第2話 その関係を

 ルリセナは幼い頃からナイアのことが好きだった――これは、彼女は世話の焼ける子だったが、魔術の才能は本物。

 あるいは、そこに憧れていたのかもしれない。

 だからこそ、魔術師としては大成してほしいと思うし、活躍してほしいという願いがあった。


「…………っ」


 十分が経過し、椅子に座ったルリセナはすでに呼吸が荒くなっていた。

 身体が熱い――ナイアが作ったとはいえ、たかが媚薬を高を括っていた。

 一方、ナイアはルリセナには視線も向けず、相変わらず薬品の調合を行っている。

 このまま何事もなく、あと五十分を過ごせばいい。


「はっ、は……」


 三十分が経過した頃――すでにルリセナは限界だった。

 まさに興奮状態にあって、目の前に好きな幼馴染がいるというシチュエーションが、さらに彼女を追い詰める。

 そんな時、ようやくナイアが動き出す。


「そろそろいいかな」

「……?」


 何をするつもりなのか――ナイアがルリセナの傍に近づいてきた。


「ちょ、ちょっと、身体に触るつもり……?」


 今の状態はまずい――そう思って警戒するようにナイアを見るが、彼女は首を横に振る。


「ううん、そんなことはしないよ」


 そう言いながら、彼女はルリセナに触れるか触れないか、ギリギリの距離で――囁くように一言を告げる。


「ルリセナ、好きだよ」

「……っ!?」


 その場から飛びのくような勢いで、ルリセナはナイアから離れた。


「ど、どどど、どういうつもり!?」

「どういうも何も、事実を言っているだけ」

「じ、事実って……!?」

「だから、ルリセナが好きってこと」

「はあ……!?」


 ――あるいは、嫌われていてもおかしくはないと感じることもあった。

 何せ、ルリセナはナイアにもっと真面目になってほしいと、厳しいことを言うこともあったから。

 今日だって、彼女のためとはいえ――喧嘩を吹っかけるようなことをしたのだ。

 けれど、彼女の表情を見れば分かる――普段は無表情なのに、少しだけ笑みを浮かべていた。

 悪戯っぽいと言えば、そうなのだけれど、幼い頃に一緒に遊んだ時の彼女のままだ。

 ナイアは、そのままルリセナに対して言葉を続ける。


「わたしはあなたが好き、大好き」

「ちょ、や、やめ……っ」


 ナイアの作った媚薬は――ルリセナの抵抗力を遥かに上回っている。

 その上で、大好きな幼馴染からの『好き』という言葉。

 思わず、ルリセナはナイアを押し倒してしまう。


「あ、あんたね……!」

「いいよ、ルリセナになら何されても」

「――」


 追い打ちをかけるような一言。

 一瞬、ルリセナは理性を失った。

 気付けば、ナイアと口づけをしていたのだから。

 どちらからしたのか、それは分からない――ルリセナからだったとすれば、それは間違いなく好意からで。

 ナイアからだったとしたら、ルリセナを堕とすためだろう。

 すぐに気付いたルリセナは、ナイアとの距離を取り、


「い、今のは滑っただけだから……っ」

「……ふぅん、意外と我慢強いね」


 ナイアはまた、楽しそうな笑みを浮かべる。


「ルリセナにはもっと、素直になってほしいな。そのために、わざわざこの薬を作ったんだから」

「……? それは、どういう――」

「ううん、気にしなくていいよ。あ、もうすぐ一時間だね」


 気付けば、そんなに時間が経過していたらしい。

 ここまで来れば、さすがにルリセナの勝利ではあった――ただ、幼馴染を押し倒してキスをしたことが、快楽に負けていないというのだと言い張れるかどうか、だが。


「わ、私の勝ちね!」


 ――言い張ることにした。

 媚薬の効果は全く切れていないし、頬を朱色に染めたままでも、なおルリセナはナイアに向かって勝ち誇る。

 そんな彼女に対して、ナイアは一言、


「うん、わたしの負けでいいよ」

「……え? そ、それじゃあ……!」

「今回の勝負はルリセナの勝ち。だから、一つだけ依頼を完遂してあげる」

「……は? 一つだけ!?」

「だって、最初にどういう方向にするか決めてないから。たった一回で快楽堕ちするなんて思ってないし」

「……っ」


 ――すでに堕ちかけているどころか、そもそもルリセナはナイアが好きなのだ。

 だから、本質的にはとっくの昔に堕ちている。

 快楽にではなく、彼女に対して、だ。

 それでも、火照る身体のまま、情けない状況ではあるが――ルリセナは言い放つ。


「じょ、上等じゃない。こんなの、全然余裕だし」

「そっか、よかった。じゃあ、今から仕事を片付けに一緒に行こう」

「へ? わ、私はちょっと、今は――」

「大丈夫。今はルリセナの勝ちだから。途中に何があったって負けにはならないよ」

「ま、待って、お願い――」


 ルリセナは勝負に勝つことはできた――だが、たったの一度でこれでは、敗北する日も近いだろう。

 ナイアもまた、ルリセナのことが好きで――けれど、ルリセナのことが好きだけど、その関係を壊したくはないと考えている。

 これはルリセナと同じ気持ちだが、『快楽堕ち』させればきっと問題ない――明らかに拗れた考えを持っている彼女の気持ちに気付くことは、まだまだ先のことである。

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幼馴染の天才魔術師を更正させようとしたら、何故か『快楽堕ち』させられそうになっている 笹塔五郎 @sasacibe

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