第140話 災禍が嗤う、焦熱の戦場


 マギアヘイズの聖都ラマードでは、ドレイクの疑問が怒りに変わろうとしていた。


 なぜならば、マギアヘイズとテレサヘイズの前線から数百キロも離れた聖都ラマードにまで、異常なほどの魔力量をドレイクが感知したからだ。


 いや、これは魔力と呼ぶには余りに不定形であり、その力の本質そのものが解らない。


 唯一理解できるのは、この異常なまでの力の源は、この世界のモノではなく、まさに異界の住人が放つ奇々怪々の力であること。


 そして間違いなく、この不可解極まりない異常な力は、怪魔をこの世に召喚するポートの権能であることは、言うまでもない。


 これほどの力を、ポートが御せるはずが無いとドレイクが判断し、ドグマに進言する。


 「ドグマ会長! ポートは明らかに後先の事を考えずに、異界からとんでもない怪魔を召喚しました。もし、これが我が国に押し寄せれば、多大なる被害を受けるのは、テレサヘイズでは無くマギアヘイズになります! 一刻も早くポートを戦線から引き上げさせるべきかと」


 またもやドレイクの怒りなど、度外視してドグマが語る。


 「何を焦っておるドレイクよ。ポートを信じるのだ。奴はマギアヘイズのマギアの教えを信仰する、敬虔な信徒なのだぞ。間違ってもマギアヘイズに牙を向けるような怪魔を召喚するなど、考える方がおかしい」


 ドグマの言葉に賛同する者がもう一人、突撃の狂聖女ことシェリーだ。


 「私もドグマ様の意見が正しいと思うぞ。ドレイク大司祭。貴殿は一体何を恐れている。私はドグマ様の意見が絶対だと信じている。そして、我々には聖マギア様のご加護があるのだ。負けることなど無い」


 「黙れ! 突撃狂の小娘が! 確かにドグマ様の意見が正しいのは、私も認める。だが、もし、戦線でポートが敗北することがあれば、あの卦体極まる力の怪魔を倒す実力者がいることを意味し、マギアヘイズにとっては脅威の対象になるのだぞ」


 ドレイクの焦り声に、ドグマが諭す。


 「何度も言っているであろうドレイク。我々には、この聖都ラマードにある大聖塔があると。ドレイクも大聖塔の力を、知らぬわけではあるまい」


 そう──確かにドレイクはドグマに言われた通り、大聖塔の力を知っている。

 だがその力を一度でも解き放ってしまえば……。


 この先のことは考えたく無いと、思考を巡らすことを強引に止めてしまったドレイク。


 それだけ大聖塔の力は、マギア協会内の暗部の中でも、度外れた力だと誰もが認識していることなのだ。


 思考を止めたドレイクに、胸中の疲労が押し寄せる。


 そしてドレイクは、椅子に深く座ると──ポートが召喚した、異常なまでの力を有する怪異が戦線で、テレサヘイズの軍の全てを薙ぎ倒す事だけに、ただ祈りを捧げる事しか出来なかった。




 ──────────




 沸騰する湯のような深紅の大地。

 蒸気が渦巻く大気から、濃い霧が発生している。


 地上も地底も高温の熱に支配された世界で、フランマは上空からポートが異界から召喚した、この世ならざる生物を凝視していた。


 (あの化け物が、本当に熱に耐性があるとは思えないんだよな。だが、悠々と俺が創り出した炎の地獄を闊歩していやがる。あの姿を見るだけでも、腹が立つぜ)


 フランマの考えは正しかった。

 このポートが召喚した、今までの怪魔とは明らかに違う存在は、熱に耐性を持たない。


 事実、フランマの高音にさらされ、根の触手や幹が溶けているのだ。


 しかし、それを凌ぐ再生力と、一秒刻みで大地の底から突き出す根が、怪魔に絡み付き、肥大し続けている。


 これは時間との勝負であり、長引きば完全に厄介な敵になる。


 今までの熱以上の攻撃で完全に消滅させる他に、手立てがない。


 フランマが決意した瞬間に、ポートが召喚し、その身を捧げるように一体となった、樹怪魔の猛攻が始まった。


 狙いはフランマだけだ。


 樹冠からヘビのように、くねらせている触手のような根を幾千と放ってきた。


 根の先は鋭く、巨大な釘を連想させ、根の中心は撓るムチとなり襲ってくる。


 その速さも尋常ではないが、フランマにとってのそれは攻撃にもなっていない。


 容易く樹怪魔の攻撃を避けるフランマ。

 だが、攻撃の手数が多く、一度の攻撃で完全消滅させる一撃必殺の権能を行使する暇が無いのだ。


 ここで樹冠の根を燃やし尽くすのは簡単だが、すぐに再生し攻撃の手が緩むことはないだろう。


 さらに、尚も肥大し続ける樹怪魔。


 テネブリスがこの現状を愉しみながら、フランマを一瞥する。


 悪魔にとって、同類の悪魔だとしても、他者の焦りや苦悶の表情を見るのは、最高のご馳走だからである。


 しかし、フランマに焦りの表情は一切無く、むしろ頬を妖しく歪ませ微笑んでいた。


 (まあ、当然でしょうね。少しは焦るかと思いましたが、火の悪魔は戦いを好む性格上ですから、敢えて長引かせて敵が勝ちを確信した時に、ドン底に突き落とす一撃を与える。実に悪魔らしいと言えば悪魔らしい)


 泰然と戦況を考察するテネブリス。

 まさしくこの時、フランマはテネブリスが考察した通りの攻撃を考えていた。


 (さてと、そろそろ相手もデカくなり過ぎて、動きが鈍ってきたか。それに、根の長さと根の本数で勝つ算段のようだな。見たところ、あの大きさが奴にとって、一番理想の形態だろう)


 フランマは今が最高の瞬間だと確信する。

 相手の樹怪魔の大きさは、先ほどの地面から生える触手のように、1000メートルを超えていた。


 これ以上の肥大を許せば、相手は確実に動かなくなる。

 いや、動けなくなると言う方が正しい。


 そう、ポートが狙っていたのは肥大した樹怪魔の巨大な壁だった。


 このまま肥大し動けなくなっても、前線を守る巨大な壁になる。

 さらに伸びきった根の長さは1500メートルにも達し、縦横無尽に暴威を発揮するのは必定。


 特にフランマの高熱攻撃とともに即座の再生を誇る、超速の再生能力を兼ね備えた樹怪魔は、前線を守る最強の壁と言っても過言ではない。


 そして──その時はやってきた。


 相手の樹怪魔の動きが完全に止まると、まさに前線を守る最強の壁となって、テレサヘイズの前に立ち塞がったのだ。


 ポートは樹怪魔の中で動きが止まったのを感じ、最強の壁が完成したことに歓喜の声をあげている。


 誰にも届かない歓喜の声を樹怪魔の中で響き渡らせるポート。


 だがポートは知る由も無い。その歓喜の声が、たった数瞬で絶望の咆哮に変わることを。


 (きっと、今頃あの眉なしギョロ目野郎は、あの巨大な樹の怪魔の中で、完全に勝ったと思ってるだろうな。だが、その喜びを涙も出ない程の失望の色に染めてやる)


 そう決意したフランマの行動は迅速だった。

 遥か上空。

 大気圏の近くまで上昇すると、両手の掌を地上に向けてフランマは呟くように言う。


 「まさか戦いが始まったばかりで、コイツを使うとはな。だが、これで完全に消滅させてやるぜ。呪焔大災じゅえんたいさい


 フランマのアルティメットスキル、劫火之魔炎呪の権能の一つ、呪焔大災が行使された。


 直後──フランマの両手の掌から、二つの螺旋状の赫赫とした熱線が地上に向けられ放たれたのだ。


 その速さは音速を超える熱線であり、ポートが召喚した樹怪魔に襲いかかる。


 なぜフランマが大気圏の近くまで上昇したかと言うと、この権能はかなりの集中力が必要であり、誰にも邪魔されたくなかったからだ。


 ゆえに、遥か上空まで上昇し権能を行使した。


 そして、地上の巨大な樹怪魔は、その恐るべき権能を味わうことになる。


 それは、まさに数瞬の出来事だった。


 遥か上空で何かが光ったかと思うと──螺旋状の二つの熱線が樹怪魔を襲い、再生することも許されぬ獄炎が樹怪魔を包み込んだ。


 誰もが瞳を細める程の、光輝のような熱線に込められた膨大な熱エネルギーは底が知れない。


 その膨大な熱エネルギーが、燦然と輝く真っ赤な獄炎となり、今まさに樹怪魔を呑み込んでいく。


 灼熱を超える炎の、火、火、火で覆われた焦熱と業火の世界が、これでもかと言うほどに樹怪魔の体を苛む。


 天から降ってきたそれは、雷のように樹怪魔の頭上に降ると──驚愕の魔炎が樹怪魔を包み込んだ。


 まるで炎が嗤っているかのように、樹怪魔の体を焼き尽くしていくと、樹怪魔の体は忽ちにして痩せこけていった。


 だが魔炎はさらに嗤い続ける。


 樹怪魔の地面が数瞬の内に溶けだしたかと思うと、焦熱の底無し沼と化し、樹怪魔が足掻けば足掻くほど、真っ赤に溶けだした底無しの地面に呑まれていく。


 (やれやれ。まさかフランマがあの権能を行使するとは。充分に相手を肥え太らせて、希望と言う勝機の果実を奪い、もぎ取り食らう。実に悪魔らしいですね)


 テネブリスが胸中で呑気に考えていると、樹怪魔は再生する事も出来ずに、完全に焦熱の底無し沼に呑まれて消滅した。


 前線はまさに、地面が燃えたぎる焦熱地獄そのものとなり、フランマが地上に降り立った時には、樹怪魔の存在が完全に消失していたのだ。


 その時間は数分にも満たなかった。


 1000メートルを超える巨大な壁となった樹怪魔を、再生すら追い付かない、尋常ならざる絶大な熱エネルギーの暴虐の威力は計り知れない。


 【伝えます。能力複製により、個体名フランマのアルティメットスキル、劫火之魔炎呪の権能の一つ、呪焔大災を獲得しました】


 (うひゃ〜! 凄い火力だな! ちょっとやり過ぎな感じもするが、流石は淵源えんげんの悪魔だ……)


 ピーターがフランマに対し瞠目する。


 だが、その中で怒りの念が消えない者が一人いた。


 フランマである。


 (あの野郎! 俺が地上に降りる前に、完全に消滅しちまいやがって……! あの眉無しギョロ目野郎が、ゆっくり苦しんでる姿を俺は見たかったんだ! 少し加減すればよかったぜ……)


 しかし、勝ったことに変わりはない。


 異界から、この世の生物ではない怪魔を召喚する、厄介極まりない敵であるポートを初戦で倒したのは大きな戦果であり、マギアヘイズも動揺を隠しきれないだろう。


 たった一人にアークデーモンを3億匹も倒された戦いであったが、それだけ暗部が強大だと思い知り。同時に、フランマの実力の底が見えない事も知ったのだ。


 この初戦でテレサヘイズは、マギアヘイズの暗部である執行庁長官のポート・トゥーニーを見事撃破し、圧倒的なまでの火力で勝利を飾った。

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