最終話

 スマートフォンには十三時十二分と表示されており、一瞬心臓が縮んだが今日が日曜日であることを思い出した。通知がかなり来ており、鈴山は眼鏡を探した。床に落ちていた。

『竹園だよな……』

 大学のゼミのグループチャットにはニュースのURLが添付されていた。表示されているトピックスの文字列を見て、腕から粟立ったものが全身に広がっていく。

〈29日未明●●県●●市の路上で男性が刃物で刺され死亡した事件で、警察は殺人の疑いで竹園幸喜容疑者(29)を逮捕した。竹園容疑者は被害者の服部浩二さんの腹部を包丁で何度も刺し、殺害した疑い。容疑を認めているという〉

「え……」

 鈴山は心臓が胸を突き破って出てきそうで思わず両手で押さえた。竹園が殺したのってもしかして昨日、愚痴ってた部長のことなのか。もしかして俺の名言が転職じゃなくて殺すことを促していた……。頭が混乱するなか、グループラインが更新された。

『板ちゃん、自殺したって……』

『何なの今日……』

『竹園も板ちゃんもどうしたんだろ』

 鼓動が激しいせいか呼吸が上手くできない。自分の名言のせいで竹園は罪を犯し、板垣は自殺した。そう結論づいたときに喉が焼ける痛みをした瞬間、不快なえずきと同時に床が吐瀉物まみれになった。

 誰か助けてくれ。鈴山は名言屋にDMを送った。振り込むとすぐに名言が送られてきた。鈴山は自分の吐瀉物を踏みつけながら洗面台に移動し、鏡に向き合った。

『ご購入ありがとうございます。では名言をお送りいたします。

 〈言葉は偉大なんだ。言葉で大切な人の背中を押すことができる。でも、言葉を放つ自分自身もそれを言うことで相手と同じように行動できるんだ。大丈夫だ。怖いものなんて何もない』

 鈴山は洗面所の三面鏡の端に角度をつけ、どの角度からでも自分を見えるようにし、鏡に向かって名言を繰り返し唱えた。鼓動の激しかった心臓はしだいに落ち着きを取り戻した。罪の意識にさいなまれていた思考も真っ白になったように穏やかになった。足取りが軽く、足の裏に吐瀉物がついていることも気にならなくなった。そのまま鈴山は裸足で玄関からドアを開けた。非常階段で八階まで登ると屋上に続く階段がチェーンで封鎖されていた。鈴山はそのチェーンをくぐって侵入し、ドアを開けた。竹園と板垣の悲惨なニュースを知ったあとなのに、空はきれいに澄んでいて、今の鈴山の気持ちと重なるものであった。

 鈴山は屋上の柵を乗り越え身を乗り出すと両手を広げた。手のひらに当たる風がひんやりしていて爽快だった。頬が持ち上がったまま空に向かって飛んだ。すぐに頭が地面に向かう。激しい痛みが鈍い音とともに感じたがすぐに消えていった。

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名言売ります 佐々井 サイジ @sasaisaiji

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