第35話 存在しない駅

アイは、俺をじっと見ると、


「人間の記憶の改竄は、容易です。人間は、リアルな映像を見ると、権威のある人に言われると、何度も聞くと、あたかもそれが事実の様に錯覚する。例えば──」


アイが映し出した映像。

俺と、モノアちゃん、花音が、すき焼きを食べている。


「……撮影していたのか?」


5分程の映像を終え。

これって盗撮では?


「いえ。今のは、モノアちゃんから聞いた話を元に、私が生成した動画です」


「……いや、それにしては、再現性が異常に高いだろう?」


そんな事不可能だ。

口頭で聞いただけで、過去にあった映像を再現する事などできない。


「違います。私が生成した動画が正しかったのではありません。私が生成した動画に、モブさんの記憶が改竄されたのです」


……む?


「人間の記憶は、簡単に改竄される。山籠もり前の鈴音愛華は存在しなかった。それが、私とモノアちゃんの、結論です」


しかし。


「では、俺の手元にある詩集はどうなる?グッズは?」


そう。

記憶は改竄できるかもしれないが。

物は改竄では済まない。


「はい。それは、この土地の特殊性です。この土地は、存在しない場所なのです」


「おい」


だめだ。

あれだ。

山で地図を見ていた人が、別の山を指さして、我々がいるのはあの山だ、と言ったとか。


まさにあれだ。

迷走している。


「モブさん。私もアイちゃんに聞くまで知らなかったのですが……確かに、おかしいらしいのです!」


「モノアちゃんまで」


「良いですか、モブさん。きさらぎ駅は、存在しない駅なのです」


「いや、あるよ」


何を言い出すんだ。


「東京都の半分を占めるきさらぎ市。その中心にあるきさらぎ駅。それが、本来は存在しない、と言ったら?」


……どういう事だ?

否定するのは簡単だが……


「空にはスカイフィッシュが飛んでいて、露店ではツチノコの唐揚げが売られています。ペットショップではくねくねが買えますね」


「そう……だな」


……あれ?

違和感が。


「気づいたようですね。そう、これらは、本来はあり得ない存在なのです」


……そうだ。

ツチノコって、未確認生命体。

普通にその辺で唐揚げで売っているものじゃなかった……ような……


「どういう事だ……」


「まあ、私が物心つく頃には当たり前だったので、全然実感ないんですけどね」


モノアちゃんがぽそりと漏らす。

俺に大ダメージ。

年齢差を実感する。


「8年ほど前でしょうか。それ以前は、未確認生命体に関する情報が出ていましたが……ある時期から、それは一変します。日常的な存在へと」


……きさらぎ駅。

ツチノコ、スカイフィッシュ、くねくね。

他にもあるのだろう。

確かに、今まで気づいていなかったが……おかしい。


「山籠もり前の鈴音愛華、そして、モブさんが持つ詩集。それが、歪みの中心にある。私はそう結論付けました」


「俺の詩集のせいで超常現象が起きているだと!?」


いや……流石に……ない……よな?

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「ずっと貴方だけを推し続けます」その言葉を信じても良いですか? 赤里キツネ @akasato_kitsune

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