第138話 この世ならざる怪魔と、この世の誕生に生まれし悪魔


 マギアへイズの暗部である、執行庁長官のポートは眼前に広がる無数の巨大怪魔を見て、不気味に笑い続ける。


 この誰も見た事がない、魔物と形容するには余りにも異質な、未知なる生物を前に、二人の悪魔もポートと同じく不気味に笑っていた。


 ピーターが戦争に備えて召喚した上位悪魔である、アークデーモンを短時間で1億5000匹も捕食し、尚も捕食は止まらず、食えば食うほど巨大化し肥大化する気味が悪い触手の様な、巨大ミミズ。


 だが元来、戦闘を好む悪魔にとって、未知なる生物だろうと相手の力が強ければ、たじろぐ所か好敵手と思い歓喜する性質の魔の者。それが悪魔なのだ。


 ましてや、前線にいるのは淵源えんげんの悪魔の中でも、最古の悪魔である闇の悪魔と、その次に生まれた火の悪魔である。


 気がつけば、貪欲に満たされぬ食欲でアークデーモンを捕食し続ける怪魔の大きさは、1000メートルを超えようとしており、なんとフランマが率いる3億匹のアークデーモンを全て平らげていた。


 (まずいですね。次はきっと私のアークデーモンを食うでしょう。この悪魔はピーター様より頂戴した大事な悪魔。致し方ありませんね)


 テネブリスが決断すると、なんと自分の影の中に、3億匹のアークデーモンを全て隠したのだ。


 「あっ! おいテネブリス! テメーだけ卑怯だぞ!」


 大声を上げて怒鳴り散らすフランマに、テネブリスは対極的に冷静な口調で話す。


 「この3億匹のアークデーモンはピーター様より頂戴した、大切な悪魔です。一匹とて失うことは出来ませんので、フランマの様に見境いなく突撃させ、全て失う愚かな行為など出来ません」


 「んだとテメー! その言い方だと、俺がただの馬鹿みてーじゃねぇか!」


 「まあ、どのように解釈するのもフランマの自由ですので、そう思うのでしたら、馬鹿なのでしょうね。ふふふ」


 挑発に慣れていないフランマは、テネブリスの発言に怒りの念が爆発する寸前だった。


 しかし計算高いテネブリスは、このフランマの怒りの念を敢えて誘っていたのだ。


 火の悪魔であるフランマは、怒りを感じることで自身の魔力量が底上げされる。未知なる生物である怪魔を前にして、テネブリスはフランマの魔力量を上げる必要があると思い、わざと挑発したのだった。


 「もう頭にきた! おいテネブリス! ここでどっちが強いか、はっきり決めてやる!」


 「ええ、構いませんよ。ですが、まずは目の前のフランマのアークデーモンを全て食い尽くした、あの異形の魔物を倒すのが先だと思いますが」


 テネブリスの提案に、フランマは仕方ないと言った風な顔で頷く。


 こうして、まんまとフランマはテネブリスの掌で転がされた。


 だが眼前の怪魔は無数な上に、肥大化した体は1000メートルを超えていた。が、頭に血が上ったフランマには関係ない。


 「燃えて消えろ! 触手野郎が! 魔炎焼呪まえんしょうじゅ!」


 フランマが腕を組みながら叫ぶ。

 相性的には抜群だった。

 巨大な触手の怪魔は地面から、体を突き出す様に蠢いている。


 対するフランマのアルティメットスキル、劫火之魔炎呪の権能の一つ、魔炎焼呪は大地の底から、膨大な魔力量とともに焦熱地獄も裸足で逃げるほどの、滅びの巨大火柱の魔炎が辺り一面の大地を、焼き溶かし尽くす。


 つまり大地の底の全てを炎で呑み込むフランマの権能は、巨大怪魔にとって脅威的な破壊をもたらす事になる。


 そして、フランマの魔炎焼呪が巨大怪魔を襲う。


 まるで炎を溶かす極大の獄炎が、次々と巨大火柱となって無数の怪魔を呑み込んでいく。


 その火柱の下の大地は炎の波となり、大地を溶かしている。

 だが、まだ火力が足りないのか、巨大怪魔は焼けた瞬間に再生を始めていた。


 その光景を見ていた後方のピーターは、援護に向かった方がいいのか、静観を続けるべきなのか、難しい表情をしている。


 だが、ソルとルーナは心配などせず、平然と前線で戦うフランマとテネブリスを見ていた。


 そんな二人を見て、ピーターは思わず質問する。


 「なあ、ソルもルーナも余裕そうだけど、援護に行こうとは思わないのか?」


 ピーターの質問に不思議そうな表情で返すソル。


 「おいおいピーター。アイツらは淵源の悪魔の中でも、格が違うんだ。なんで助けに行く必要があんだよ。俺らは星創級せいそうきゅうだが、あの二人はその上の格の星壊級せいかいきゅうなんだぜ? 助けに行ったら逆に足を引っ張っちまう」


 ソルの発言にピーターは口を閉ざした。

 ソルとルーナの力は、ピーターも認めるほどの力だが、まさかその二人が、前方で戦うテネブリスとフランマを別格扱いするとは思ってもいなかったからだ。


 さらに、ソルとルーナが星創級なのに対して、その上を行く星壊級だとピーターがソルの口から聞いた時、確かに二人は強いが星壊級なんて言ったら、四凶の中のダエージュやグドルーと同じだと思い、驚愕してしまった。


 (星壊級だったのか……あの二人。じゃあもうちょっと、遠くで様子見するか)


 ピーターは二人の強さを見てみたい気持ちもあったので、後方で静観する事にした。


 「そんな、か弱い火の粉で私の怪魔を燃やそうだなんて、なんて頭の悪い悪魔なのでしょうか」


 ただでさえ、怒りの念に押し潰されそうなフランマに対し、さらに嘲笑混じりの挑発と言う燃料を焚べるポート。


 その挑発が最後の決め手となり、フランマの怒りが限界を突破した。


 「手加減してやろうと思ったがな……もう終わりだ。炎の地獄に呑まれろ。呪焔大禍じゅえんたいか


 右手の掌を天高く掲げると、大気が高温の熱エネルギーに耐えきれず歪み出した。


 再びフランマのアルティメットスキル、劫火之魔炎呪の権能の一つ、呪焔大禍が行使しされ、巨大怪魔を襲う。


 しかし、フランマは言葉通りの炎の地獄を創り出した。


 先ほどまでの炎とはまるで違う炎が天から降り注ぐ。

 先ほどまでの炎とはまるで違う炎が地中深くから噴出する。


 戦慄すべき灼熱の一大牢獄と化した空が炎の渦を巻いて、四方八方に犇めく。


 その炎は巨大怪魔の上空で、全ての生物を消滅させるほどの熱を発している。


 大地は巨大な焦熱の鉱炉から溢れ出した、劫火の大洪水となって火炎の狂瀾が巨大怪魔を呑み込んでいく。


 その余りの恐るべき大火の災禍を見て、テネブリスは咄嗟に後方のピーターを見遣る。


 だが、ピーターの周り。否、前方の仲間たちにも瞬時にピーターは全能結界を張っていたのだ。


 なので、この荒れ狂う炎炎の波濤に、仲間たちが巻き添えを食うことはなかった。


 【伝えます。能力複製により、個体名フランマのアルティメットスキル、劫火之魔炎呪の権能の一つ、呪焔大禍を獲得しました】


 ピーターの脳内で天上之至高者の声が聞こえる。


 先ほどとは違い、はっきりと聞こえるその声に耳を傾け、今まさに眼前で広がる魔炎の地獄の権能を獲得したことに、喜びと恐怖が入り混じっていた。


 なぜなら、この権能は確かに強いが、強過ぎるからだ。


 そんな事をピーターが考えているなんて知る由もないテネブリスは、ピーターの全能結界の権能の力を見て、瞳を輝かせていた。


 「流石でございます。ピーター様」


 思わず、テネブリスは胸中の声が漏れ出る。


 それだけフランマが巻き起こした、炎の威力は凄まじく。大地を液状の焔に変えて、燃える湖にしてしまった。


 そこには巨大怪魔は存在しない。

 ただ饐えた悪臭と噴煙が立ち込める、無惨にも焼け爛れた大地が残るだけで、深淵たる地底にまでフランマの火焔の魔手が届きそうな程だったのだ。


 それを見て、わなわなと口元を震わせ落魄した姿のポート。


 ご自慢の無数の巨大怪魔が、瞬時に炎の海に呑まれ消滅していくことが、信じられなかったのだ。


 しかし、ポートの感情は一変して鋭い怒気を放っていた。


 なぜなら、ポートは自身の権能で現出させた、この世ならざる別次元から召喚させた様な、異形の怪魔を全て愛でていたからだ。


 さらにポートが戦場で現出させた触手の怪魔で、前線の全ての者を蹂躙出来ると信じきっていたからだった。


 「お、お、お、おおおおお! おのれえええええええ! おのれ! おのれ! おのれ! おのれ! おのれ! おのれ! おのれ!」


 憤怒の念を露わにし、眉の無い魚の様にギョロリとした双眸が、フランマを睨み据えている。


 しかし、フランマを嘲りここまで怒らせたのは、紛れもなくポートである。


 フランマの怒りはまだ収まる所を知らない。


 (この眉無しのギョロ目野郎だけは殺す)


 フランマの燃え盛る決心は揺るがず、ポートを絶命させることだけを考えていた。


 だが、それはポートも同じである。

 今以上の怪魔で、フランマに恐怖を与えて絶命させてやると。


 そして、フランマとポートの熾烈を極める戦いが始まろうとしていた。

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