第3話 2月4日-3
「次。フメラシュのエドゥアルト」
「ここに」
謁見の間の床に牙を突き刺して跪いていた異形が立ち上がる。
「っと」
あ、やっぱり抜くときは掛け声要るんだ。この……ヒト? 姿形はヒトなのに、牙が膝のあたりまであるのが、なんとも恐ろしい。耳や尻尾がある獣人のようなタイプではなく、ただ、牙が長いだけだ。
「前年より行っておりました、東の大平原におけます小麦の収穫量についてのご報告、並びに」
そのナリで軍人ではなく文官だったのはちょっと想定外だったわ。戦う人のものでしょうよその牙は。
いや、戦うにはむしろ邪魔か?
今まで報告的に北の荒れ地、とかは出てきたけれど、今回は東の大平原だったな? 荒れてない土地もあるのか。それなら確かに農作業できるか。
「移民村の完成をご報告いたします。仔細はまとめて提出いたしました」
「ご苦労」
移民の受入までしてるの……? 人の王国から流れてきた人たちなのか、それとも、魔王領内での移民なのか。荒れ地の方には勇者とか来たって言ってるし、そっちの人たちが逃げて行った、とかなのかな。
どっちにしても移民って、悲しい単語ではあるよね。受入れられたのなら、これから幸せになってほしいけれど。幸せになって欲しいなんて上から目線で傲慢かな。いやいや、傲慢でいいじゃない。
我、魔王城の玉座ぞ?
「小型の草食獣どもはよく働きますね。木の根や皮より小麦の穂、ひいてはパンや小麦料理が美味いと知ると目の色が変わりました」
くすくすと、優しい笑いが謁見の間に満ちる。木の根をかじり、泥水をすすり、そうやって生きてきたものに家を与え、食事を与え、衣服を与え。生活ができている、という御恩があれば、身を粉にして働くのは辛くないよな。
そして働けば働いただけ収穫があれば、それは楽しいことだろう。
まじめに仕事をしている玉座に褒美は?
え、綺麗なクッションとかそういう? それ玉座用じゃなくて魔王様用じゃない?
……魔王様の玉座だもんね、そうだね。
「領民どもにも、より一層励むように伝えるがよい。また、収穫が生ったのであれば春か秋、もしくはその両方にて祭りを執り行うよう取り計らえよ」
「ああ、それはいいですね。張り合いが出そうだ。承知いたしました。帰還後、議題として領民に掲示いたします。
仔細が決定いたしましたら、招待状を送付させていただきます」
胸に手を当て腰を折り、見た目に反して穏やかな牙男の報告は終了した。
いや膝まである牙とかさ、どう考えても肉食じゃない。なんで小麦を栽培してるところのひとなの。なんで。
しかし玉座の声にならないその疑問に答えるものはいない。彼らにとっては、なにかこう、明確な理由がちゃんとわかっているのだろう。
「次、ガーボルのクヴェタ」
「はい。同大平原西部より、まかり越してございます」
次に立ち上がり、胸にこぶしを当てて腰を折った男の、左の牙は口の外、のどの真ん中あたりまで伸びている。右の牙は、口の中に納まる長さのようだ。ちょっと長めの犬歯が見えた。
「エドゥアルトと同様にこちらも移民村が完成しております。ガーボルにて栽培しているものは豆。鳥族が多いため、数年後にはいくらかヒバリにできますでしょう」
ヒバリ。
さっきからちょいちょい出てる気がするけれど、何なんだろう。鳥の種類かなーって思ってたけれど、今のいい方からするに、違う? 職業? 職業の名前?
「ボフミール」
「承知いたしました。幾人かヒバリを貸し与えるよう手続きをしておく。励むがよい」
「承りてございます」
あれ、ガーボルではお祭りしないの? 怪しまれない? 大丈夫??
それとも、その辺りは移民村みんなでやる、とかなのかな。そうだといいな。お祭り、いいよね。
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