12 サステナブル


 身体の節々に鈍い痛みを感じ、目を覚ましたわたしの目に飛び込んで来たのが、さっき颯爽とカッコよく投げ飛ばしたはずの黒いクロッシェの帽子だった。ブーメランみたいな効果があんのか、この帽子!?と思い、次にわたしは自分がやっぱり死んでしまったんじゃないかと、ほっぺたをつねってみる。

「痛っ!」

 どうやらまだわたしは生きているようだった。

 固くて深いベッドに沈んだようなこの感覚、プロデューサーが用意したセーフティークッションはなんとか、間に合ったようだった。

「て、あの子はどこに?」

 って、ちょうどわたしのあごの下にある黒いクロッシェ、なんで帽子がこんなとこにあるんだよと、剥ぎ取ってみると、なんとそこには生首があったのです。


「うっ、うーん、ボク、ボクぅ、、」


 あ、さっきの子だった。生きてた。よかった。

 そういえば、なんか、さっきから胸元から生暖かい感触がすると思ってたけど、この子の感触だったのか。

 ……でも、男の子にしては、なんかやわこいというか、なんというか?

 わたしは本能の赴くままに、さっきから気になって仕方なかった身体に感じる生暖かいふたつの膨らみを思いっきり揉みしだいてみた。

「やーん、あっ、あっ、あんっ、やめ、やめれくらさいーー」

 なんと男の子からメスの声が!!

「って、あんた女だったんかいっ!!」

「はい、そうですよ。ボクの名前は砂原真凜[すなはら まりん]です。配信もこの名前でやってますよ」

 本名で配信すんのかよ。一般人が。無敵の人かよ。

「はあ、スラックスとか履いてるから、まんまと騙されたよ」

「騙す?ボク、なにも嘘なんかついてないですよ?ボクは脚を見られるのが嫌だから、制服はスラックスを選択したんです」

 おまけにボクっ娘だしなあ、でも中2の男の子にしては小柄すぎるし、声も高すぎるし、なんかおかしいと思ったんだよ。これも多様性の時代ってやつか。

「さっきから、なにをジロジロ見てるんですか?ボクの顔なんかついてます?」

 端正な顔立ちの中でもひときわ目立つ澄んだ瞳を大きく見開いて、不思議そうにわたしを見上げる男の、、いや真凜。こんな可愛い子が、男物の制服を着ていたら、そりゃあ周りの男の子からは弄られまくるだろうし、同性の女の子からは妬まれるだろう。いじめられるというのも、なるほど理解できる。多様性の時代、個性を尊重しましょう!と言われても、まだまだ世間はそこまで新しい時代に適応できていないのだ。

 わたしたちみたいなはみ出し者にとっては、まだまだ生きづらい世の中がサステナブル(持続可能)していたのだった。

「うーん、サステナブルゥ、、、」

「ちくわさん、あほみたいな顔で空を見ながら「サステナブルぅ」とかほざいてどうしたんですか?新しいギャグですか?」


 日頃バカ呼ばわりされて、今度はあほ呼ばわりかよ。自分がアイドルなのかわからなくなりそうだ。

「せちがらい世の中だなあってね」

「……こんなことになって、ボクこれから学校どうしよう」

「行かなくてもいいんじゃない? 人生どうにでもなるよ?」

あれだけの大捕物を演じて、こうやって生きてんだから、わたしたちふたり、まだまだ死ぬタイミングじゃないんだろう。

「……そうですか、よかった。…………」

 急に押し黙る真凜、どうしたどうした?

「……ひぐっ、ひぐっ、うっ、うっ、うぐっ」

 引きつけを起こしたみたいに、身体を震わせる真凜、ーーそして、


「あっ、あああああっ!あーーーーーーっ! ううっ、うああーーーーーーーーーーーーっ!!」


人間って、こんなデカい声が出せるんだなとびびるくらいの大きな声で泣き始めたのだった。


「ああああああーーーーーーっ!あーーーーーーっ!!」


 それは真凜が新しく生まれ変わるための産声だったのだろう。


「ぅぅっ、あああああああああああああっ、あーーーーーー」




 ひとしきり泣き尽くした真凜は、まるで魂が抜けたみたいにガクッと気を失って、今ではわたしの胸元でスヤスヤと穏やかな吐息を吐きながら眠るのだった。あーあ、せっかくのお気にのワンピースが涙でビチョビチョだよ。こないだ梅田のおっさんのゲロをぶっかけられたと思ったら、今日はこの有様。まあ、いっか。そういえば、梅田のおっさんとの件はどうなったんだろう? 元はと言えば、あのおっさんと多目的トイレに一緒に入ったおかげで今日は散々な目に遭ったんだよな。真凜の事がひとまずなんとかなり、今更ながらわたしは自分のこれからが気になるのだった。そう、わたしはまだまだ生きていかなきゃいけない。人生はまだまだ続くのだ。



ーーと、いうわけで、


「もう大丈夫です!皆様、今回急なお願いだったと思いますが、ありがとうございました!!今回の事はわたし一生忘れません!」

  実はさっきから、セーフティークッションを持って来た救助隊(とでも言うのだろうか?詳しくはわからん)や、消防や警察関係の方々が空気を読んで、真凜が泣く止むまで待っていてくれたのだった。痺れを切らすように、ジト目で「まだっすか、まだっすか?」とわたしを睨み付けてくるんで、わたしもたまらず(もうちょい! もうちょい待ち!)と、アイコンタクトを送っていたのだった。






 

「ありがとうございました!今回はご迷惑を掛け申し訳ありませんでした!」


 真凜を自動販売機の横にあったベンチに寝かし付け、わたしはというと、迅速にセーフティークッションを片付けていくスタッフの方々や警察消防、そしてこの大捕物の舞台となったネオンデパートの方々ひとりひとりに挨拶周り。こういうのって事務所の人がやるものかもしれないけど、自分でやった方がてっとり早いし、そもそもウチの事務所の奴らは未だに現場に来やしねえ。いったいどうなってるんだっつうの。クソがっ!と、喉元まで出掛かったのを我慢していたら、さっきジト目で甲子園球児のごとくアイコンタクトを送ってきた救助隊のおっさんがこちらに向かってくるのだった。あれ、このおっさん、さっき挨拶したような気がするけどなあ。

「よっ!頑張ってるねえ! 君、ちくわちゃんって言うんだっけ?なんとか道はっぱふみふみとかの」

「はあ」

 青梅街道77だっての。

「わざわざはた迷惑なことするやつらだな、って思ってたけど、見てたら結構しっかりしてる子だし、おじさん感心したよ!」

「そうですか、ありがとうございます」

 変なおっさんの相手をそつなくこなすのも、わたしたちアイドルの仕事だった。

「ねっ、サイン書いてくれない?おれ、実はここのCD売り場まで行って、買ってきたんだよ! 上森ただしでよろしくね!」

 わたしは奥州街道77のCDに「上森ただしさんへ青梅街道77 竹和未来 ちくわ」と書いて渡したのだった。青梅街道の部分はひときわ強調して書いておいた。おっさんはいやらしい笑顔を浮かべて、去っていった。上森とかいうおっさん、わざわざCDまで買いに行ったんだからグループ間違えるんじゃないってえの!

「……ったく、クソがっ」って小声で呟いた途端、上森のおっさんがくるんと回転して、再び、こちらに向かってきた。なんだあ、やんのかと思って一瞬、臨戦体勢を取ったわたしだったが、そうではなかった。

「この壊れたスマホ、ちくわちゃんのじゃない?ウチの会社の人がこれ拾って、おれ渡すの頼まれてたんだよ」

 デフォルメされた、ちくわのシールが貼ってあるそのスマホは紛れもなくわたしのものに違いなかった。画面はバッキバキに割れまくってるが。やっぱノリで放り投げなきゃよかったな、、、

「あっ、ありがとうございます!」

「いいって、いいって、男上森、可愛い女の子のためならなんでもするって! じゃあ、またな!」

そう言って上森のおっさんは、今度こそ去っていった。またな、とか言ってたが、わたしは変なおっさんに好かれやすいタイプなんかねえ。



 ひと通り挨拶周りを終えたわたしは、デパートの上階にあるスマホ修理屋に向かった。どうやら明日には修理が終わるらしい。さすがにさっきまで生きるか死ぬかのドタバタ劇を行っていただけはあり、修理屋に入った途端に面食らう店員のにいちゃんなのだった。結局、ここでも「ちくわさんにご来店いただきました!」的な写真を撮る羽目になり、わたしはアイドル稼業のめんどくささを存分に味わうのだった。


「はあ、さすがに疲れたわ、、、」

 眠い目を擦りながら、わたしは真凜が眠る自販機横のベンチまで戻る。

「よいしょっと」

 おっさんの相手ばっかしてたからか、おっさんみたいな声を出しながら真凜の横へ座るわたし。

 さっきまで沼のようなセーフティークッションに埋もれていたので、固いベンチの感触に戸惑っていたら、聴き慣れた足音が聴こえてきた。独特なヒール音だった。

「やれやれ、やっと来ましたか、、、」

 正直、彼女に聞きたいことは山ほどあったが、わたしはもうこの眠気を抑えることはできないのだった。



 わたしは黒いクロッシェの帽子を宙に飛ばした。

 クロッシェは空をくるりんと周り、再びわたしの頭に収まるのだった。

 それと同時に、わたしの意識は闇へと吸い込まれていった。

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