知恵持つ玉座はハイゴブリンの夢を見るか

稲葉 すず

第1話 2月4日-1

「それではこれより、謁見を始める」


 朗々とした声でそう宣言をしたのは、極彩色の鳥の頭部をもつものだ。頭から下はヒトと同じように見える。

 紫色の鋭利なくちばしから出てくる声はバリトン。高すぎず、低すぎず、しっとりとしている。声を張り上げているわけではない。それでも、おそらくはこの広間に余すことなく届いているだろう。

 いや、自分はほぼ真横にいるから、めっちゃよく聞こえていて、他の場所にどう聞こえているかとか、さっぱりわからない訳ですが。


 先日新しいふっわふわの緋色のクッションを置いた玉座に腰かけるのは、何か角の生えたもの。頭の両側に生えたその角は、牛の角っぽいものじゃなくて、なんかもっと邪悪な感じのねじれ方をしていた。いや羊とかヤギじゃない。なんかもっとねじくれている。

 語彙力がないのがとても悔やまれるけれど、詳しく描写するのは、自分と自分に腰かける推定魔王との距離感の都合で難しい。すなわちよく見えない。そうつまり自分の語彙力が少ないのが問題だけ、というわけでもないのだ。きっとそう。

 魔王はクッションに深く腰かけ、背もたれに軽く寄りかかっている。

 立ち上がろうとすれば、大した労力なく立ち上がれるだろう座り方、といえば伝わりやすいだろうか。

 魔王の城と言っても窓の外で稲光が鳴ってたりはしないし、謁見の間にかけられたカーテンが破れていたりもしない。かといって華美に豪華絢爛でもない。


 玉座のある場から一段低い所に鳥のような宰相がいて、そこからさらに数段低い所に十人弱の人々がいる。多いのか少ないのかと問われてもわかりかねる。大体謁見があるたびに並ぶのは、これくらいの数だからだ。多少の差はあるけれど、まあまとめてやってしまおうとなるとそうなるよね。

 なおこの謁見の最小開催人数は一です。でした。


「面を上げよ」


 宰相同様声を張り上げたわけでもないが、われらが魔王様の声が謁見の間に重々しく響く。勇者と呼ばれるものを重圧する、威圧する地を這うようなバス。

 しかし謁見の間に傅かしずいている異形の者どもにとっては恐ろしくはないようだ。ふしぎ! 考えてみれば当然か。敵であるなら威圧されるが、味方である以上は頼りがいがあるというだけに過ぎない。

 数段低い、広間に居並んでいるのはサルのようなものに、カバみたいなもの。あれ知ってる、あのカバみたいなのはトロールだ。

 フードの向こうは暗闇で、目があるだろう部分が光っているだけのものに、毛むくじゃらの黒い塊。目が三つある顔の人はいい、よくないけど許容範囲だ。なんでお前目が六つあるんだよ。どういう構造になってるんだよ!

 他には牙がカーペットに刺さってるやつと片側にだけ牙が生えてるやつがいる。

 目が六つよりはインパクトが薄い。牙がカーペットに刺さってるのだけは少し気になるけれど。床までいってないよね。いやそもそも生活しづらくない?

 最後の一人は、蠍。ヒトの体に蠍の下半身である。はさみは下半身の方についている。ケンタウロスの蠍版とでもいえばいいのか。


「アルビーン」

「は」


 宰相に呼ばれて、サルが立ち上がった。胸に拳を当て、腰を折る。魔王への敬礼なのだろう。

 ちなみにこのサル、ターバン巻いてるし商人のように見える。何故商人がターバンを巻くかどうかはそういえば分からないな。


「西の果ての荒野より参りました、行商人のアルビーンと申します」


 行商人なんだ。行商人なのに王様に謁見できるんだ。

 魔王とその配下のはずなのになんとも庶民に開けている。


「この度は荒野にて珍しいものを入手したため、陛下に献上するために参りました。目録は宰相様にお渡ししてあります。どうぞ、お納めください」


 ガラガラと聞き取りづらい声でサルは言う。言った後、また胸に拳を当てて腰を折った。そのまま、今度は顔を上げずに待っている。

 鳥の宰相が音をさせずに寄ってきて、魔王様にカードを渡した。宰相、空、飛んだりするのかな。

 ちらりとカードに視線をやって、魔王様は鷹揚に頷いた。仕草は大きくなく、微かの範疇に入るかもしれないが、まあ、角も動くし謁見の間からでもわかるのだろう。

 頭を上げたサルは、一つ大きく息を吐いた。ほっとしたのだろう。


「では次、ババークのベドジフ」


 宰相に呼ばれて立ち上がったのは、トロール。カバによく似た、それでいてつるりとした顔を持つ彼は、多分彼は、ぴょんっと跳ねるように立ち上がり、ふんわりと羽が舞うかのように降り立った。飛び過ぎじゃない?


「西の果て、荒野の手前。ババークの街を代表して参りました」


 声がひっくり返っているのかと思うほどのソプラノ。多分緊張からひっくり返ってるんじゃないかなって、思うよ。


「ヒトの勇者が、荒野の中ほどまで来た、とヒバリどもが騒いでおりました。魔王様に願います。どうぞ、兵を我が街へ」


 勇者。

 ヒトの勇者。

 それは一騎当千の強者にして、魔王を打ち滅ぼさんとするもの。


「よかろう。ボフミール」

「は」

「ビェラへババークに行くよう申し伝えよ」

「承知いたしました」


 魔王様に呼ばれた宰相が腰を折る。そういえば宰相、胸に拳を当てないなあ。敬意を払っていない、というよりは、大体何かを持っていて手が埋まっているから、だと思う。もしかしたら、謁見をしている彼らと比べて、魔王様に対して気安い、というのはあるかもしれない。

 トロールはまたぴょんっと飛び上がって、今度は胸に拳を当てた状態でゆっくりとふわふわ降りてきながら、腰を折った。


 器用が過ぎない??

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