんだろう。きっと普段から、この宰相様は食道楽なんだろう。
いや、ゴブリン食べるのってどうなの。道楽なの。悪食じゃないの?
「あれらは放っておいても増えるが、その分簡単に増えすぎる。適宜間引きをする必要もあるかもわからんな」
「承知いたしました。集落の者たちに伝え、適宜視察、並びに狩りを行います」
蠍のお姉さんは、深く頭を下げた。あ―まあ、食糧事情はどこも大事か。大事だよな。
美味しいのであれば、それがゴブリンであっても、気にしない人は気にしなさそうだ。その羽面、駄目な人は駄目だろう。
ゴブリン、だもんな。どんなに美味しくてもな。
「本日の謁見は、これにて終了とする」
宰相様が、そう宣言をした。
唐突にも思えるが、案件は全部終わったし、妥当なんだろう。
謁見の間にいる者達は皆、立ち上がり、拳を胸に当て、
「総員、これからもよく励むよう」
魔王様は、そう、魔王らしくない発言をして立ち上がり、謁見の間を出て行った。玉座のある数段高い場所の近くの壁に、目立たない扉があったのだ。
それからしばらくして、謁見の間、玉座のほぼ向かいの壁にある両開きの、そこだけなんかとても仰々しく魔王城っぽいデザインの扉がぎぃぃぃとそれっぽく軋んで開き、謁見の間に居並ぶ異形は退出していく。
宰相は変わらず玉座の傍に佇んで、退出していく者どもを見送っていた。
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