13 願い事の持ち腐れ
ーー朝だ
新しい朝だ
希望の朝だ
ーーと、言いたいところだったが、時刻は既に昼を回っていた。さすがに昨日のなんやかんやの疲れが溜まっていたのか、目を覚ましたら、もう12時。お腹空いたから、なんか食べるかとベッドから身を乗り出した瞬間、インターホンの音が鳴った。昨日修理屋に預けたスマホが返ってきたのだった。わざわざ自宅まで届けに来てくれるとは、なかなか気前がいい。
さっそく、戻ってきたスマホをチェックしてみよう。LINEの通知の数字がかつてないことになっていた。なんだかんだで、メンバーみんな昨日の真凜との飛び降り実況を見ていたのか、心配して色々送ってきてくれたみたいだった。日々センターポジション巡って争うライバル関係にあるとはいえ、まだまだ捨てたもんじゃないな。そんな仲間たちの熱い思いに胸を掻き回されつつ、わたしはプロデューサーとのLINEトーク画面を見る。
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あーー
せっかくリアタイでいろいろ指示出そうとおもってたのに、ちくわちゃんスマホブン投げちゃったーー
でも、おねえさん、きみのそういうとこ好きなんだよねー
まりんちゃんはウチで引き取ることにしたよー
ああ、もう、わくわくがとまらない!
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メンバーの誰よりもプロデューサーがいちばんイカれてるな、、、
日本を代表する国民的アイドルグループ2つのセンターポジションを経験し、ついには自らアイドルグループのプロデューサーとなった御坂あかり、はてさて、わたしはこれから彼女にどんな目に遭わされるのやらと頭を抱えていたら、聞き覚えのある着信音。マネージャーからだった。
「よっ、ちくわ! グッドニュースとバッドニュース、ふたつあるが、どっちから聞く?」
どうせグッドの方は、プロデューサーのLINEにあった真凜のことだろう。
「バッドからお願いします」
「わかった。なんと醜聞が、おまえと梅田の記事を取り下げることにしました。いやー残念!!」
いや、純一、おまえがメンバーと不倫してること醜聞にタレこんだろか、このクソがっ!
さて、マネージャーからの話をまとめてみよう。
真凜はわたしたち青梅街道77の5期研修生としてメンバーに加わることになった。これがグッドニュース。
で、梅田のおっさんの件はというとーー
元々、「ワイ、ドウナットンノヤショー」などの番組共演で梅田と面識がある御坂プロデューサー。プロデューサー直々に梅田と交渉し、梅田が自らのED公表を決意。「とうとう出たね」と、医師の診断書を公開し、週刊醜聞との全面対決に展開するはずだったが、わたしと真凜の事件により状況は一転。醜聞側にはスキャンダル記事を撤回する代わりに、今回の事件の独占取材を取り付けた。
梅田は恥を掻く必要もなくなり、芸能活動も続行できる。わたしもスキャンダル記事が撤回され、代わりにひとりの少女の自殺を食い止めた英雄的扱いに。全てはうまく収まろうとしていた。
「これはもう、お国から表彰もらうくらいはあるんじゃないっすかね」
「それはない。おまえ、セーフティークッションがあるんだから、セッティングの時間稼ぎすればいいだけで、わざわざあの子を追って飛び降りる必要なかったんだよ。物理法則的にも、先に落っこちたやつを捕まえられるはずないからな。そんな危険行動する奴を表彰できるわけないだろう」
「クソがっ!」
これは後にわかったことだが、ギリギリのタイミングで御坂プロデューサーが設置可能な最大サイズのセーフティークッションに変更してくれたとか。
最初に発注してたクッションだったら、わたしは位置的に生きてる可能性は限りなく低かったんだと。
御坂プロデューサー様にはもう、一生逆らえないな。
「そういえばマネージャー、御坂さんが次のセンターはおまえだ!って約束してくれたんですけど、これって信じていいんすよね!」
「ああ、それは大丈夫。安心しろ。もう、曲の発注も出来てるってよ」
「やったーー!! 人生初センターだ!!」
昨日の今頃は死ぬ死ぬ言ってたのに、現金なわたしだった。御坂プロデューサー、わたし、あなたに一生ついていきます!!
すっかり有頂天となり、ウキウキ気分でその日1日を過ごすわたし。
そして午後になり、またもやマネージャーからの着信。そして同時にメールも来ていた。
「おう、ちくわ! 次のシングルについての詳細が決まったからメールを送ったぞ。質問事項があったら聞いてやるから、とっとと確認しろ」
「はーい承知しましたー。んー、11thシングルの表題曲は『生存本能』ですか」
タイトルの感じからして、これは勝負曲に違いない!と、勢い勇んで、メールに書いてあるポジション配置を見るわたし。ああ、ついに悲願のセンターに!と思ったのだが、センターの位置にあった名前はわたしではなかった。
センターポジション:砂原真凜
「…………」
わたしの名前がどこにあったかというと、2列目の真ん中だった。3列構成で、2列目の真ん中だから、ある意味全体のど真ん中にいるっちゃいるけどさーー。
「あのー、マネージャー、約束と違うんですが、、、」
「よく見ろよーー。下までじっくりとな」
さて、ここで青梅街道77のシングル楽曲リリースについて、詳細を説明しよう。青梅街道77のシングルはTYPE-AからTYPE-Gまでの計7バージョン発売される。シングル表題曲に、全TYPE共通のカップリング曲とTYPE別のカップリング曲が存在するのだ。
マネージャーの言葉で、薄々と気付いてはいたが、、、
TYPE-G カップリング曲『道化のバカ』センター:竹和未来
「はあ、、まあ、確かに、、センターですけどね」
表題曲センターを期待した過去のわたしを呪いたかった。
「はあ、、」
嘆息していたら、もう1通メールが来ていたことに気付いた。
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報告書
砂原真凜 2010年4月25日、東北地方にて誕生
2011年3月11日に発生した東日本大震災で両親を亡くし、東京に住む親類、叔父夫婦に引き取られる。
2018〜2020年 複数のローティーン向けファッション誌にモデルとして掲載される
2021年 叔父夫婦が離婚 病院への通院歴あり (叔父による性的虐待の疑いがあるが定かではない)
児童養護施設に入居 この頃より自己を語るときの人称が「わたし」から「ボク」に変化し、男性向けの服を多く着用
2023年 不登校気味になり、自ら配信チャンネルを立ち上げる
2024年 ちくわとエンカウント
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「あ、やべえ、プロデューサーに送るのを間違えて送っちまった! それは見なかったことにしてくれ! 悪りぃ悪りぃ」
ぜってぇわざとだろうがっ! なんだよ「ちくわとエンカウント」って、わたしはモンスターかなんかかっ!
「頼んだぞ、ちくわ」
わたしは、幼い寝顔で吐息をたてる昨日の真凜の姿を思い出していた。
「はいはい、承知致しましたわ」
おっと、やり残した事が、まだ残っていた。
昨日、勢いに任せて踏み潰した眼鏡のメーカーに謝罪をいれないと。てっきり、お叱りの声をいただくのかとビクビクしながら電話を入れたのだが、蓋を開けたらゴキゲンなおっさんの声が聴こえてきた。
「ああ竹和さんでしたか!昨日のあれ以来、ものすごい勢いであの眼鏡の発注が来ているんです!踏み潰してしまったことをお詫びしたい?いえいえ、人の命には変えられません!新しい眼鏡を注文したい?ちょうど、こちらの方から新しいのをお送りしようと思っていたんです」
後日、段ボールいっぱいに詰め込まれた眼鏡が我が家に届いた。全部、あの踏み潰した眼鏡と同じやつだった。そこは違うのも入れてほしかった。
さて、そろそろ
後日談は無い。と、太宰の小説のようにこの物語を締め括りたいところだが、残念ながら後日談はある。
ーー数ヶ月後。11thシングル『生存本能』の握手会イベント。世界的な流行病の影響でめっきり少なくなった握手会イベントだったが、今回は久々という事でわたしも気合いを入れる。なにしろ、こないだの件でかつてない数の人々がわたしに握手を求めて並んでいたのだった。これは将来、わたしの旦那となり得るイケメンを捕まえるチャンス!と思っていたのだったが、見事におっさんしかいなかった。おっさん100パーセント。どうなってんだよ。
「よっ、久しぶりっ!」
絶望的に似合わない眼鏡(あの踏み潰したのと同じやつ)を付けたおっさんがやって来た。
なんだよ久しぶりって、と思ってよく見たらあのときの救助隊の上森のおっさんだった。今回は、ちゃんとウチらのグループのCDを買えたんだな。
「すげえ可愛い子が映ってると思ったら、こないだのネオンで飛び降りしたあの子だったわけじゃん!おれ、びっくりしてCD買っちゃったよ!」
真凜目当てじゃねーかよ!(青梅街道77のCDジャケットのTYPE-Aはセンター単独なのが通例)
「同僚の森田くんが、せっかくCD買ったなら中に入ってる握手券で無料のイベントに参加できますよ!って教えてくれたんだよ!」
誰だよ森田って。
「で、今日ワクワクして来たんだけど、もうドラクエの発売日かよ!っていうくらい大行列なわけじゃん、みりんちゃんの列!」
みりんじゃねえよ、真凜だよ!
確かに真凜の列は、わたしの8倍はあろうかという、とんでもないことになっていた。師匠のわたしを差し置いて、、、クソがっ!
「あの列並んでたら、仕事に間に合わないってことで、じゃあしょうがないかって、ちくわちゃんのとこ来たわけね!オーケー!?」
しょうがないから、わたしんとこ来たのかよ!失礼だな!
「でも、まあ、こうして見るとちくわちゃんもなかなか、、、、」
「はい、お時間きましたー」
スケベ顔でわたしを吟味するように舐め回すように見ていた上森のおっさんだったが、残念、時間が来て、剥がしの兄さんに抱えられ、つまみ出されてしまうのだった。
「え!?え!?30分くらいお話しできるんじゃないの!?ただし、聞いてないよー!!」
30分て、おっさん、風俗かなんかと勘違いしてないか?
「って、「聞いてないよー」か、、」
それは、わたしがお世話になったあのひとの持ちネタだった。上森のおっさん世代にはどストライクなネタだった。
今日も、あの黒いクロッシェは、わたしの側にある。真凜を助けに行ったとき、勢い任せに投げ飛ばしたわたしの姿が例のごとく切り抜き動画でバズったのだった。すっかり、わたしのファンにも黒いクロッシェは知れ渡ることになり、まったく今日だけで何回くるりんぱした事か。
さて、次のお客さんだ。
わたしのデビュー当初から握手会に通ってくれてるおじさんだった。番組ロケで失敗続きだったわたしをいつも励ましてくれた、おじさんだった。
こんな優しいおじさんたちのおかげで、今のわたしがある。
おじさんの暖かい掌の感触に元気をもらうわたし。おじさんは年季の入った腕時計を見ると、「そろそろ時間だねえ、じゃあいつもの、やってくれる?」と、にこやかな顔でわたしを見る。
「はーい」
そうして、少し芝居がかった口調でわたしはこう言うのであった。
「クソがっ!!」
Our life continues...
CHIKUWA IS DEAD !?
Story by KIYOTERU MAMIZU
さらば読者よ、命あらばまた他日。元気で行こう。絶望するな。では、失敬。
太宰治『津軽』より
CHIKUWA IS DEAD !?ーのぐそドリルと人間失格ー 眞水清輝 @mamizu77
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