第2話 2月4日-2

「次。ブラーハのツチラト」


「魔王様におかれまして日々ご健勝のことと存じます。

 ワタクシ、」

「前置きは良い。本題に入れ」


 ゆるりと、魔王様が手を振った。声音はこれまでと大差がないが、それでもちょっとだけ面倒くさそうな響きがある。気がする。

 ツチラト、と呼ばれたそいつの被るフードの奥は暗闇で、そこから眼光だけを向けてくる。魔王様は肘掛に軽く肘を乗せ、ツチラト、を見返した。

 魔王様が軽くとはいえ手を振ったから、風が起こる。けれどそれはただの風で、トロールと毛むくじゃらが転がっただけだった。どうやらあの二人は軽いらしい。

 まあ、謁見の間のレッドカーペットに牙刺してるやつは、そりゃ、転ばないわな。


「失礼いたしました。

 この度ワタクシ、ツチラトは、ババークの北、ダリボルの森にブラーハの研究集落を立ち上げることと相成りました。

 つきましては魔王様に、一覧のもの、献上させていただきます。

 また」


 くるくるくるくる、見えない舌がよく回る。ローブの袖から手は見えないし、ズボンから足も見えない。フードの中も暗闇になっていて、前髪すら見えない。どういう身体をしてるんだろうね。足首は見えないけれど、つま先がくるんと反り返った靴を履いている。

 靴下はけば見えると思うんだけれど、え、あいつ靴下はいてないの? そういうことなの?


「我らブラーハ悲願である賢者の石、完成いたしました暁には、魔王様に献上させていただきたく思っております」


 胸の拳を当て、腰を折る。

 正確には、手は出てないから拳ではない。袖を胸に当てて、だ。でもきっと袖の中では拳にしているんじゃないかな。


「よい。百年、二百年、いつまでも待とうぞ」


 ック、と、魔王様が喉の奥で笑った。つまり? 賢者の石ができるとは思ってないってこと? まあそれもそうだよね。そんな簡単にできたら、悲願じゃないよねぇ。

 けれど魔王様はそれを指摘しなかった。悲願がいつ叶うかはともかくとして、叶うのであれば待つと言ったのだ。それはきっと、彼らの力になるだろう。なるといいね。


「次。チャダ」


 宰相様に呼ばれて、真っ黒い毛むくじゃらが上下に揺れる。手足は見えない。そして声も聞こえない。

 しばし謁見の間は静まり返り、皆誰もが、毛むくじゃらのそばにいる謁見をしに来た者たちも毛むくじゃらを見つめる。

 誰もかれもが無言の中、上下に揺れる毛むくじゃらを見つめるだけの時間が続いた。いや、何を言ってるかはわからないけれど、何かを必死に伝えようとしてるのは、わかるんだ。

 それだけに、皆静まり返って見つめていた。


「ダヌシェ」

「ここに」


 魔王様が多分名前を呟くと、毛むくじゃらの斜め上に光る……光る珠? がいきなり浮かび上がる。毛むくじゃらはびっくりしたのか、それまで上下に動いていたのに、動かなくなった。

 分かる、お前の気持ちは手に取るようにわかるぞ。合ってるかどうかは知らないけれど。いきなり声がしていきなり何かが自分のそばに現れたら、そりゃ驚くよね。


「ダヌシェ、彼のモノの言葉を我に伝えよ」

「承りて」


 光の球だから見えないだけで、きっとダヌシェも拳を胸に当てて腰を折っただろう声音だった。声は少しだけ高い、子供が大人になる前の声だった。

 毛むくじゃらが明確に腰を折り、光球に向かって上下に揺れる。


「魔王陛下にお願い申し上げる。

 此度我がもとに十の新たなる命が誕生した。

 ツァハに連なるモノへの言祝ぎとして、名を賜りたい。と」


 毛むくじゃらが上下に揺れる。

 魔王様に名付け頼むの。そのためにわざわざ来たの。そう。

 どこから来たのか知らないけれど、いくら何でもドアを開けたら魔王城! ってこともないだろうに、わざわざきたの。

 まあ、それなりの距離があるからこそ、価値があるのかもしれないけれど。


「ボフミール」

「承知いたしました。チャダ、帰還時に十五からなるリストを渡す。そこから皆で話し合って決めるがいい」


 毛むくじゃらは、また、腰を折った。

 ……え、待って。魔王様、こんなこともあろうかとリスト作成してるってこと? それとも何なの。よくあるお願いなの。

 そんな村長さんに頼むようなこと受入れるの?! いや平和なのはいいことだと思うけどさ。


「次。ドラホミール、エリシュカ」

「「は」」


 三つ目と六つ目が同時に名を呼ばれ、立ち上がる。そして一糸乱れぬ動きで胸に拳を当てて腰を折った。

 なんだお前ら軍人か。


「南海ハロウプカにてヒトの小国群の船団を打ち破った由、ここにその功績を認め、陛下より言祝がるる栄誉を取らせる」


 宰相様がそのまま、言葉を紡いだ。三つ目と六つ目は腰を折ったまま微動だにしない。

 いやいやいやいや。なにそれ。え、二人で船団壊滅させたん? 違うよね? いやあれだ、きっと、二人がそれぞれの部隊の代表とかだよね。そうだと言っておくれよ宰相様。


「ヒバリどもより聞き及んでおる。

たまさか出会うただけとはいえ、ただ二人、彼の船団に大打撃を与えたこと、彼奴等を撤退させおうせたこと。

 胸を張るがよい、ドラホミール、エリシュカ。

 我、汝らに祝福を与えよう」


 祝福って、神様とか偉い大神官様が勇者とかに与えるものじゃないの? いいの、魔王が部下に与えて。なんか違くない? イメージ、イメージ戦略大事にしようよ、魔王様!

 しかしそんな玉座の言葉なんて、魔王様たちに聞こえる訳もなく。光が二人を包み込んだ。いや、神様とか聖職者とかが勇者を祝福するの、見たことないからあれだけど、多分似たような優しくて柔らかくて綺麗な光が二人を包んだ。

 そこはサァ! もっとサァ! 闇みたいなのが包もうよ! 魔王の祝福でしょう?!

 だなんて玉座が一人で勝手にフィーバーしている間に、光は収まった。光が収まっても、特に二人に変化は見れない。なんだよ、腕増えたりしないのかよー。


「これからも励むがよい」

「ありがたき幸せにございます」

「誠心誠意、魔王様に仕えさせていただきます」


 二人はさらに腰を深く折る。

 ちゃんと部下を労って功を褒めそやすことができる魔王様、そりゃ信頼熱いわな。

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