第139話 燃えたぎる戦場、襲いくる樹怪
聖都ラマードにあるマギア協会本部の会議室では、未だにポートを前線に派遣した事に疑問を持つ男がいた。
首斬り大司祭ことドレイクだ。
(なぜ、あの異形の化け物を使役するポートを、戦線に向かわせたのだ。吸血鬼でも無い、悪魔でも無い、魔物ですらない、この世ならざる生物を戦線に放てば、マギアヘイズまで襲われる危険がある)
ドレイクは、ポートの権能は最後の最後まで取っておく、切り札だとばかり思っていた。
それを、まさか一番最初に派遣するのは、一体なぜなのか理解できないでいる。
ドレイクが思案していると、ドグマが口を開いた。
「ドレイクよ。ポートのことを案じておるのだろう。だが、心配には及ばぬ。ポートの怪魔は強大だが、理性の無い怪魔は首輪を外した狂犬と同義。然りとて、勢いと言うのは戦争において最も重要なのだ。ポートの怪魔が戦場を蹂躙すれば、テレサヘイズの士気は下がり、あとは烏合の衆となる。ドレイクならば理解できよう」
確かにドグマ会長の言い分も最もだと思うドレイクだが、やはりポートの怪魔は危険過ぎると、胸中には、しこりのように固まった不安がある。
「会長。もしもですが、怪魔が暴走して、このマギアヘイズを襲うようなことになったら、どうするおつもりですか?」
「知れたことよ。その為の大聖塔であろう」
そう言って、静かにドグマは笑う。
しかし、その瞳だけは笑うことなく、深く恐ろしい危険を孕んでいた。
──────────
未だ濛々と立ち込める白煙と悪臭。
大地はまるで神話の神が引き起こした、炎炎の海のようだ。
だが、これで終わる両者ではない。つまりフランマとポートは互いに相手を絶命させる気だった。
「おい! テメーの気色悪いお友達は、燃やし尽くしたぜ! 今度はテメーが俺と戦う番だな! それとも逃げ出すか?」
「むははははは! あれだけの怪魔を倒した事は褒めてあげましょう。しかし、貴様にはもう勝機などありません! さぁ、泣いて謝るなら今のうちですよ」
安い挑発だと誰もが解る。
いや、これは挑発の内にも入らない。
だが、フランマには充分過ぎるほどの効果があった。
つまりフランマは、激昂していたのだ。
「テメー!
だが、フランマがポートに権能を行使する前に、ポートが先に仕掛けた。
「慈悲深き聖マギア様。どうかこの悪魔を、優しく地獄へお導き下さい。
ポートが胸の前で両手を組み呟くように、自身のアルティメットスキルである怪魔之使役者の権能を行使する。
その瞬間、未だに高音の熱で溶ける大地の底から、轟々と頭上に迫りくる忌まわしい音が、一秒刻みで大きくなる。
ポートは狂気に呑まれた人相で、邪悪に高笑いしながら叫ぶ。
「この身も! この心も! この精神も! この魂も! 御身に捧げると誓いましょう! 私は弱者の為に両手を捧げ希望を掲げましょう! 天にまします聖マギア様よ! 貴方の御力を私に授けて下さい! この邪悪極まりない者を倒す力を我に! 御身の力を我に! 私は聖マギア様に全てを捧げると誓います! 私は怪魔を統べる者! 私は怪魔を使役する者! 私は大地の底で眠りし怪魔を呼び起こす者!」
ポートの絶叫が終わると同時に、ポートの足元から幾千にも及ぶ触手──否、木の根が地面から飛び出した。
生き物のように──蛇のように──ポートの周りで根が曲がりくねると──あろうことかポートを触手のような木の根が包み込んだ。
まるでポートを呑み込むかのように……。
すると、大地が裂け、激しい地響きと大地を揺るがす大振動の中で、次々と木の根が大地から、触手のように突き出して完全にポートを飲み込んだのだった。
尽きることの無い触手のような木の根が、絡みあいながら、呑まれたポートを中心に、一つの集合体となっている。
しかし、先ほどの無数の触手のような木の根よりも尚も多く、それはもう数で表すことが不可能に近い、膨大過ぎる木の根が地中から飛び出していたのだ。
その木の根が絡み合い、異界から呼び寄せた異形の木の根は、禍々しい大木の
その大木は腐った汚物のような樹液を纏わせ、吐き気を催す臭気と瘴気を吐き出している。
【伝えます。能力複製により、個体名ポート・トゥーニーのアルティメットスキル、怪魔之使役者の権能の一つ、腐樹怪魔の権能を獲得しました】
(うげっ! 自動でコピーしちゃう権能だから仕方ないけど、変な権能を獲得しちゃったよ……あんな気持ち悪い権能、一生使わないだろうな)
ピーターが呑気にそんな事を考えていると、さらにポートが現出させた樹怪魔の根が絡みつき、巨大化していく。
気がつけば、大木は魔性の巨木に変貌し、それを見た誰もが慄然するほどであった。
その異様、その異質、その異常──そして圧倒的なまでの存在感。
目を背けたくなる異形。
その体積は先のミミズのような、触手の怪魔など座興に過ぎぬほど太く。大きさも遥かに凌ぐ怪異である。
さらに驚愕すべきは、その巨木は歩くのだ。
いや、地を這うと言う方が適切だろう。
太い根をタコやイカの足のように、くねらせながら地を這いずり進む巨大怪魔。
巨木の枝も触手となり、エサを探すように右に左にムチのように、撓らせている。
しかし、これを巨木と形容してもいいのだろうか。
その異形は頭上も地面を這いずり回る木の根があり、やはり根をくねらせている。
最早どちらが上で、どちらが下か形容することなど不可能な異形が、前線の前に立ち塞がった。
草など一つも無い、ひたすらに木の根が絡み付いて膨張し巨大化した、根と幹と枝だけの生物。
幹からは、腐って饐えた悪臭を放つ樹液を撒き散らし、それに触れた物は全て腐蝕する。
樹冠には草など生えておらず、代わりに木の根が無数にヘビのように、くねらせてエサを探す。
枝も同様に草など生えて無く、無数に生えた枝はヘビのようでも触手のようでもあるが、樹冠と同様にエサを探していることに変わりない。
大地に深く張るはずの根は、大地から抜け出すように、逃げ出すように、触手のような根が足となり、大地を蠢く。
ポートの権能である腐樹怪魔の恐るべき姿が今まさに、戦場を蹂躙せんとしていた。
だが未だに、フランマが先ほどの権能で大地を灼熱の液状にしている。
にも関わらず、ゆったりと歩みを止めない。驚くことは、その根の炎や熱に対する耐性だ。
焦熱地獄のような前線の大地は、もう大地と呼べるものでは無い。
そこかしこに液状に溶けた灼熱の湖が点在し、今なお燃え滾っている。
そんな中をのっそりと、気味が悪い無数の根が触手のようになって、くねらせながら前進しているのだ。
足とも触手とも言えない根は、歩みを進めながらも、まだ続く地底から轟々と響き渡る音と大振動を従えて、触手のような根が突き出し続けて肥大し続けている。
その樹怪魔が標的とするのは、もちろんフランマであり、その周辺のものも手当たり次第に、触手のような樹冠や枝からの根がムチとなり攻撃してくる。
そして、根に触れたが最後、その樹怪魔の養分として巨木の中に取り込まれてしまうのだ。
(いやはや、あれほど悍ましい生き物を見るのは初めてですよ。あんなものを見せられた後では、アンデッドの魔物が美しく見えるほどです)
テネブリスは、その姿を見ても恐怖することなく、ただの嫌悪すべき物体だと思うだけだった。
それはフランマも同じである。
30万人の吸血鬼軍団でさえ、嗚咽を感じるほどの恐怖の中、平然と消滅させる方法を思考していた。
(あいつを消滅させれば、中の眉無しギョロ目野郎も同時に殺せるわけか。だが見る限り、俺が溶かした大地を呑気こいて進んでやがる。面白えじゃねーか。やっぱアイツはこの世の生き物じゃねーな。どこか別の異界から召喚された魔物だ。コイツは倒し甲斐があるってもんだぜ)
フランマは
テネブリスも同じく飛翔幻舞のスキルで上空に飛ぶと、フランマと怪魔がどのように戦うのか、じっくり拝見してやろうと静観した。
そして、今から始まるフランマの大災禍と怪魔の激しい戦いが始まろうとしていた。が、まだフランマの大災禍の本当の実力を知る者はテネブリスだけである。
誰もが固唾を呑む中で、闇の悪魔だけは微笑んでいた。
これから始まる火の悪魔の大災禍の殺戮劇に胸を躍らせながら……。
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