第3話
指定された店はビルの二階で串カツが美味しいと地元紙に載っていたところだった。ここで大学時代の友人、竹園と板垣の仲良し三人で集まって飲み会をする。これも名言屋から千円分、つまり二つの名言を購入した直後に入った予定だった。どんな話が出てくるのだろうか。
「ゴザンスおひさ」
「ゴザゴザ」
大学を卒業して七年経つが、やはりゴザンス800というあだ名はみんな口に出したいらしく、それでいてアレンジも聞かせてしばらくは笑い合っていた。しかし、その笑い話も竹園の仕事の愚痴を皮切りに一切がなくなっていった。
「あのクソ部長、マジで殺してえ」
「殺せねえくせに」
「殺す価値もねえかもな」
鈴山は一度咳払いした。
「自分が思うままに行動したらいいんじゃね、竹園」竹園の愚痴は止まって鈴山を見た。「人間の性格なんて十人十色どころか万人万色だろ。相性の悪い人に対してひたすら我慢してヘコヘコ頭を下げる人生でいいのかよ。お前ならできることがあるんじゃねえのか。行動したほうがいいんじゃね? 二十代だからやり直し聞くだろ」
鈴山が言い終わると竹園は半分ほど残っていたビールを一気に飲み干して、ジョッキを机に置くと、皿の音が鳴った。
「なんか今の言葉、無性に力が湧いてきた」
名言屋にもらった言葉は前本とは違うニュアンスだったがどちらにせよ違う環境があるということを暗示する表現だった。実際、竹園は酒の力も合わさってエネルギーが溜まっていくようだった。
「ゴザありがとう。完全に俺勇気出たわ」
竹園が張り切って言う傍ら、板垣は顔を赤らめて俯いていた。そういえば板垣は集合してからずっと言葉数が少なかった気がする。
「俺も、仕事がしんどすぎて……」
鈴山が板垣のことを気にかけると、板垣の目から涙があふれてきた。
「嫌がらせで残業しないと絶対間に合わない量の仕事押し付けられるし、できなかったらみんなの前で怒鳴られて土下座させられるし、もう会社行きたくない。ずっとゴザンスと竹園とこうやって飲んでたいよ」
竹園は言葉を発さずに板垣の肩を組んだ。しかし、俯いた顔はいつまで経っても上がらない。やはり何か言葉をかけてやらないとダメなのだ。言葉で人は変わるんだ。
「板垣、もういいじゃん。辞めちゃえよ。そんなところに行く必要ないよ。一回全部投げ出してみろよ、全部。お前はそんな奴ら必要ねえよ。一度だけの勇気でそいつらから離れられるんだ」
板垣の目からは次々と涙が零れ落ちた。鈴山は名言の効果どころか余計に悲しみを増幅させてしまっているようだった。
「ごめん、気に障ること言った?」
「いや、逆だよ。スッキリしたんだ。ゴザンスありがとう」
鈴山の記憶はそこで途切れており、気が付いたときには自宅のベッドに枕と真逆の位置に頭が来ていた。
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