第137話 狂気の初戦、無数なる怪魔


 マギア協会本部がある、玲瓏な水の都として有名な聖都ラマードでの会議室では激震が起こっていた。


 理由は、ダミアンヘイズとの挟撃作戦が、たかだか一時間弱で頓挫したからだ。


 会議室には、それぞれ断罪庁、執行庁、粛清庁の長官。

 そして、暗部の全てを纏める監視庁の長官、ドグマ・サルバトーレがいる。

 暗部では聖狼四師せいろうししと呼ばれる四人だ。


 断罪庁長官である、通称首斬りドレイクことレオニダス・ドレイクは、黒い司祭服を着て赫怒していた。


 「だからあれだけ言ったのだ! ダミアンヘイズなどと言う、得体の知れない奴らとの共闘など失敗すると!」


 激怒するドレイクに対して口を開く者が一人いた。

 その者は年老いた白髪で小柄な男だ。


 声音は嗄れ声だったが、やたらギラつく眼光をしている純白のローブを着たドグマである。


 「確かにドレイクの意見も正しい。だが、それ以上にテレサヘイズが強大だったと言うだけ。ダミアンヘイズにとってはだがな。さらに敵は悪魔召喚だが、こちらは陰陽徴兵おんみょうちょうへい。負けることなど皆無」


 「まさしく! ドクマ様の言う通りでございます!」


 ドグマの意見に賛同するのは、三十代前半ほどの眉が無い、魚の瞳を思わせるギョロりとした双眸が目立つ縮れ毛の、ポート・トゥーニーだ。


 その長身の総身には幾重にも包んだローブを、豪奢な貴金属の留め具で着飾った姿をしていた。


 まさに魔の崇拝者そのものに見えるが、表の顔は司祭であり、裏の顔は執行庁長官である。


 「私も同感です。全く、愚かなダミアンヘイズめ。聖マギア様に対する信仰心と、ドグマ様に対する忠誠心が無いから負けるのだ」


 その声の主は、なんと十代後半の長身の女性だった。


 金髪碧眼の長髪に誰もが羨む玉顔を持ち、白銀に輝く甲冑を纏った、聖マギアを信仰し、ドグマに絶対の忠誠を誓う突撃の狂聖女。


 名前はシェリー・モスカテル。表の顔は聖マギアを信仰する狂信者であり、裏の顔は粛清庁長官である。


 「何を悠長な事を言っている! 貴様らは事の重大さを理解しているのか! それでも暗部の長官か!」


 楽観的な二人を見て、怒りも露わに怒張声で語るドレイク。


 「ドレイク。私とて、お前と考えは一緒だ。しかしダミアンヘイズはあくまで保険。テレサヘイズを壊滅させるのは、我々マギア協会だけで充分なのだ。ポートよ。やってくれるな?」


 その言葉を待ってましたと言わんばかりに、ポートは透き通る邪悪な声で言う。


 「もちろんですドグマ会長。それに前線には生贄が山ほどいますから」


 薄ら笑いを浮かべ、ポートはそのまま転移魔法陣で、前線まで移動してしまった。


 しかし、ドレイクの怒りは収まらない。


 未だに歯噛みをしている。


 それはダミアンヘイズのあっという間の前線崩壊と、マギアヘイズに相談もなしに独断で和睦をした件もあっただろう。


 しかし、一番最初に前線に派遣したのが、執行庁長官のポート一人だけと言うことだった。


 前線には悪魔と吸血鬼の軍団で、犇めきあっている。


 ドレイクは優秀なヴァンパイア・ハンターでもあるが、同時に優秀なデーモン・ハンターでもあった。


 それを知らないドグマ会長ではあるまい。

 なのになぜ、自分を前線に派遣しないのか。

 なぜ、ポートを派遣したのか。


 ドレイクはその怒りに歯噛みしていたのだ。




 ──────────




 ピーターとポートが、転移魔法陣でテレサヘイズとマギアヘイズの前線に転移したのは、ほぼ同時であった。


 「おお。なんと素晴らしい!」


 開口一番。テレサヘイズとマギアへイズの前線に転移し眼前を見渡しながら、ポートが口を開いた。


 それは、なんと敵ではなく味方に向けての言葉だったのだ。


 「話には聞いていたが、前線に人間の生贄が5000万人もいるとは」


 ポートは内心で、ほくそ笑みながら、これから始まる悍ましい魔の儀式の様に、自身のアルティメットスキル、怪魔之使役者の権能の一つを行使した。


 「さあ、ご馳走の時間です! 無尽怪魔むじんかいま!」


 ポートが両腕を掲げて叫ぶや否や、あり得ない光景が広がる。


 地面から無数に伸びる触手。

 それは巨大ミミズの怪魔だった。


 さらに、その巨大ミミズは仲間である、ディルア青年団と神聖隊を次々に捕食して行った。


 【伝えます。能力複製により、個体名ポート・トゥーニーのアルティメットスキル、怪魔之使役者の権能の一つ、無尽怪魔を獲得しました】


 ピーターの脳内に自身のアルティメットスキルである、天上之至高者の声が流れるが、目の前の凄惨な光景にピーターは驚愕し、天上之至高者の声が届かないほどだった。


 ピーターの眼前では、捕食すればするほど、巨大化するミミズが、すでにディルア青年団と神聖隊の半分以上を食い散らかしている。


 余りの恐怖に逃げ出す、ディルア青年団と神聖隊。


 しかし、それを許さぬとばかりに、ポートの権能で現出した巨大ミミズは、その先端が鋭利なサメの刃の様であり。環状の口腔で、次々に補食していく。


 その光景を見たテレサヘイズは、一瞬だがマギアヘイズが血迷ったのかと思ったほどだ。


 何せ仲間の人間を、異形の怪魔に全て食わせたのだから。


 「これぐらいで宜しいでしょうかね」


 ポートは小さく呟いた後で、大声で言い放つ。


 「さあ! 次は眼前の悪魔どもを食らいなさい! ヤクトル・ワーウ・ヤトレフ!」


 その底抜けの食欲を持つ、巨大ミミズは、気がつくと、無数の50メートルほどの怪魔になっていた。


 テレサヘイズに向かってくる、異形のミミズを見て、まずフランマ率いる3億匹のアークデーモンで構成されたブレイズが動く。


 「たかだかデカいだけのミミズに、上位悪魔のアークデーモンが負けるわけねーだろ! テメーら! 突撃しろ!」


 フランマの下知で、3億匹のアークデーモンが一斉に、無数の巨大ミミズに突撃した。


 その動きを見た巨大ミミズは、すぐさま地中に潜ったのだ。

 

 ただ食うことだけしか能がない異形ミミズが、アークデーモンを見て恐怖したのだろうか。


 答えは違った。


 地上に降り立ち、地中に潜った巨大ミミズを探すアークデーモンを、目にも止まらぬ速さで再び地上に顔を出し、その環状の口腔の中に丸呑みしたのだ。


 いくら、サメの刃のような口腔内でも、強化され金剛石並みの硬度のアークデーモンを噛み殺すことは出来ない。


 しかし、丸呑みにすることはできる。


 さらに言えば、この巨大ミミズの体内の胃液は、超酸である。


 いくらアークデーモンでも、少しずつ溶けていく。


 そして、アークデーモンの力なら、ミミズの体内を引き裂くことぐらい簡単に思えるが、このミミズは単なる巨大ミミズではない。


 巨大化すればするほど、皮膚の層が厚くなり、加えて再生能力が極めて高くなる異形のミミズなのだ。


 つまり、アークデーモンが、その鋭利な爪でいくら外部に出ようとする為に、巨大ミミズの内部から引き裂いても、余りに厚くなった皮膚の層と再生能力により、巨大ミミズの体内から出ることが出来ないのである。


 加えて、人間よりも栄養価が高いアークデーモンを食うことにより、巨大ミミズは最早、巨大という言葉を遥かに超えて、ミミズではなく、異形の巨大生物になっていた。


 ただ満たされぬ食欲だけで、暴れる異形の巨大生物は、進化して環状内のサメのような刃が、金剛石並みの牙になり、地中を音も無く水の中のように進む怪魔と化す。


 「さあ! もっと食べなさい! 愛しき異形のモノたちよ!」


 ポートが異形の怪魔の進化を、恍惚の表情で見ている。

 この人物は人に見えるが、その中身は異形の怪物と同じ、異形の人格なのだ。


 たちまちにして、3億匹いたアークデーモンは、半分になっていた。


 それを見て一番動揺したのは、フランマである。


 1億5000匹もの魔力強化されたアークデーモンを捕食した、無数の巨大怪魔の大きさは、今では500メートルにも達しようとしていた。


 この世ならざる生き物が暴れ狂う地獄を、テレサヘイズの前線を守る全員が目撃する。


 そして、遂にフランマを主力とした、残りの1億5000匹のアークデーモンで構成されたブレイズに急速接近する巨大怪魔。


 「さあ! もっともっと食べて大きくなりなさい!」


 ポートは狂気に満ち鳥肌が立つような、身の毛もよだつ笑い声を天高く上げ、魚のようなギョロついた双眸も不気味に緩んでいる。


 その声は、むせ返る程に底気味悪く前線を包んでいた。

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