幼馴染の天才魔術師を更正させようとしたら、何故か『快楽堕ち』させられそうになっている
笹塔五郎
第1話 快楽堕ちなんてするわけがない
『ルザント帝国』の北方――『ゲイル山脈』に、少女――ルリセナ・アインベルトの姿はあった。
ローブに身を包んだ彼女は魔術師である。
赤色の長髪に、髪色と同じ赤の瞳――まだ十八歳になったばかりと若く、少し幼さの残る顔立ちをしている。
だが、彼女は魔術師としても上位に位置する実力者だ。
そんな彼女は今――この山間に住むある人物の下へと向かっていた。
「……ナイア! あんた、いい加減にしなさいよ!」
ルリセナは家に入ると、すぐに怒るような口調で言い放った。
椅子に座ったまま、何やら小瓶を火で炙り、何か薬品を作っている少女――ナイア・サスペンディアは、ちらりと視線をルリセナに向ける。
肩にかかるくらいの青髪で、可愛らしい顔立ちをしているが、無表情。
実際、彼女が感情を表に出すことはあまりない――口数も少ないのは、昔からだ。
ナイアは、ルリセナの幼馴染であり――幼い頃から互いのことをよく知っている。
「久しぶり。急に怒鳴ってどうしたの?」
「もう、ついこの間会ったばかりじゃない――って、違う! あんたね、また騎士団からの依頼、断ったでしょ!?」
「ん、わたしじゃなくても大丈夫だと思った」
「その依頼が全部、私のところに来てるのよ!」
バンッ、とルリセナは机を叩きながら、怒りの表情を露にした。
ナイアは魔術師――それも、魔術師としては最高位である『魔帝』の一人。
これは、魔術協会の定めた権威のある立場であり、ナイアは最年少で選ばれた正真正銘の天才だ。
実際、幼い頃から魔力の量や魔術の扱いに関しては、ルリセナから見てもすごいことは分かっていたし、彼女は世間的に認められた存在だ。
――だというのに、ナイアはこんな山奥に引きこもって、ろくに仕事をしようとしない。
――魔術師としては、帝国と協力関係にあるにもかかわらず、だ。
「今はこれ作るのに忙しいから」
「その薬品はなんなのよ?」
「これ? 媚薬だけど」
「び、媚薬……?」
その言葉に、ルリセナは思わず眉をひそめた。
「知らない? えっちな気分になる薬だけど」
「知ってるわよ! 何でそんなもの作ってるの!?」
「何でって、需要あって高く売れるから」
「あ、あんたね……」
ルリセナは呆れてしまった――魔術師としての優れた才能がありながら、それを使うばかりかこんな山奥で媚薬などを作っている。
こんなことではダメだ、とルリセナはナイアに言い放つ。
「あんたね、そんな変な薬作ってる暇あるなら、少しは仕事をしなさい! 『魔帝』でしょ!?」
「変な薬じゃなくて媚薬。これも仕事だし」
「まともな仕事しろって言ってるのよ!」
「これだって必要なことだよ。わたしの作る媚薬は快楽堕ちも実現できるほどに強力だから、需要がある。ルリセナだって、これを飲んだらイチコロだから」
ああ言えばこういう――ルリセナは怒っていた。
自分より魔術師として優れている幼馴染が、こんなところでいつまでも暇を持て余していることに、だ。
だから、今日こそは言うべきことをはっきり言う。
「……バカじゃないの、快楽堕ちなんてするわけがないじゃない。そういう変態みたいな妄想に浸ってないで、最高位の魔術師としての自覚を持てって言ってるの!」
ルリセナの言葉を受けてか、少しだけムッとした表情をナイアは見せた。
彼女もここまで言われたら怒るか――そう思ったが、何か閃いたような表情を浮かべ、
「なら、試してみる?」
「? 何を試すのよ」
「わたしの作った媚薬を飲んで、快楽堕ちしないかどうか」
「……はあ? 何で私がそんなことしないといけないのよ!? 私はただあんたが――」
「怖いの? 負けるの」
「!」
言葉を遮られ、叩きつけられたのは挑戦状だ。
安い挑発――そう割り切ってしまうのは簡単で、ここで引き下がればまた、彼女は今の生活を続けるだろう。
ならば、こちらからも提案する。
「……いいわよ。快楽堕ちだとかバカげたこと言ってるあんたの目を覚まさせてあげる。その代わり、私が勝ったらきちんと仕事するのよ?」
「いいよ。じゃあ、これ飲んで」
そう言って彼女は引き出しから一本の小瓶を取り出した。
青色に輝くそれは一見すると美しいが――媚薬なのだろう。
実際に、彼女が作ったそれを飲んだことはない。
ただ、快楽堕ちなどという、バカげた言葉を信じるつもりもない。
(気持ちよくなる薬だか何だか知らないけど、私だって魔術師なのよ? どんな効力があったって抵抗力はあるんだから)
ルリセナはどうせ、大したことはないものだと踏んでいた――この勝負に勝てば、幼馴染の天才魔術師を、真っ当な道に戻すキッカケになるかもしれない。
だから、絶対に負けるわけにはいかない勝負なのだ。
ルリセナはナイアの出した小瓶を手に取ると、それを一気に飲み干した――味は甘味があって、シンプルに飲みやすい。
一滴も残さず飲み干すと、空になった小瓶を置いて、ナイアに鋭い視線を向けた。
「これでいい?」
「うん、一時間耐えられたらルリセナの勝ちでいいよ」
「へえ、随分と余裕じゃない」
一時間――その言葉に、ルリセナは勝利を確信した。
だって、仮に媚薬で気持ちよくなったとしても、この勝負はルリセナが負けを認めなければいいだけだ。
最後は根性論――我慢して耐えることには自信がある。
何かあったとしても、負けることはないはずなのだ。
だが、ルリセナは失念していた――相手は『魔帝』に選ばれた天才であり、その才能を無駄に生かしているということに。
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