第4話(Ⅱ)
本川くんはちょっと戸惑った感じで話し始めた。
「俺の中学の時の国語の先生が、めちゃくちゃ古文が好きな人だったんだよ。古文の授業のときだけやる気が違うのわかるくらい、誰も知らないような雑学とか、それこそ今俺がやってるみたいなヲタトークとかやってて、ほんとに面白かったんだ。で、その授業が楽しすぎて俺もハマったの。いろんなの読むようになったのはそっから。中でも和歌にハマったのは、百人一首が面白かったから。そもそもは国語の資料集に載ってたのを読んだんだけど、結構びっくりしたんだよね。百人一首って今はカルタのイメージが強いけど、カルタとして遊ばれるようになったのは江戸時代の中頃って言われてるんだって。増森さん知ってた?」
「ううん。知らなかった」
たしかに百人一首ってカルタのイメージしかなかった。でも、それって意外と最近なのかな。和歌って言うと平安時代とかのイメージだし、江戸って不思議。感心して見せると、本川くんはまた力を込めて語りだした。だんだんノッてきたみたい。
「そもそもは、
で、そういうの知ったらもっともっと知りたくなったわけ。百人一首の中で俺のお気に入りの歌詠んでる人って他にはどんなの詠んでるんだろう、とか、これと同じような歌あるかな、って。それが、俺が和歌にハマっていろんな和歌集を読み漁ってる理由」
話し終わって、本川くんは満足そうに笑った。久しぶりに語れて満足してるみたい。私も面白かったよ。今回のは理解できた気がするし。
「当たり前だけど、本川くんにも私みたいに古文について何も知らない時期があったんだね」
「そりゃあもちろん。実際に調べ始めたら、覚えるとか勉強するとかよりもその共感度の高さに感動し始めちゃって、今はそっちに力を入れてる。和歌の歴史は長いし、詠まれた数もキリがない。でも、その中に、絶対誰かに刺さる一首があると思うんだよね。こう、心に刺さって抜けない、みたいな特別な一首」
「あ、それわかる。私、さっき教えてもらったのすっごい刺さったよ。前のも共感したけど、なんか、ビビってきた。これ、私の為の和歌だ! って思ったもん」
「ほんとに?」
本川くんの言い方に思わず笑った。
「疑ってるの? 私が、気を遣って言ってるって?」
「いや。そうじゃないけど。今まで、誰にも共感してもらったことがなかったから。今、めちゃくちゃ嬉しい。こんだけ語っても聞いてくれる人、増森さんしかいないよ」
本川くんが本当に嬉しそうに笑うから、なんだか気恥ずかしくなった。別に、本川くんを喜ばせようと思って言ったわけじゃないのに。そんなのは本川くんだってわかっているはずなのに、言い訳がましく言ってしまう。
「本心だよ?」
「大丈夫。わかってるって」
本川くんはまた笑って、ふと真面目な顔になった。
「和歌。まあ、短歌のことね。短歌って、五七五七七の全部で三十一文字。これを、みそひともじって言うんだけど、まあそれはいいや。とにかく、何が言いたいのかっていうと、たったそれだけの、誰でも覚えられるくらい短いものなのに、そこに込められた思いとか願いって今もずっと残ってて、それが俺らに通じてるんだってこと。これってめちゃくちゃロマンチックだろ? 何百年も前の誰かと現代の俺らが喜びとか悲しみを共感できるのって」
そうやって笑う本川くんが、なんでかわからないけど眩しかった。同時に、本当に好きなんだろうなっていうのが伝わってきて羨ましくもある。私には、本川くんみたいに情熱を傾けられるものがないから。
それから、本川くんの言葉について考えた。長い長い歴史の中の、たくさんたくさんある和歌の中で、たったひとつが私の、誰かの心に刺さるのって、ひょっとするとものすごい奇跡なんじゃない? その三十一文字が、誰かの人生を変えるっていうのは、ちょっと大げさかな。
でも、私は今、確かに新しい世界を見た気がする。本川くんに出会って、和歌について今まで知らなかったことを知って、自分に深く刺さる和歌にも出会った。これからもっと、自分と重なる思いを秘めた和歌に出会ってみたい、そう思えるくらい、魅力を感じてしまった。古文を教えてもらうために入部した私が、今は本川くんに教わることを楽しみにしてるんだから、やっぱり、たった三十一文字が誰かの人生を変えることもあるよ、って、そう思う。そう信じてるほうが、ロマンチックだしね。
「ねえ、今日はテストのあとだし古文はいいよ。そのかわり、もうちょっと、和歌の話をして」
本川くんは一瞬だけ驚いた顔をして、それからにっこりと笑った。
あなたに捧ぐ三十一文字《みそひともじ》 駒月紗璃 @pinesmall
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